鮮明な月

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第十一章 Raison d'etre

94.

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ガサガサとビニール袋を揺らして鍵を取り出しながら、仁聖はふと先ほどの事を思い出していた。
栄利彩花は仁聖が、一番最初にセックスをした相手。
一応初体験の相手ではあったし、交際期間のスパンが短い仁聖のお付き合いとしては彩花は初めてということもあってかそれなりに長く付き合ってもいた。
栄利彩花と初めて出会ったのは、実はコッソリ恭平の日常が見てみたくて潜り込んだ恭平の通う大学のキャンパスだ。情けない話だが潜り込んでみたはいいが、大学キャンパスは広すぎて中学生の仁聖は途方にくれていた。周りは見ず知らずの年上ばかり、そんな中で微笑みながら親切に話しかけてきた彼女。当時は綺麗な黒髪で、少し恭平を思わせる笑顔の人だった。

……自分が最低なのは、よく分かってる。

音をたてて登っていくエレベーターの中で溜め息混じりに仁聖は、あの頃の事を思い浮かべている。



※※※



潜り込んだはいいが何がどこにあるかも分からないし、無謀にも程がある、そう自分でも思っていた。自分でも私服を着ると年相応には見られないのは分かっていて年上ばかりの人混みに紛れてみたが、当の恭平が何処に居るかも知らないし検討もつけられない。

馬鹿だった……興味だけで来ちゃったしなぁ……。

キャスケットを被り直して深い溜め息をついた仁聖は、後悔しながらいい加減に諦めようと自分に言い聞かせ始めていた。この人混みの中でたった一人の人が、何処で過ごしているか闇雲に探そうとしても徒労に終わるのは分かっている。そんな仁聖の前に歩みより覗きこむように顔を眺めたのが、栄利彩花だったのだ。

「ねぇ、君、ここの学生じゃないよね?」

一目で学生でないことがバレているのに正直ヤバいとは思ったが、艶やかな黒髪と優しげな微笑みが少し恭平を思わせる。止めればいいのに彼女の笑顔につられ、つい答えてしまった。

「え……あ、はい。」

問い詰められる訳でも怒られるわけでもなく、彼女は興味深そうに仁聖の顔を見上げている。優しい笑顔が幼い時に自分を抱き締めてくれた恭平に少し似ている、そう心の中が呟く。

「案内してあげる、どこか興味あるの?」

興味があるのは恭平本人だ。彼がどんな様子で普段の生活をしているか見てみたい。そうできないとしても、彼が普段いる筈の場所を見てみたいと素直に考えた。彩花の優しさにつけこむように、仁聖は恭平がいる筈の場所を呟く。

「文学部…の国際文学科…とか。」
「あら、奇遇ね、私の学科だわ。」

その言葉に彼女は尚更優しく微笑みかけて、仁聖についてきてと言う。歩く道すがら名前を聞かれ素直に答えると、彼女は凄く親切に色々教えてくれる。仁聖の下心なんて知りもしないで、丁寧に恭平がいる筈の場所まで連れていってくれたのだ。

「あっちが学部の校舎。奥が学食に続いてるの。」
「結構広い……。」

呟くような仁聖の声に、そりゃそうよと彼女は朗かに答えてくれる。学部は一つではないし、沢山棟もあるし、病院もあるのだと説明されて、この中で一人で恭平を探そうとしていたのに愕然としてしまう。敷地は道路を挟んですらいて、端から端までバスまで走っている程だと言うのだ。最初から中学生の頭では、無謀にも程があった。

危なかった……この人に教えてもらわなかったら。

彩花が親切に教えてくれなかったら、構内をふらつく不審者になりかねない。子供の浅はかさに冷や汗が滲むのを感じながら辺りを見渡した瞬間、その光景が鮮やかに目に入っていた。沢山の学生の中にいる榊恭平の微笑み。柔らかな笑顔で、しなやかな手足で、隣にいる小柄な女性と会話する恭平。楽しげに微笑みあう姿に、ズキンと鋭く胸が傷んだ。

その人、恋人?

凄くお似合いの二人の姿。そのまま遠ざかる二人は、この後何をするんだろう?子供の自分にはまだ経験もないような事を、彼女は恭平から沢山して貰える。そんな立場の彼女が羨ましい。自分が女だったら、恭平が女だったら、そんな浅ましい思考に胸が痛い。欲しくてもどうにもならないなんて、神様は凄く意地悪だと心の中で呟く。

「何か興味があるものあるの?」

心配してくれるのか、優しく彩花が問いかけてくれる。それでも仁聖の視線は、寄り添う恭平と彼女の仲睦まじい姿から反らせずにいた。

狡い……、狡いな、あの人。

そんな風に考えてしまう自分には、恭平に何かを与えてもらう方法が分からないのだと俯く。ここに来て見なければ良かったのだと気がついて、仁聖は苦笑いを浮かべてもう十分と囁きありがとうと呟く。その様子が気にかかったのだろうか、彩花は恭平に似ている微笑みで仁聖の事をあらぬ場所へ連れていったのだった。
何故彼女が仁聖を連れてラブホテルなんかに行ったのか、正直仁聖には今も理由が分からない。まるで仁聖の心の中を見透かしたみたいに、恭平に少し似た彼女にラブホテルに連れ込まれていた。未だ何も知らない子供にすぎない仁聖の服を剥ぎ取るようにして脱がせ、彼女は少し淫らに微笑みかける。

「あの、俺……。」
「いいから、しよ?」

何も知らないと言おうとする仁聖に彼女は躊躇いもなく細い指を仁聖の肉棒に絡め、膝まづくと恭平に似た唇からチロリと舌を出して亀頭の先端を舐め始めた。そんな経験自体が初めてな上に、彩花の顔立ちが恭平を思わせるからあっという間に仁聖の肉茎は硬く張り詰めていく。

ああ、凄く気持ちいい……恭平…

そう考えてしまう最低な自分。本当は彩花が気持ち良くしてくれているのに、頭の中では恭平が自分の足元に屈み仁聖の肉棒を扱き舌を伸ばして舐め回す。
 
ああ、どうしよう、俺のを……舌で舐めてる…凄い気持ちいい…

ピチャピチャと湿った淫らな音が更に肉棒を硬く反り返らせ、やがて口の中に呑み込まれ刺激される快感に腰が自然と前後に動いてしまう。思わず頭を両手で掴み口の中に擦り付けるようにすると、恭平が苦しげに眉を寄せる。硬く質量を増した肉茎が、深く喉まで出し入れされヌポヌポッと卑猥な音をたてた。

んん、おっきい……凄い……。

出し入れされる苦痛も感じさせずそう言うと、ヌポッと音をたてて肉棒が空気にさらされる。誰かと比べたことなどないし、ウットリした声で自分のものを大きいと言うのならそうなのだろうと快感に塗り込められる頭で考える。
目の前で妖艶に微笑むと仁聖の事をベットに押し通して、そそりたった肉棒に慣れた仕草で手際よくスキンを被せていく。そうして恭平がふしだらな格好で、肉杭を目掛けて跨がって見せる。

沢山気持ちよくしてあげる、中でタップリしごいてあげる。

恭平が淫らにそんなことを囁く。舌が淫らに唇を舐め、ヌルヌルと割れ目に、仁聖の先端を擦り付けるのを信じられないという思いで見上げる。滑りの先で肉ひだに呑み込まれていく自分の肉棒が、腰に強い電流のような快感を伝えた。ヌプヌプと全てが包み込まれ絡み、蕩けるような熱で締め付けられる。
初めて経験する快感の中で、頭の中は彼女を恭平にすり替えていく。上下する腰の動きで出入りする肉棒が熱く硬く質量を増して、肉を刺し貫いてヌラヌラと濡れて卑猥だった。

気持ちいい……これが、セックスなんだ…、凄い出入りしてる…

思わず細い腰を両手でしっかりと掴み本能的に、ズブンッと奥に向かって激しく腰を突き上げる。突き込む衝撃は亀頭から腰までを甘く溶かして、頭の中の恭平が仰け反りビクビクと体を震わせ腰を擦り付けていた。

ああ!駄目!そんなにしたら、いっちゃう!

そんな言葉を恭平が放つはずがないのは分かっているのに、彩花の声で喘ぐ言葉を頭の中の突き上げられる恭平が潤んだ瞳で仁聖を見下ろしながら叫ぶ。

ああ!あっ!あん!駄目!激しいっ!奥までくるぅ!ああ!

ズンズンと突き上げる仁聖の肉棒に激しく奥を貫かれて、腰をくねらせ股間を濡らす淫らな恭平の姿。股間に跨がり腰をくねらせ上下する動きが、激しくなっていく。

いくっ!もう駄目っ、ああ!いっちゃうっ!

奥を強く抉られる快感に、恭平は体を痙攣させへたりこんだ。そんな淫らな姿の恭平を、今度は四つん這いで後ろから一気に貫く。激しく叩きつけるようにして肉茎を泥濘に突きこみ、掻き回すように腰を回すと白い肌がホンノリと赤く染まる。何時までも獣のように腰を振り立てる仁聖に、甘い声で喘ぎながら恭平がヌプリヌプリと音をたてて肉ひだをうねらせた。

ああ、すっごい!

本当は彩花の声なのに、頭の中で喘ぐのはすっかり恭平だ。そんなのは最低だと分かっていても、頭の中の恭平が淫らに喘ぐのは止まらない。肉ひだがヒクヒクと痙攣しながら亀頭にネットリ吸い付くのが、堪らなく気持ちいいのに思わず呻く。 

「ほんと?気持ちいい?」

もっと喘がせたくて更に腰を激しく振り立てると、股間の泥濘が大量の飛沫を飛ばして肉棒を締め付ける。快感にグッと仁聖の股間に腰を押し付け、抉られ擦られ艶かしく腰を揺らす恭平の姿。

凄くいい!

もっと貫いてもっと動かしてと股間を押し付け強請る恭平。撓る白い腰を揺すりたて、何度も何度も喘ぎ絶頂に震える恭平。グチョグチョに濡れそぼった恭平の淫らな股間を、激しく深く刺し貫く快感。音をたてる割れ目を押し開き、濡れる体内を抉じ開け叩きつけるように杭を捩じ込む。

ああ!あ!いく!また!ああ!駄目ぇ!も、もうっ!

ビクンと跳ねる腰を抑え込み、更に杭を打ち込む快感。抑え込み肉棒で征服して、恭平を自分のものにする倒錯した妄想。切れ切れの甘い喘ぎを放ち、何度も絶頂に股間から飛沫を迸らせる恭平の姿。何度も淫らな恭平の姿を堪能して絶頂感に戦慄いた仁聖が、激しく大量の射精したのも恭平の体内だった。

「初エッチでこれ?信じらんない……、上手すぎ…。」

グッタリした彩花の言葉に強い罪悪感を感じながら、仁聖はその姿を見下ろす。こうして見れば恭平には、彼女は全く似ていないのにと心が呟く。

「そうなの?……よく分かんないけど。」

気持ちよかったと言われれば、罪悪感は兎も角それはそれで素直に嬉しかった。ただ単純に褒められれば嬉しいのと同じで、頭の中では恭平に変換されていても彼女がこうしてと教えることは素直を受け入れる。こうすると気持ちいいのと教えられたことは、その後実際に恭平の甘い喘ぎに頭の中ですり替えられていく。淫らな体位で交われば交わるほど、頭の中の恭平も淫らな体位で仁聖を誘い強請る。

後ろからしてぇ!

甘く腰を高々と突き上げ強請る恭平に、激しく一気に硬く反り返る肉棒を根本まで捩じ込む。

ほんとバック好きだね。可愛い。

激しく後ろから突き上げる腰の動きは巧みになり、時折途中まで抜き出して腰を回すと恭平の股間が更に刺激を求めて締め付ける。本当は彩花なのはちゃんと理解しているのに、どうしても頭の中は恭平の声で喘がせる自分。罪悪感は快感と一緒にあって、達して射精している筈の仁聖を何故か彩花のようにいき果てることもない。

何でかな…彩花は何時も動けなくなるくらいに気持ちいいみたいなのに、俺はなんともない……

グッタリした彼女を見下ろしながら、鋭く心を抉っている罪悪感に戸惑う。彩花は気持ちがいいと言っているし、恭平にはこんなことは出来ないのが分かっている。だったら、彩花が気持ちいいなら、これはこれでいいんじゃないだろうか。なのにどうして、仁聖の罪悪感は強くなるばかりなのだろうと、彼女を見つめながら考える。子供なのにこんなことをしているから?それとも年上の彩花をいかせまくってるから?彩花が動けないくらいグッタリするまでセックスするから?
目下中学生一年生とは思えない教え込まれたテクニックで仁聖がスキンに射精するまで、彩花を何度も何度も貫ぬき愛撫して昇天させる。可愛いと思うし好きだとも思う、それなのに頭の中では抱いているのは何時も恭平で自分が興奮するのも恭平の妄想。それが当たり前すぎて、次第にこれが普通なのかと考え始めている自分がいる。

女の人は気持ちよくなると動けなくなるけど、自分は男だからそんなにはならない。

そう納得させてしまう自分の利己的な考え。でも、そう考えないと罪悪感が強すぎて、おかしくなってしまいそうだった。気持ちいいことはドンドン増えていくのに、それを恭平とは出来ないのだという不満。一番みたいのは恭平の裸なのに、それも満たされない。一番気持ちいいことをしたいのは恭平なのに、それは自分には絶対与えられないのだ。
激しいセックスで彩花が動けなくなった後でも、仁聖は大概ケロリとしてベットに座って彼女を眺めてた。その姿は仁聖がただ絶倫なのか、それとも若さ故なのか彩花にも判断出来なかっただろうし、当の仁聖にも分からない。

「仁聖、気持ちよかった?」
「ん、よかったよ?」

素直に本心からそう言うのに、何故か満たされていない気がするのは何故なのだろう。そう仁聖はずっと考え続けていた。



※※※



今だったらその罪悪感の意味は、ハッキリと理解できる。
仁聖は恭平に触れられない苛立ちで、少し恭平に似た顔立ちの彼女を恭平の代わりにして抱き続けた。しかも、抱いている最中すら彼女を一つも見ていないのだから、彼女が違和感を感じるのは当然の事だ。やがて彼女は何処からか仁聖の中にある恭平への思いに気がついて、仁聖に好きな人がいるなら別れようと告げたのだ。

ああ、今更って分かってるけど、何で俺ってば最低なの……。

思い出すと余りにもその子供の思考の利己的さに、仁聖は思わずエレベーターの中で屈みこみたくなる。恭平の身代わりにされた彼女は、一つも仁聖を責めることもなかった。なのに、そのまま彩花と別れて仁聖がしたのは、同じことの繰り返し。ただ男の欲望を満たすためだけに、女の子と付き合った。物足りない時には、夜のお仕事をしている黒髪のお姉さん達が何処か恭平に似た優しさで構ってくれ、その対価に仁聖はセックスを使う。仁聖は家に帰る気もないから、夜のお姉さんと朝まで過ごして学校に行ったりもした。

うあ……最悪…俺って…やりたいだけじゃん……

忘れていた訳ではなく、自分の中で仕方がなかったと勝手に折り合いをつけていた。それが彩花の姿をみた瞬間、一気に思い出した罪悪感が強すぎて正直眩暈がしたのだ。彩花に声をかけられた時、仁聖は何と言ったらいいのか分からなかった。謝ればよかったのか、あれで良かったのかも分からない。しかも、彼女は前と変わらず優しく微笑んで仁聖が大人になったといい、家に来るかと問いかけたのだ。

ちゃんと今は好きな人を大事にしてるって伝わっただろうか?

前とはもう違う。仁聖はちゃんと成長して大人になったんだとと彼女に伝わればいいのだけれどと仁聖は目を伏せて考える。何しろ彩花は仁聖が元のままなら、誘われれば迷わず家に行くのは彼女なら充分に分かっている筈だ。

あの答えで良かったんだよな……ああ、それにしても、ほんと俺最低過ぎ……。

人生でこんなに自己嫌悪に陥るような再会があるなんてと、開いたエレベーターの扉を眺めて溜め息が溢れ落ちる。思わず通路の壁にゴツと頭を打ちつけ、仁聖はもう一度深い溜め息をついていた。
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