85 / 693
第九章 可愛い人
82.
しおりを挟む
少し遅めの朝食を終えて食器を片付けようと、それぞれに腰を浮かていた。先にキッチンに立つ恭平が食器を洗い始めた瞬間、陽射しに舞うように軽やかなドアチャイムの音が来訪者を告げる。キッチンで洗い物の手を止めようとした恭平に向かっていいよと声をかけながら、リビングから踵を返した仁聖は滑らかな足取りで玄関に向かっていた。
慶太郎が運んできた食器を手際よく洗いながら、リビングのインターホンで続く話し声の気配がする。その後にパタパタと足音が玄関に向かっていき、暫くの間があく。中々戻ってこない仁聖に眉を潜めた恭平が、一端食器を洗う手を止めた。それとほぼ同時に少し困惑したような表情の仁聖が、リビングに戻ってきてキッチンにいる二人の顔を眺める。
「仁聖?…誰だ?」
「あの……………、……慶太郎の……。」
なんと表現したらいいか分からないでいるという気色を浮かべて仁聖が、背後の人影に促すように視線を向けながら体を退かす。そこに立っている姿を視界にとめた瞬間、恭平の表情も深い困惑の色に包まれ目が見開かれるのが分かる。
そこには着慣れた和装姿の男性と一緒に外行きなのか華美でない和装の女性が緊張した表情で佇んでいる。その女性が恭平の視線に気がついた様に、ひっそりと寄り添うように立ちながら静かに頭を下げた。
「と…父さん……母さんまで…?」
宮内慶恭とその妻の宮内和寿子の姿。実際には恭平が直に妻女に面と向かって会うのは、これが始めてのことだ。まさか両親が態々迎えに来るなんて全く予想していなかった慶太郎の方が、唖然とした様子でそこに立つ両親の姿を見つめている。
「……慶太郎が迷惑をかけて申し訳ない。」
静かに抑揚の無い低い声で語りかける声に、我に返ったような表情を恭平が浮かべ視線を上げた。その先で慶太郎の母親が、微かに驚きに目を見開くのが分かった。息子を迎えに来たという両親の気色に困惑してみせる慶太郎に恭平が何気なく着替えるように促すのを、横にいる微かに気遣う仕草で仁聖が眺めた。戸惑いながら和室に着替えに入った慶太郎の姿を見やりながらも気まずい空気が漂う。恭平は躊躇いがちに仁聖に視線を投げ、その後立ったままの二人に頭を下げた。
「すみません、本当なら昨夜の内に自宅まで送るべきでした。」
「いや、迷惑をかけているのはこっちだ。申し訳なかった。」
硬く強張るような声ではありながら何とか言葉を発した恭平に、柔らかな声でお茶でも入れようか?と歩み寄った仁聖が声をかける。その姿に酷く不思議そうに仁聖の姿を眺めながら宮内慶恭は、丁寧に腰をおちけることも含めて辞した。手早く着替えた慶太郎が障子を開いて姿を見せると、お互いにホッとしたような気配を漂わせ慶恭は頭を下げて踵を返そうとする。その姿に思わぬほど表情を変えたのは、誰でもなく慶太郎だった。
「ちょ…父さん!?何も言わないで帰る気なんですか?!」
鋭い叱責を含んだ息子の声に、慶恭が無表情に振り返り足を止める。逆に慶太郎の言葉に困惑を深めた表情を浮かべた恭平の姿に、慶太郎は尚更憤ったような声を更に放つ。
「兄さんにこうして会ったんだから何か言うべきことがあるでしょう?!話を聞いただけの僕ですらそう感じてるんだからっ!」
慶太郎が父親から何を聞いて憤っているのかは、恭平には預かり知らぬことだった。ただ、弟として自分のために憤ってくれていることだけは、少なくとも理解できる。でも、それを今望んでいるわけではないと、心が呟くのが分かって恭平は小さな声で慶太郎を制した。
「慶太郎…いいから……。」
不意に背後からかけられた消え入りそうな声に慶太郎は、振り返りながら恭平に歩み寄りその表情を見つめる。何処か悲しげで寂しげなその表情は、初めて兄と呼んだ日と同じものに見えた。幼馴染みから指摘されて気がついた、彼が独りで耐えてきた何かがその悲しげな姿なのだと今は分かる。分かるからこそ父から話を聞いた時、兄は祖母や父や母、自分ににすら憤慨して叱責するべきなのだと思った。それをしなかったのは、彼が誰よりも優しくて独りで耐えることを選んだからだ。
「兄さんだって…もっと言うべきです。兄さんにはその権利がある。もっと憤慨して当然のことをされているのに……。」
心配も含んで尚且つ憤りを隠さない声に、恭平は微かな苦い微笑みを浮かべる。不意に視線の先で穏やかに微笑みかけた恭平の表情に、慶太郎は思わず息を呑んで押し黙る。
ほんの少し前までは逢えば全身が震える程に混在した様々な感情。父である筈の人間に対しても、母が居たかもしれない場所に居る人に対しても激しく波立つように存在していた。なのに今の自分にはその姿に緊張はするものの、以前のような憎悪に近い感情が沸き上がらないことに気がつかされる。
もう、母の事で誰かを怨む気にはなれない……。
もしかしたら何時かは理解はできるかもしれないとすら錯覚を起こしそうなほど、ただ今は何時か面と向かって話をしてみたいと感じる想いがあるだけ。そんな自分に驚きながら恭平は、ふっと視線を仁聖に投げた。
そうか……お前が傍にいるから……。
気遣わしげに自分を見つめる仁聖の視線に気が付いて恭平はフワリと柔らかい微笑みを浮かべると、その表情を崩さずに慶太郎を眺める。
「俺のことは俺の問題だ。お前はちゃんとお前の問題をご両親と話し合いなさい。いいな?」
「っ…………はい……。」
諭される声の穏やかさに反論する術を失った慶太郎が小さく呟くような返事をして自分を見つめるのを感じ取りながら、恭平は少し安堵したようにもう一度微笑んでみせた。その後素直に踵を返した父親の後ろを歩き始めた慶太郎の背中を見つめる恭平に、不意に人影が歩み寄るのを仁聖は視界に入れ眉を潜めた。
「恭平……さん。」
微かな震えを帯びた声。線の細い印象を受ける慶太郎の母親和寿子の声に、恭平は微かに緊張した面持ちで視線を落とす。まだ艶やかな黒髪を束ね慶太郎と同じ瞳をした小柄なその女性は、息を詰めたようにして恭平の顔を見上げた。
年の頃は恭平の母親と同じ年だというから、既に四十を越えている筈だ。その女性は思ったよりも若く見える顔立ちで、和装の似合うそうなしっとりとした艶を持ったたおやかさを浮かべる。真っ直ぐに潤んだ瞳で恭平を見つめていたかと思うと、不意にその細い腕を伸ばし目の前の恭平を抱き寄せる。驚いて絶句したまま、思わず凍りついた恭平に震える声が溢れ落ちた。
「ごめんなさい…ずっと…、…ずっと……謝りたかった…っ。」
溢れ落ちた和寿子の言葉に、恭平の表情が微かに揺れる。
自分の母親と幼馴染でもあり親友でもあったという女性の言葉とその腕に、一瞬泣き出したくなるような想いが胸の中に湧き上がるのを感じて恭平は目を伏せ唇を噛んだ。知らなかったなんて都合が良すぎるのは分かってるわと、涙混じりの声が告げる。数年前宮内家の祖母が亡くなってから、初めて多くのことを知らされた彼女は自分の母のことをどう感じたのだろう。それは、彼女の言葉と様子で薄々ではあるが、恭平にも理解できる気がした。
「…ごめんなさい…本当に……。」
「………もう…過ぎたことですから……。」
母が姿を消してこの場所に戻るまでの約一年と少しの間に母の変わりに慶恭を支えて結婚した女性。そして彼女自身は自分の母が消えた理由も、戻ってきて母が連れ帰った恭平が誰の子供なのかも、ほんの数年前まで恐らく知らなかったのだ。薄々ではあるが分かっていても、直ぐにはそれを認められずこの人の存在を拒否していたのも恭平自身だったのだということも今は理解できる。
恭平を抱き寄せたその腕の震えに、彼女も事実を知って酷く苦悩していたのだろうと息をついた。涙で潤んだ瞳で自分の顔を見つめるその視線を受け入れると、彼女は感慨深げに静かな言葉を繋いだ。
「ほんと…美弥ちゃんによく似てて……驚いたわ……。」
半分泣いているような微笑みにそう囁かれて、恭平の表情も少し潤んだような微笑みに変わる。全てを許して受け入れるにはまだ時間が必要でも、彼女とのその切欠は受け入れられる気がした。
「今度…ゆっくり話をさせて貰っても…かまわないかしら…?」
「……はい…。」
玄関まで恭平と仁聖が彼女を見送ると、まるで自分とその人が言葉を交わすのを知っていて待っていたかのようにアールコープの先で無言で並んで立っている親子の姿を見つける。丁寧に頭を下げて足早にその二人に追いつく女性の姿を見つめ、気遣わしげに自分を見つめた慶太郎に無言で微笑んで見せる。慶太郎の視線は少し安堵した様に頭を微かに下げて、先に歩き出した父親の背中に続いた。
恐らく宮内慶恭は自分が今後の宮内家に関わる気がないことも、子供としての認知がどうという話もしないのだと当に理解しているのだと思う。確かに血の繋がりはあって、慶太郎が兄と慕ってくれることは正直嬉しいときもある。それでも、榊から宮内に変わる気は恭平にはないし、このまま触れあわない事になったとしてもしょうがないとすら考えてもいた。だからこそ、彼はあえて恭平に対して何も口にしようとはしないのだと思うのだ。
……先生でもあったから、人柄くらいはよく理解してる。
合気道を習っていた時の師匠としての姿は今でもよく覚えている。自分の母親が家系を守るためにした行為だと、息子として理解もしなければいけなかっただろうし、今さら取り戻せないものが多いことを一番理解している筈だ。そして、きっと母の死後今まで自分が数回しか会ったことがないとは言え、煮え立つような憎悪の瞳で見ていたことも分かっている。
それが、今消えたからって、変えられないものだってあるんだ……、なぁ、父さん。
遠ざかる背中を見つめながら恭平は心の中で呟くと、溜め息を溢して踵を返していた。
慶太郎が運んできた食器を手際よく洗いながら、リビングのインターホンで続く話し声の気配がする。その後にパタパタと足音が玄関に向かっていき、暫くの間があく。中々戻ってこない仁聖に眉を潜めた恭平が、一端食器を洗う手を止めた。それとほぼ同時に少し困惑したような表情の仁聖が、リビングに戻ってきてキッチンにいる二人の顔を眺める。
「仁聖?…誰だ?」
「あの……………、……慶太郎の……。」
なんと表現したらいいか分からないでいるという気色を浮かべて仁聖が、背後の人影に促すように視線を向けながら体を退かす。そこに立っている姿を視界にとめた瞬間、恭平の表情も深い困惑の色に包まれ目が見開かれるのが分かる。
そこには着慣れた和装姿の男性と一緒に外行きなのか華美でない和装の女性が緊張した表情で佇んでいる。その女性が恭平の視線に気がついた様に、ひっそりと寄り添うように立ちながら静かに頭を下げた。
「と…父さん……母さんまで…?」
宮内慶恭とその妻の宮内和寿子の姿。実際には恭平が直に妻女に面と向かって会うのは、これが始めてのことだ。まさか両親が態々迎えに来るなんて全く予想していなかった慶太郎の方が、唖然とした様子でそこに立つ両親の姿を見つめている。
「……慶太郎が迷惑をかけて申し訳ない。」
静かに抑揚の無い低い声で語りかける声に、我に返ったような表情を恭平が浮かべ視線を上げた。その先で慶太郎の母親が、微かに驚きに目を見開くのが分かった。息子を迎えに来たという両親の気色に困惑してみせる慶太郎に恭平が何気なく着替えるように促すのを、横にいる微かに気遣う仕草で仁聖が眺めた。戸惑いながら和室に着替えに入った慶太郎の姿を見やりながらも気まずい空気が漂う。恭平は躊躇いがちに仁聖に視線を投げ、その後立ったままの二人に頭を下げた。
「すみません、本当なら昨夜の内に自宅まで送るべきでした。」
「いや、迷惑をかけているのはこっちだ。申し訳なかった。」
硬く強張るような声ではありながら何とか言葉を発した恭平に、柔らかな声でお茶でも入れようか?と歩み寄った仁聖が声をかける。その姿に酷く不思議そうに仁聖の姿を眺めながら宮内慶恭は、丁寧に腰をおちけることも含めて辞した。手早く着替えた慶太郎が障子を開いて姿を見せると、お互いにホッとしたような気配を漂わせ慶恭は頭を下げて踵を返そうとする。その姿に思わぬほど表情を変えたのは、誰でもなく慶太郎だった。
「ちょ…父さん!?何も言わないで帰る気なんですか?!」
鋭い叱責を含んだ息子の声に、慶恭が無表情に振り返り足を止める。逆に慶太郎の言葉に困惑を深めた表情を浮かべた恭平の姿に、慶太郎は尚更憤ったような声を更に放つ。
「兄さんにこうして会ったんだから何か言うべきことがあるでしょう?!話を聞いただけの僕ですらそう感じてるんだからっ!」
慶太郎が父親から何を聞いて憤っているのかは、恭平には預かり知らぬことだった。ただ、弟として自分のために憤ってくれていることだけは、少なくとも理解できる。でも、それを今望んでいるわけではないと、心が呟くのが分かって恭平は小さな声で慶太郎を制した。
「慶太郎…いいから……。」
不意に背後からかけられた消え入りそうな声に慶太郎は、振り返りながら恭平に歩み寄りその表情を見つめる。何処か悲しげで寂しげなその表情は、初めて兄と呼んだ日と同じものに見えた。幼馴染みから指摘されて気がついた、彼が独りで耐えてきた何かがその悲しげな姿なのだと今は分かる。分かるからこそ父から話を聞いた時、兄は祖母や父や母、自分ににすら憤慨して叱責するべきなのだと思った。それをしなかったのは、彼が誰よりも優しくて独りで耐えることを選んだからだ。
「兄さんだって…もっと言うべきです。兄さんにはその権利がある。もっと憤慨して当然のことをされているのに……。」
心配も含んで尚且つ憤りを隠さない声に、恭平は微かな苦い微笑みを浮かべる。不意に視線の先で穏やかに微笑みかけた恭平の表情に、慶太郎は思わず息を呑んで押し黙る。
ほんの少し前までは逢えば全身が震える程に混在した様々な感情。父である筈の人間に対しても、母が居たかもしれない場所に居る人に対しても激しく波立つように存在していた。なのに今の自分にはその姿に緊張はするものの、以前のような憎悪に近い感情が沸き上がらないことに気がつかされる。
もう、母の事で誰かを怨む気にはなれない……。
もしかしたら何時かは理解はできるかもしれないとすら錯覚を起こしそうなほど、ただ今は何時か面と向かって話をしてみたいと感じる想いがあるだけ。そんな自分に驚きながら恭平は、ふっと視線を仁聖に投げた。
そうか……お前が傍にいるから……。
気遣わしげに自分を見つめる仁聖の視線に気が付いて恭平はフワリと柔らかい微笑みを浮かべると、その表情を崩さずに慶太郎を眺める。
「俺のことは俺の問題だ。お前はちゃんとお前の問題をご両親と話し合いなさい。いいな?」
「っ…………はい……。」
諭される声の穏やかさに反論する術を失った慶太郎が小さく呟くような返事をして自分を見つめるのを感じ取りながら、恭平は少し安堵したようにもう一度微笑んでみせた。その後素直に踵を返した父親の後ろを歩き始めた慶太郎の背中を見つめる恭平に、不意に人影が歩み寄るのを仁聖は視界に入れ眉を潜めた。
「恭平……さん。」
微かな震えを帯びた声。線の細い印象を受ける慶太郎の母親和寿子の声に、恭平は微かに緊張した面持ちで視線を落とす。まだ艶やかな黒髪を束ね慶太郎と同じ瞳をした小柄なその女性は、息を詰めたようにして恭平の顔を見上げた。
年の頃は恭平の母親と同じ年だというから、既に四十を越えている筈だ。その女性は思ったよりも若く見える顔立ちで、和装の似合うそうなしっとりとした艶を持ったたおやかさを浮かべる。真っ直ぐに潤んだ瞳で恭平を見つめていたかと思うと、不意にその細い腕を伸ばし目の前の恭平を抱き寄せる。驚いて絶句したまま、思わず凍りついた恭平に震える声が溢れ落ちた。
「ごめんなさい…ずっと…、…ずっと……謝りたかった…っ。」
溢れ落ちた和寿子の言葉に、恭平の表情が微かに揺れる。
自分の母親と幼馴染でもあり親友でもあったという女性の言葉とその腕に、一瞬泣き出したくなるような想いが胸の中に湧き上がるのを感じて恭平は目を伏せ唇を噛んだ。知らなかったなんて都合が良すぎるのは分かってるわと、涙混じりの声が告げる。数年前宮内家の祖母が亡くなってから、初めて多くのことを知らされた彼女は自分の母のことをどう感じたのだろう。それは、彼女の言葉と様子で薄々ではあるが、恭平にも理解できる気がした。
「…ごめんなさい…本当に……。」
「………もう…過ぎたことですから……。」
母が姿を消してこの場所に戻るまでの約一年と少しの間に母の変わりに慶恭を支えて結婚した女性。そして彼女自身は自分の母が消えた理由も、戻ってきて母が連れ帰った恭平が誰の子供なのかも、ほんの数年前まで恐らく知らなかったのだ。薄々ではあるが分かっていても、直ぐにはそれを認められずこの人の存在を拒否していたのも恭平自身だったのだということも今は理解できる。
恭平を抱き寄せたその腕の震えに、彼女も事実を知って酷く苦悩していたのだろうと息をついた。涙で潤んだ瞳で自分の顔を見つめるその視線を受け入れると、彼女は感慨深げに静かな言葉を繋いだ。
「ほんと…美弥ちゃんによく似てて……驚いたわ……。」
半分泣いているような微笑みにそう囁かれて、恭平の表情も少し潤んだような微笑みに変わる。全てを許して受け入れるにはまだ時間が必要でも、彼女とのその切欠は受け入れられる気がした。
「今度…ゆっくり話をさせて貰っても…かまわないかしら…?」
「……はい…。」
玄関まで恭平と仁聖が彼女を見送ると、まるで自分とその人が言葉を交わすのを知っていて待っていたかのようにアールコープの先で無言で並んで立っている親子の姿を見つける。丁寧に頭を下げて足早にその二人に追いつく女性の姿を見つめ、気遣わしげに自分を見つめた慶太郎に無言で微笑んで見せる。慶太郎の視線は少し安堵した様に頭を微かに下げて、先に歩き出した父親の背中に続いた。
恐らく宮内慶恭は自分が今後の宮内家に関わる気がないことも、子供としての認知がどうという話もしないのだと当に理解しているのだと思う。確かに血の繋がりはあって、慶太郎が兄と慕ってくれることは正直嬉しいときもある。それでも、榊から宮内に変わる気は恭平にはないし、このまま触れあわない事になったとしてもしょうがないとすら考えてもいた。だからこそ、彼はあえて恭平に対して何も口にしようとはしないのだと思うのだ。
……先生でもあったから、人柄くらいはよく理解してる。
合気道を習っていた時の師匠としての姿は今でもよく覚えている。自分の母親が家系を守るためにした行為だと、息子として理解もしなければいけなかっただろうし、今さら取り戻せないものが多いことを一番理解している筈だ。そして、きっと母の死後今まで自分が数回しか会ったことがないとは言え、煮え立つような憎悪の瞳で見ていたことも分かっている。
それが、今消えたからって、変えられないものだってあるんだ……、なぁ、父さん。
遠ざかる背中を見つめながら恭平は心の中で呟くと、溜め息を溢して踵を返していた。
0
お気に入りに追加
249
あなたにおすすめの小説



塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる