鮮明な月

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第七章

65.

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暗がりの車の後部座席で抱きかかえたままの恭平の体が、腕の中で微かに震えるのを感じて仁聖はその体をしっかりと抱きしめる。震える体を肩にかけた自分のジャケットでしっかりと包み込む。一瞬意識の無い恭平の表情が不安そうに曇ったのに気がついて、そっと抱き寄せた頬を撫でその耳元で優しく囁きかける。

「大丈夫だよ…?恭平、もう何もさせないから大丈夫。俺が傍にいるからね。」

夢現に仁聖の声を聞きつけた様に、恭平の表情がふっと緩んで安堵した吐息がフゥと零れる。それでも止まらない震えに仁聖は苦痛めいた表情で視線を落とす。不意に外気があふれる様に舞い込むのと一緒に運転席に村瀬篠が、滑り込んできて深い吐息と同時に、ハンドルに覆いかぶさる背中を仁聖は僅かに身を固くして見つめた。

「篠さん。」

躊躇いがちにかけた声に街灯の明かりに、微かに苦悩の表情を浮かべた篠が座席越しに振り返る。
夕方の四時半に真希と一緒に待ち合わせ場所の喫茶店にいった仁聖は一時間ほどその場で待っていた。ここで話をして見送りに駅まで行ったのかと最初は考えたのだ。しかし、恭平から連絡がなかったことに不安を感じて、スマホに連絡をとってみたが何度かけても留守番電話になってしまう。訝しげに表情を曇らせた仁聖に、一緒に居た真希が機転を利かせて店員に話を聞いていた。そして恭平と思しき人物が店内で体調を崩した風だったと聞きだして、一緒にいたのが友人の了であると分かっていたこともあって連絡も取れない状況に真希が篠に連絡を取ったのだった。彼女自身は了に関しての情報は何も持っていなかったのだが、駆けつけた篠は別々の思いで不安げにしている二人から全ての話を聞いて一瞬表情を曇らせた。その場で篠は成田了が勤めている会社に連絡を入れた様だ。が、そこで了が突如昨日から一週間の有給を取ったと聞いて、顔を強張らせていた。
今までの経緯はあるにせよ篠にとっても長年の付き合いがある友人ではあった。了のとった行動とその理由に嫌悪感を覚えると同時に、今から自分が口にしようとしていることにも自己嫌悪を感じながら篠は口を開く。

「恭平の様子は?仁聖君。」
「気を失ったままです、…熱のせいか少し震えてて…。」
「…そう……。」

少し思い悩む様な視線が抱きかかえられた恭平を見つめたかと思うと、ゆっくりと仁聖の顔を見つめて丁寧にすら感じる穏やかな口調で言葉を紡ぐ。

「状況を見て分かるとは思うけど…あいつは恭平に薬を飲ませたんだ。」
「薬……。」

静かに低い声で篠が、その薬がどんなものなのかを告げる。その薬は正規のものではなく、服用すれば性的興奮を感じるとされているもので、昂揚感を感じさせる反面服用中の記憶を失ったり服用後に発熱したり幻覚や様々な弊害もあるという代物。それを聞いて仁聖は思わず唇を噛んで身を強張らせた。常用している可能性のある了とは違い、状態を見ても恭平が依存症を起こす可能性は低そうだ。それでも一緒に睡眠薬も呑んでいるみたいだからと篠が呟く。

「本当なら病院に連れていくべきかもしれない、でもそうすると警察沙汰にならないとは言えない。」

グイと更に体勢を変えて篠は、真っ直ぐに仁聖を見つめた。

「…君に言うべきじゃないとは分かってる。だけど………あいつがこんな事を起こしたのは…。」

車中に差し込む街灯の逆光の中で黒く光る篠の苦痛そうに歪む瞳を見つめ、仁聖はその言葉の先を待つ。篠は一瞬息をつめながら、ゆっくりと言葉を選びながら囁く。

「君と一緒に居る恭平を…見たからだって言ってる……。」
「俺と………?」

その言葉にここ数ヶ月の出来事が脳裏に走って仁聖の表情が凍りつくのが分かった。並んで歩く事や手を繋ぐ事、外で抱きしめた事もキスした事もある。そのどれが原因だとしても全ての発端が自分だという事に心が凍りついていく。それを視界に入れながらも篠は諭すように言葉を繋げた。

「以前からって訳じゃない、今月に入ってからの事だ。二度ほど見かけたらしいけど、そのうち一回はこの間の事件の時で恭平の方が君を抱き締めてたのを見たっていってる。」

その言葉に愕然として仁聖は言葉を失う。クラスでも噂になってると忠告されたばかりなのに、時既に遅しだったのが胸に突き刺さる。でも、これで片方が女性だったら事は全く違ったに違いない。大切な人が男同士だった、それだけと言うには仁聖はまだ子供なのだ。

「今警察沙汰にすれば、あいつは恭平だけでなく君も巻き込もうとする。そうしたら君も傷つく事になる。恭平は、きっとそれを一番嫌がると思う。自分より何より……君を守りたいって考えるはずだ。」

恭平の事だからねと呟くように言った篠の声は、酷く悲しげで長い時間で理解した親友としての優しさで意識を失ったままの恭平を見つめる。言葉を失ったままの仁聖を労わる様に見つめながら、篠はゆっくりと口を開く。

「だから、今はあいつには脅しをかけるだけにしたんだ。…この後の事は恭平と相談するしかない。僕にそうするしかできなかった…ごめん…。」
「っ………俺のせいなんですね?……こんな事になったのは。」
「それは違う。」

諭す様な声が苦痛に満ちた仁聖の言葉を遮る。

「外でそういう……事をした恭平にも責任はある、それにあの時恋人を抱き寄せないでいられるわけない。僕だって真希ちゃんのことを抱き締めたよ?」

篠はあの時の事を思い出した様子で、微かに運転席で身震いした。確かにあの場で恋人や子供を見つけた人間が、抱き寄せもせずに笑っているなんて姿はどこにもなかった。でも、同時に自分達も除外してもらえる訳ではないのに、浅はかだったとしか言えない。

「それに何よりも…こんなことをした理由はあいつの勝手なものだ。君と恭平がつき合っていたからって、こんな事していいはずがない。そこは間違ったら駄目だ。」

その言葉にも唇を噛んで言葉を失った仁聖を見つめていた篠の瞳が、真っ直ぐに仁聖を見つめたままホウと溜息をついた。

「覚悟して付き合ってるんじゃないのかい?…こんな事で揺らがない覚悟があるんじゃないの?……少なくとも恭平はその覚悟をして付き合っていると僕は思ってるよ。」
「篠さん……。」

その言葉に少し表情を変えた仁聖から視線を離し、前に向き直った篠がルームミラー越しに自分を見つめる仁聖の視線を感じながら微かに微笑む。キーを回しながら篠は、微笑みを敷いたまま囁くように言葉を繋いでいた。

「それに……僕が知ってる中で…恭平は今が一番幸せそうだ。君と一緒に居るのが…さ?」

帰りついた自宅で意識の無いままの恭平の体をそっとベットに横たえた仁聖が、背後に居る篠に視線を向ける。篠は心配していたが同行を拒否された真希に、本当に恭平は体調を崩してとまるでそちらが真実であるかのようにあっさりと説明して電話を切った。

「一先ず明日の朝までは様子を見よう、どうする?僕が傍につこうか?」
「いいえ、俺が看ます。」

断固として譲らない気配をにおわせる仁聖に小さく微笑みながら、篠は何かあると困るから客間に居ると告げ室内から姿を消す。その気づかいに感謝しながら仁聖は眠ったままの恭平の傍にそっと腰を下ろし、荒い吐息を吐きながら薔薇色に染まったままの頬を見下ろした。
夜半近い闇の中で、もぞと身動ぎしたベットの中の艶やかな黒曜石の瞳が薄らと開かれ視線が宙を彷徨う。それに気がつき仁聖は気遣いながら、覆い被さるようにして瞳を覗き込む。視界に仁聖を見つけるまで酷く不安げに視線を彷徨わせていた恭平が、仁聖の顔を見つめ戸惑う様に掠れた息をつく。熱をまだ含んだ吐息を零しながら記憶を手繰り寄せようとでもするかのように無言のままでいた恭平の表情に陰りが差すのを見て、仁聖はさり気無く声をかけた。

「大丈夫?恭平…何か飲む?」
「…じんせ……起こして……頼む…。」

自分で起きようとして出来ない様子のその声に少し躊躇いながらも、未だに高い熱をもった恭平の体に仁聖は腕をまわして抱き起こす。抱き起こされた自分の表情を覗き込む心配そうな瞳に、恭平は苦しげに息を突きながら懇願する様な声を零した。

「…悪い……バスルームまで…連れて行ってくれ………。」
「恭平…。」

薔薇色に染まったままの頬で潤んだ瞳をした恭平の懇願に、思わず仁聖がもう少し休んでからの方がと躊躇いがちに口にする。しかし、恭平は抱きかかえられる体勢のまま弱々しく頭を振って、更に必死に懇願するように仁聖の顔を見つめ、「体を洗いたい…」とだけ小さく呟いた。その言葉に一瞬息を呑んだ様な仁聖は、それ以上は何も言わずに自分に腕を回す様に囁く。促されるままに仁聖の首に力のはいらない腕をまわした恭平の体をそっと抱きかかえて、仁聖は静かに寝室から滑りだす。微かなその物音に気がついた篠が訝しげに客間のドアを開いたのに、小さく目で行き先を示すと彼は分かったという風に静かにドアを閉じた。

洗面用のシンクの前でそっと抱きかかえていた恭平の足を床に下ろす。しかし、まだ薬が効いているのか力が入らず一人では体を支え切れない様子に、思わず仁聖は微かに眉を潜めた。その表情に視線を向けるでもなく俯いたままの恭平が苦しげに肩で息をつき、仁聖の胸に縋りながら服をたどたどしく肌蹴ける。その思うようにいかない仕草にそっと指を上げて仁聖が囁きかけた。

「恭平……俺がやってもいい?」
「悪…い……っ、脱がせてくれるか…?」
「うん…つかまっててね?」

愛おしい恋人の服を脱がすというよりも、まるで保護するべき者を労わるかのように、そっと肩から服を落としてボトムも下ろす。引き下ろされた衣類に付着する様な自分の体液ではないものの存在を見下ろして、微かに忌々しげに恭平が呟く。

「それ…捨ててくれるか?もう………いらない。」
「わかった…中まで抱いて行っていい?」
「すまない…。」

それ以上言葉を繋ぐ事の出来ない恭平の体を抱きかかえて、キイと音を立ててタイルに足を踏み入れる。ふっと抱きかかえられたまま視線を上げた恭平が懇願する様な視線で、小さく掠れた声を上げた。

「ここでいい…暫く一人に………。」

その言葉が終わる前に無造作にシャワーのコックを捻った仁聖に恭平は微かに驚いた様に息を呑む。すぐさま心地よい温度に変わる飛沫を肌に感じながら恭平は、仁聖の行動が理解できないという風に見つめた。

「何やって…お前…濡れ………。」
「もう濡れてるよ。」

肌に当たる飛沫に身を竦めながらも自分を抱きかかえたままの仁聖に、恭平は頭を振りながら弱く掠れた声で一人にして欲しいともう一度呟く。しかし、それを無視したように仁聖は、抱きかかえたままの体勢でボディシャンプーをスポンジに落とす。

「じんせ…っ!!一人に……これ以上……。」
「一人にできないよ、立ってもいられないのに……洗ってあげるから大人しくしてて。」
「いや…、いやだ……触るなってば……俺は…。」

子供の様に身悶える恭平を抱きすくめ、暖かいシャワーの飛沫を物ともせずに仁聖の手がスポンジを肌の上に滑らせる。大事そうに丁寧に肌を泡が滑る感触が不意に体に残る浮遊感を快感に変えていくのに思わず身を震わせながら、恭平は悲鳴に近い声をあげて仁聖を制止した。

「…お前……人の話を聞いてないのか?!…一人にして欲しいって…。」
「聞いてるよ、でも無理だ。今の恭平を一時でも一人にはできない。危ないよ。」
「っ………!」

じりじりと体内を焙られる感覚に恭平は、諦めたように皮肉に歪む氷のような冷笑を浮かべる。

「そうか……どうしてもここにいるって言うんだな?だったら……。」

真っ直ぐに自分を見つめる仁聖の瞳を、恭平がどんよりと濁った光りを揺らめかす視線で覗き込み唐突にグイと胸元に縋っていた腕で引き寄せた。口付をするのかと思うほどに顔を寄せた恭平が酷く淫猥な笑みを口元に浮かべて、耳元で囁きかけるように熱を含んだ声を放つ。

「今すぐ俺の事抱け…、ここで今直ぐ抱けよ。」
「恭平……。」

肌に弾ける飛沫の中で言葉に煽られ、あっという間に自分の肉茎二熱がともり屹立していくのを感じる。それを自覚しながら恭平歪んだ笑みを張り付けて、仁聖の腰に下肢を擦り寄せる腰を押し付けた。自分の中で何かが砕けてしまいそうな感覚を感じながらも、淫靡な仕草で腰を揺らめかせ煽りたてる様に恭平は肉茎の先から蜜を滴らせ仁聖の服の上から擦り付ける。耳元でネットリと淫靡な声で誘いかける。

「ほら…早くしろって……仁聖…、早く…抱け、俺を犯せよ…。」

一瞬息をつめた仁聖の瞳を覗き込む恭平の体を再びスポンジが滑り始め、その先の淫らな動作を予期して思わず身を強張らせてる。しかし、スルリと肌を撫でたスポンジが全くその気配を見せず、下肢に触れた時すらもまるで壊れ物でも洗うかのように丁寧に体を洗い清めていく。恭平は予期せぬ動作が続く事に微かに驚いた様に逆に怯えながら瞳を開き、仁聖の顔をもう一度見つめなおす。何も言わずに恭平の体を優しく洗い続ける手に、戸惑いを深めて恭平は身を捩り声を荒げる。

「な…何で……お前…人の話聞いてるのか?…何で…。」
「聞いてるってさっきも言ったよ?…ちゃんと聞いてる。」

そう言いながら自分を抱きしめ労わる様に体を洗う青年が服を脱ごうともせずにいる姿が、恭平の強請り誘う声には従わないと暗に示している。そんな気がして恭平は困惑した表情のままその手の動きを見つめた。
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