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第六章
57.
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自分が今まで無神経に何をしていたかを、まざまざと思い知らされてから、数日が経とうとしていた十一月の中旬のある日。生徒会の次年度の役員選挙も近いし、合気道部の次年度の部長の件も思うように進んでいない苛立ち。合気道部の部長に関しては白羽の矢をたてた相手が、その白羽の矢を引き抜きわざわざ射返して来るというとんでもない状況だ。先輩の言うこと位ありがたく聞けばいいのにと思うのだが、そう考えると何故か同時に自分が異母兄に無神経にしてきたことが頭を過る。
つい先日父親が大阪に出ているのを良いことに、白羽の矢をたてた相手に勝った方の言うことを聞くと言うことで勝負を挑んだ。相手は一つ年下の真見塚道場の一人息子。近郊では宮内と並んで有名な合気道道場で、昔は同じ流派の派生道場だ。昔から意見があわない奴だが、技術は確かなのに何故か高校に入学して合気道部に入らなかった。地質学なんて大学にでも行ってからやればいいのに、段位を持っていて合気道部に入りもしないのだ。異母兄にとの不和のせいもあって自分が苛立っていたのは事実だが、勝負の結果は驚くべき事態に陥った。
神童やら天才やらと今まで噂の存在でしかなかった鳥飼が突然姿を見せたのだ。父が以前からあの人は別格と言っていたのが、理解出来たのは瞬殺で投げられた時だった。何しろ古武術でやりあう自分達に何時歩み寄ったのかすら見えなかった上に、次の瞬間自分は投げられ真見塚も腹這いで肩を絞め上げられている。そんな芸当は恐らく父にも真見塚の師範にも出来ない。これでもう今は合気道もやっておらず、古武術の鍛練していない人間とは全く思えなかった。免許皆伝を既に与えられているというのも眉唾物ではなかったのだ。勿論慶太郎自身は榊恭平の才能も理解しているが、鳥飼は全くの別物。次元の違う人間だった。唖然とする自分の前で真見塚が彼に当然のように話しかけたのを見つめながら、何処か榊恭平にも似た女性のような凛とした綺麗な顔立ちの彼を見つめる。榊恭平が陰だとすれば、彼は陽と表現できそうな芯の強さが伺えた。
その彼は二人を瞬殺しても、全く息が乱れていない。それどころかこれで対人は久々で加減が上手くいかなかったと話す始末だ。そして、その後自分の話を聞いた彼から呆れ顔で言われてしまうことになった。
「自分が正しいと思っても、少し相手の立場を考えないと。本当に正しいのかなんて見方次第なんだぞ?」
その言葉はここ最近の自分には、棘のように鋭く突き刺さる言葉だった。
だからこそ榊恭平に直接謝りたいし、それ以上に自分自身が自分の気持ちを確かめたいのだと心の中で呟く。薄曇りの冬の気配をどこか感じさせる陽射しの中でドアの前に慶太郎は立ち竦んでいた。
すっかり着慣れたはずの高校の制服の襟が妙に息苦しいような気がして、伏せた視線の先にあるチャイムを緊張しながら押す。あの事態の後からその日まで、その間に異母兄からは穏やかな声で自分の言葉を詫びる電話が二度留守電に入っていたが、慶太郎からかけることは出来なかった。穏やかな声を出させたのが自分の幼馴染なのだと知らされるのと同時に、もし直接声を聞いた自分が何を言ったらいいのかが分からない。それでも、そのままの状況を続ける事ももうできないと感じていた。
『…はい?』
静かな柔らかい機械越しの声に慶太郎は微かに息を呑む。あの時の刺々しい気配とは違う、穏やかで柔らかな落ち着いた声。
「……あ…あの…、僕…です。」
『慶太郎?………待ってろ?開けるから。』
少し驚いたような声の後にパタパタと室内の足音が近づいてきて、音を立ててドアが開かれる。そこに立っている丁度風呂上りらしい滴を垂らして少し上気した頬をした薄着の恭平に慶太郎は戸惑うような視線を向けた。
「…お前?学校は?」
平日の真昼間に制服姿で来訪。そんな異母弟に驚き戸惑うような恭平の声が投げられて、思わず黙り込んでしまった慶太郎の姿に彼は小さな溜め息をつく。普段なら諌めて追い返してしまいかねない筈なのだが、先日の事が脳裏を掠めたのか恭平は一先ず入れと小さく囁いた。身を翻す身体のラインの一際な細さに一瞬目を奪われながら、無言のままそれに慶太郎が続く。
同じ血を半分ひいているのに自分とはどうしてこんなにも違うのだろう。
いい部分ばかりを選び取って受け継いだようなその麗しいほどの肢体。自分よりも10センチも高い身長なのに腰や手は、男性らしく薄い均整のとれた筋肉はついている。しかし、自分よりはるかにしなやかで細く繊細な造形。確かに面差しは少し似ている気もするが、それでも繊細な面差しをしていた彼の母親の血が濃いのか恭平の方が、はるかに和美人といわんばかりの整った目鼻立ちをしていると思う。無造作に身につけた普段着までもいかない薄手のシャツとガーゼ地のゆったりと肌に纏わりつくパンツ姿ですらそれほど目を引くのだから、彼がその気で装えば誰よりも魅力的な青年になるだろう。そして、以前よりも棘のない柔らかな丸みを感じさせる仕草は酷く魅惑的にすら感じて切ない気分になる。
仕事が一段落して気分転換にシャワーを浴びていたのだと口にするリビングの向かうその背中を見つめながら、ふいに瞬間的に歩みを速めた自分の手がその体を抱き締めるように腕を回していた。
「慶…?!!」
「…ごめんなさい…僕は…、何も知らないで、勝手なことばかり…っ。」
一瞬驚いて身を捩ろうとした恭平は、慶太郎の言葉にその動きを止める。腕の中にまだほんのりとシャンプーの香りのする体を感じながら慶太郎は、もう一度ごめんなさいと繰り返しながらその背中に顔を押し付けた。あの悲痛な声を聞いてからずっと考え続けて出た結論は自分が密かに願っていたのは、ただその腕の中に今いる人との親密な関係だったのだということだ。
「…ごめんなさい…、兄さん……ごめんなさい。」
泣き出しそうなその声にふっと視線を落とした恭平が、ふぅと溜め息をついて首に回された腕をぽんと叩く。
「もういい…慶太郎。俺も悪かった、感情的になって酷い事を言った。……悪かった。」
優しいその穏やかな声に、不意に胸がずきんと痛むのを慶太郎は感じていた。その優しい涼やかな声を出させているのが自分ではないと言う実感が、不意に胸底から湧き上がった。その穏やかな様子を腕の中の人にもたせているのが、誰でもなく他ならない自分の幼馴染であることが慶太郎の胸に刺さる。
何時もそうだ…あいつは…。
慶太郎と仁聖は全く違うタイプの人間だった。幼い時から何でも必死に努力して結果を出すタイプの慶太郎と何気ない機転とタイミングで要領のいい仁聖。人当たりに関しても慶太郎は人見知りで中々打ち解けられない事が多いのに、愛想のいい仁聖は誰とでも直ぐ仲良くなって笑っている。恭平のことだってそうだ、慶太郎が三年以上も時間をかけて打ち解けたのに、仁聖はあっという間に彼を自分のものにしてしまった。
不意に湧き上がる醜い感情に抱き締める腕が震えて、それに気がついた恭平が心配そうに腕に手を触れたのに気がつく。優等生で教師からも誰からも一目置かれる自分。それなのに多くの人の目は陽気で愛想のいい幼馴染に向けられてしまう。幼い時から結局自分が望む全てを何時も仁聖の方が、何の苦労もない様子で先に手にしていくのを見つめてきた。
「…僕は……、兄さんが好きです…。」
ピクと腕の中の恭平の気配が、紡いだその言葉に張り詰めるのが分かる。慶太郎はそれを知りながら背中に顔を埋めたまま言葉を繋いだ。
「だから…我慢しようと思った…兄さんが、……僕の本当の兄さんになってくれる事だけで。」
不意に紡がれた言葉の意味に、一瞬恭平が戸惑い動きを止めたのが分かる。
「………でも、兄さんは…そうできないんでしょう?」
「……慶太郎。……出来ない………すまないけど………俺は…。」
何度繰り返しても彼にとって大切なものは変わらない。つまり、慶太郎の兄になってくれるということはないという事だ。
「……もう…分かりました…、もう、兄になってくださいって…言いません…。」
抱き締めたままそっと背中に向かって慶太郎が小さい泣きそうな声で囁く。それを耳にしながら、恭平はその苦しげな言葉に戸惑い押し黙る。
養子になって本当に兄になって欲しい。そう願われたのは事実でそれを酷い形で拒否した罪悪感と酷く不安げな慶太郎の声に、恭平は思わずその動きを止めたままその声に耳を傾けた。
「好きです……に…、……恭平・さん。」
兄ではなく名前で囁かれて恭平の体が強張る。
「恭平さん…、好きです…僕はあなたが欲しい。」
抱き締めた慶太郎の腕の震えを感じ取りながら恭平は、視線を伏せ小さく謝罪の言葉を迷わず口にする。「受け入れられない」と囁くその体をグイと返して、熱っぽい瞳で恭平の顔を覗き込みながら慶太郎は無理矢理その唇を奪う。これ以上もう何も言わせたくないと押し付けられた唇の感触に、一瞬眉を顰め振り払おうと身を動かしかけた恭平は何かに気がついたようにその腕の動作を止めた。思わぬその反応を微かな違和感として感じ取りながら慶太郎は、縋るような視線でその表情を見つめる。
「僕は貴方が好きです!…貴方が欲しい……恭平さん…貴方が好きなんです……。」
「慶太郎…お前は…。」
「…僕が先に告白していたらよかった!……三年も……我慢なんかしないで。」
絞り出すような言葉の先でもう一度押し付けられた唇に、不意に身を強張らせ抵抗していた筈の恭平の腕が力を抜くのがわかった。慶太郎は微かな驚きを含んだ瞳で腕の中の姿を見つめる。溜め息に似た吐息がその唇から溢れ落ちて、伏せられた何かに気がつき思案するような視線の酷く美しい憂い。慶太郎は息を飲みながら、その表情に魅せられたように顔を寄せた。
「…触れさせてください…恭平さん…。貴方にもっと触れたい……。」
その言葉にピクリと肩を震わせた恭平に、慶太郎は緊張に喉を鳴らす。
以前見せられた強い拒否を今またされたら自分がどうなってしまうかが想像もできない。そう考えながらも、目の前の恭平の様子が何か今までと違うことに気がつく。無言のまま何か思うように長い睫毛を伏せる恭平を見つめながら、慶太郎は躊躇いがちにその体をドアが開かれたままの寝室の方へと押しやる。
戸惑うように見える恭平の表情に気がつきながら、慶太郎はベットの前でそっとその肩から薄いシャツを滑り落とさせると筋肉はついているのに酷く繊細な鎖骨が露になった。
陶器の様に滑らかで真っ白な肌に幾つも残された薄い花弁の形をした幼馴染の残した情交の痕。慶太郎は一瞬憤りにも似た燃え滾る劣情を感じながら、同じ場所に上から口付ける。ピクと体を震わせ肌を粟立たせる気配を漂わせつつ、まるで抵抗らしき抵抗もしない。そんな恭平に戸惑いながらも、慶太郎の指が陽射しの中に上半身を全て晒して、のしかかる様にその体をベットに押し倒した。
「恭平さん…、好き……です。」
じっと自分を見つめる恭平の視線がどんな風に色を浮かべているのかが怖く真正面から見ることも出来ない。それに慶太郎はその肌に口付ける事で彼の視線を避ける。その視線が今自分を責めるのか受け入れてくれるのか。どちらだったとしても確かめるのが怖くて見つめ返す事もできず、何度も肌に口付けしながら指を滑らせた。慶太郎の探る指がボトムの縁にかかった瞬間、恭平が微かに息を呑んだのが分かる。それでも自分の心の中の欲望が熱を持っているのを自覚しながら慶太郎は、その指を無造作に動かしボトムを下着ごとひきおろした。
綺麗で滑らかな白磁の、それでいて酷く扇情的な薔薇の花弁のような痕を刻まれた肌。引き締まった腹部もしなやかな足もまるで女性のようなキメの細かな肌艶で、思わず喉がなるのを感じる。青ざめているような白さの肌は、性別が同じだとは思えない美術品のようだ。
触れて自分に溺れさせたいと願いながら全てを陽射しの中に晒し、悩ましく劣情を煽りながら肌を隠そうともしない姿態を眺める。
「…恭平さん……。」
思い切るようにそっとその肌に手を滑らせ自分の体を重ねようとする動きに、流石に恭平が思わず顔を背ける。恭平の肌に指を滑らせ腰の辺りを手が探る。拒否するように、それでいてまるで縋るように肩を掴んだ手に微かに喜びに似た感情を味わいながら、慶太郎は制服の裾をはだけチャックを下げながら下肢を割ろうとして凍りついた。
戸惑い息を詰めて動きを止めた慶太郎の様子に、やがて恭平が安堵に似た視線でその戸惑う表情を見上げる。
「………お前には無理だ、慶太郎。」
「ど……して?そんな事ないです!僕は!!……僕は………。」
慶太郎の反応していない肉茎と戸惑う動作を、最初からわかっていたと言う風に恭平は目を向ける。少し身をずらした恭平が上半身を僅かに起こし、目の前で戸惑い凍りついた慶太郎に小さく溜め息をつく。当たり前のように身を隠すこともなく見つめていた視線が最初のキスから分かっていたという色を浮かべているのに、慶太郎は呆然としながらその瞳をマジマジと見つめていた。
「…俺は確かにお袋に顔が似てるからな…だけど、男だ。…直に体を見たら…普通は欲情なんかしないだろ。」
安堵を含んだ恭平の穏やかな声が静かにそう告げるのに、慶太郎はまるでその声を拒否しようとするかのように頭を振りながら声を振り絞る。しかし、その言葉が隠し様のない事実を占めているのが、慶太郎には酷くつらかった。抱き締め押し倒して目の前に晒したずっと羨望していた姿態に触れた筈なのに、強い思いがある筈の自分の感情が体には伝わらないという感覚のもどかしさに苛立つ。
「っ……だけど、僕はっ!!本当に…っ。」
「……俺もお前を好きだよ?……お前は大事な弟だ。」
ハッとした様にその言葉を見下ろした慶太郎の表情が、泣きそうに歪んでいく。
「お前と同じだ。俺もお前が好きだよ?…でも…分かるな?仁聖との……愛情とは違う。」
「そんな…僕は…。」
「……俺にも…あいつは特別なんだ…、もう…分かるだろ?俺もお前には感じないんだから。」
ハッキリとそう告げられて、自分だけでなく触れたはずの体も全く熱を持つ兆しがないのに気がつく。青ざめた様に見えた肌は事実、青ざめて血の気が引いていたのだと分かる。
その後の行為を無理やり続けることが出来たとしても、それがただの肉体だけのものなのだ。そう自分自身の体も含めて証明してしまった事に慶太郎は脱力したようにその場に座り込む。
明確な感情の差をハッキリと示されて泣き出しそうな表情をしたその顔に、微かに微笑みながら恭平がポンとその頭を撫でて腕の下から身を滑らせようとした瞬間、ガタンと大きな音が立って二人は思わず振り返った。
つい先日父親が大阪に出ているのを良いことに、白羽の矢をたてた相手に勝った方の言うことを聞くと言うことで勝負を挑んだ。相手は一つ年下の真見塚道場の一人息子。近郊では宮内と並んで有名な合気道道場で、昔は同じ流派の派生道場だ。昔から意見があわない奴だが、技術は確かなのに何故か高校に入学して合気道部に入らなかった。地質学なんて大学にでも行ってからやればいいのに、段位を持っていて合気道部に入りもしないのだ。異母兄にとの不和のせいもあって自分が苛立っていたのは事実だが、勝負の結果は驚くべき事態に陥った。
神童やら天才やらと今まで噂の存在でしかなかった鳥飼が突然姿を見せたのだ。父が以前からあの人は別格と言っていたのが、理解出来たのは瞬殺で投げられた時だった。何しろ古武術でやりあう自分達に何時歩み寄ったのかすら見えなかった上に、次の瞬間自分は投げられ真見塚も腹這いで肩を絞め上げられている。そんな芸当は恐らく父にも真見塚の師範にも出来ない。これでもう今は合気道もやっておらず、古武術の鍛練していない人間とは全く思えなかった。免許皆伝を既に与えられているというのも眉唾物ではなかったのだ。勿論慶太郎自身は榊恭平の才能も理解しているが、鳥飼は全くの別物。次元の違う人間だった。唖然とする自分の前で真見塚が彼に当然のように話しかけたのを見つめながら、何処か榊恭平にも似た女性のような凛とした綺麗な顔立ちの彼を見つめる。榊恭平が陰だとすれば、彼は陽と表現できそうな芯の強さが伺えた。
その彼は二人を瞬殺しても、全く息が乱れていない。それどころかこれで対人は久々で加減が上手くいかなかったと話す始末だ。そして、その後自分の話を聞いた彼から呆れ顔で言われてしまうことになった。
「自分が正しいと思っても、少し相手の立場を考えないと。本当に正しいのかなんて見方次第なんだぞ?」
その言葉はここ最近の自分には、棘のように鋭く突き刺さる言葉だった。
だからこそ榊恭平に直接謝りたいし、それ以上に自分自身が自分の気持ちを確かめたいのだと心の中で呟く。薄曇りの冬の気配をどこか感じさせる陽射しの中でドアの前に慶太郎は立ち竦んでいた。
すっかり着慣れたはずの高校の制服の襟が妙に息苦しいような気がして、伏せた視線の先にあるチャイムを緊張しながら押す。あの事態の後からその日まで、その間に異母兄からは穏やかな声で自分の言葉を詫びる電話が二度留守電に入っていたが、慶太郎からかけることは出来なかった。穏やかな声を出させたのが自分の幼馴染なのだと知らされるのと同時に、もし直接声を聞いた自分が何を言ったらいいのかが分からない。それでも、そのままの状況を続ける事ももうできないと感じていた。
『…はい?』
静かな柔らかい機械越しの声に慶太郎は微かに息を呑む。あの時の刺々しい気配とは違う、穏やかで柔らかな落ち着いた声。
「……あ…あの…、僕…です。」
『慶太郎?………待ってろ?開けるから。』
少し驚いたような声の後にパタパタと室内の足音が近づいてきて、音を立ててドアが開かれる。そこに立っている丁度風呂上りらしい滴を垂らして少し上気した頬をした薄着の恭平に慶太郎は戸惑うような視線を向けた。
「…お前?学校は?」
平日の真昼間に制服姿で来訪。そんな異母弟に驚き戸惑うような恭平の声が投げられて、思わず黙り込んでしまった慶太郎の姿に彼は小さな溜め息をつく。普段なら諌めて追い返してしまいかねない筈なのだが、先日の事が脳裏を掠めたのか恭平は一先ず入れと小さく囁いた。身を翻す身体のラインの一際な細さに一瞬目を奪われながら、無言のままそれに慶太郎が続く。
同じ血を半分ひいているのに自分とはどうしてこんなにも違うのだろう。
いい部分ばかりを選び取って受け継いだようなその麗しいほどの肢体。自分よりも10センチも高い身長なのに腰や手は、男性らしく薄い均整のとれた筋肉はついている。しかし、自分よりはるかにしなやかで細く繊細な造形。確かに面差しは少し似ている気もするが、それでも繊細な面差しをしていた彼の母親の血が濃いのか恭平の方が、はるかに和美人といわんばかりの整った目鼻立ちをしていると思う。無造作に身につけた普段着までもいかない薄手のシャツとガーゼ地のゆったりと肌に纏わりつくパンツ姿ですらそれほど目を引くのだから、彼がその気で装えば誰よりも魅力的な青年になるだろう。そして、以前よりも棘のない柔らかな丸みを感じさせる仕草は酷く魅惑的にすら感じて切ない気分になる。
仕事が一段落して気分転換にシャワーを浴びていたのだと口にするリビングの向かうその背中を見つめながら、ふいに瞬間的に歩みを速めた自分の手がその体を抱き締めるように腕を回していた。
「慶…?!!」
「…ごめんなさい…僕は…、何も知らないで、勝手なことばかり…っ。」
一瞬驚いて身を捩ろうとした恭平は、慶太郎の言葉にその動きを止める。腕の中にまだほんのりとシャンプーの香りのする体を感じながら慶太郎は、もう一度ごめんなさいと繰り返しながらその背中に顔を押し付けた。あの悲痛な声を聞いてからずっと考え続けて出た結論は自分が密かに願っていたのは、ただその腕の中に今いる人との親密な関係だったのだということだ。
「…ごめんなさい…、兄さん……ごめんなさい。」
泣き出しそうなその声にふっと視線を落とした恭平が、ふぅと溜め息をついて首に回された腕をぽんと叩く。
「もういい…慶太郎。俺も悪かった、感情的になって酷い事を言った。……悪かった。」
優しいその穏やかな声に、不意に胸がずきんと痛むのを慶太郎は感じていた。その優しい涼やかな声を出させているのが自分ではないと言う実感が、不意に胸底から湧き上がった。その穏やかな様子を腕の中の人にもたせているのが、誰でもなく他ならない自分の幼馴染であることが慶太郎の胸に刺さる。
何時もそうだ…あいつは…。
慶太郎と仁聖は全く違うタイプの人間だった。幼い時から何でも必死に努力して結果を出すタイプの慶太郎と何気ない機転とタイミングで要領のいい仁聖。人当たりに関しても慶太郎は人見知りで中々打ち解けられない事が多いのに、愛想のいい仁聖は誰とでも直ぐ仲良くなって笑っている。恭平のことだってそうだ、慶太郎が三年以上も時間をかけて打ち解けたのに、仁聖はあっという間に彼を自分のものにしてしまった。
不意に湧き上がる醜い感情に抱き締める腕が震えて、それに気がついた恭平が心配そうに腕に手を触れたのに気がつく。優等生で教師からも誰からも一目置かれる自分。それなのに多くの人の目は陽気で愛想のいい幼馴染に向けられてしまう。幼い時から結局自分が望む全てを何時も仁聖の方が、何の苦労もない様子で先に手にしていくのを見つめてきた。
「…僕は……、兄さんが好きです…。」
ピクと腕の中の恭平の気配が、紡いだその言葉に張り詰めるのが分かる。慶太郎はそれを知りながら背中に顔を埋めたまま言葉を繋いだ。
「だから…我慢しようと思った…兄さんが、……僕の本当の兄さんになってくれる事だけで。」
不意に紡がれた言葉の意味に、一瞬恭平が戸惑い動きを止めたのが分かる。
「………でも、兄さんは…そうできないんでしょう?」
「……慶太郎。……出来ない………すまないけど………俺は…。」
何度繰り返しても彼にとって大切なものは変わらない。つまり、慶太郎の兄になってくれるということはないという事だ。
「……もう…分かりました…、もう、兄になってくださいって…言いません…。」
抱き締めたままそっと背中に向かって慶太郎が小さい泣きそうな声で囁く。それを耳にしながら、恭平はその苦しげな言葉に戸惑い押し黙る。
養子になって本当に兄になって欲しい。そう願われたのは事実でそれを酷い形で拒否した罪悪感と酷く不安げな慶太郎の声に、恭平は思わずその動きを止めたままその声に耳を傾けた。
「好きです……に…、……恭平・さん。」
兄ではなく名前で囁かれて恭平の体が強張る。
「恭平さん…、好きです…僕はあなたが欲しい。」
抱き締めた慶太郎の腕の震えを感じ取りながら恭平は、視線を伏せ小さく謝罪の言葉を迷わず口にする。「受け入れられない」と囁くその体をグイと返して、熱っぽい瞳で恭平の顔を覗き込みながら慶太郎は無理矢理その唇を奪う。これ以上もう何も言わせたくないと押し付けられた唇の感触に、一瞬眉を顰め振り払おうと身を動かしかけた恭平は何かに気がついたようにその腕の動作を止めた。思わぬその反応を微かな違和感として感じ取りながら慶太郎は、縋るような視線でその表情を見つめる。
「僕は貴方が好きです!…貴方が欲しい……恭平さん…貴方が好きなんです……。」
「慶太郎…お前は…。」
「…僕が先に告白していたらよかった!……三年も……我慢なんかしないで。」
絞り出すような言葉の先でもう一度押し付けられた唇に、不意に身を強張らせ抵抗していた筈の恭平の腕が力を抜くのがわかった。慶太郎は微かな驚きを含んだ瞳で腕の中の姿を見つめる。溜め息に似た吐息がその唇から溢れ落ちて、伏せられた何かに気がつき思案するような視線の酷く美しい憂い。慶太郎は息を飲みながら、その表情に魅せられたように顔を寄せた。
「…触れさせてください…恭平さん…。貴方にもっと触れたい……。」
その言葉にピクリと肩を震わせた恭平に、慶太郎は緊張に喉を鳴らす。
以前見せられた強い拒否を今またされたら自分がどうなってしまうかが想像もできない。そう考えながらも、目の前の恭平の様子が何か今までと違うことに気がつく。無言のまま何か思うように長い睫毛を伏せる恭平を見つめながら、慶太郎は躊躇いがちにその体をドアが開かれたままの寝室の方へと押しやる。
戸惑うように見える恭平の表情に気がつきながら、慶太郎はベットの前でそっとその肩から薄いシャツを滑り落とさせると筋肉はついているのに酷く繊細な鎖骨が露になった。
陶器の様に滑らかで真っ白な肌に幾つも残された薄い花弁の形をした幼馴染の残した情交の痕。慶太郎は一瞬憤りにも似た燃え滾る劣情を感じながら、同じ場所に上から口付ける。ピクと体を震わせ肌を粟立たせる気配を漂わせつつ、まるで抵抗らしき抵抗もしない。そんな恭平に戸惑いながらも、慶太郎の指が陽射しの中に上半身を全て晒して、のしかかる様にその体をベットに押し倒した。
「恭平さん…、好き……です。」
じっと自分を見つめる恭平の視線がどんな風に色を浮かべているのかが怖く真正面から見ることも出来ない。それに慶太郎はその肌に口付ける事で彼の視線を避ける。その視線が今自分を責めるのか受け入れてくれるのか。どちらだったとしても確かめるのが怖くて見つめ返す事もできず、何度も肌に口付けしながら指を滑らせた。慶太郎の探る指がボトムの縁にかかった瞬間、恭平が微かに息を呑んだのが分かる。それでも自分の心の中の欲望が熱を持っているのを自覚しながら慶太郎は、その指を無造作に動かしボトムを下着ごとひきおろした。
綺麗で滑らかな白磁の、それでいて酷く扇情的な薔薇の花弁のような痕を刻まれた肌。引き締まった腹部もしなやかな足もまるで女性のようなキメの細かな肌艶で、思わず喉がなるのを感じる。青ざめているような白さの肌は、性別が同じだとは思えない美術品のようだ。
触れて自分に溺れさせたいと願いながら全てを陽射しの中に晒し、悩ましく劣情を煽りながら肌を隠そうともしない姿態を眺める。
「…恭平さん……。」
思い切るようにそっとその肌に手を滑らせ自分の体を重ねようとする動きに、流石に恭平が思わず顔を背ける。恭平の肌に指を滑らせ腰の辺りを手が探る。拒否するように、それでいてまるで縋るように肩を掴んだ手に微かに喜びに似た感情を味わいながら、慶太郎は制服の裾をはだけチャックを下げながら下肢を割ろうとして凍りついた。
戸惑い息を詰めて動きを止めた慶太郎の様子に、やがて恭平が安堵に似た視線でその戸惑う表情を見上げる。
「………お前には無理だ、慶太郎。」
「ど……して?そんな事ないです!僕は!!……僕は………。」
慶太郎の反応していない肉茎と戸惑う動作を、最初からわかっていたと言う風に恭平は目を向ける。少し身をずらした恭平が上半身を僅かに起こし、目の前で戸惑い凍りついた慶太郎に小さく溜め息をつく。当たり前のように身を隠すこともなく見つめていた視線が最初のキスから分かっていたという色を浮かべているのに、慶太郎は呆然としながらその瞳をマジマジと見つめていた。
「…俺は確かにお袋に顔が似てるからな…だけど、男だ。…直に体を見たら…普通は欲情なんかしないだろ。」
安堵を含んだ恭平の穏やかな声が静かにそう告げるのに、慶太郎はまるでその声を拒否しようとするかのように頭を振りながら声を振り絞る。しかし、その言葉が隠し様のない事実を占めているのが、慶太郎には酷くつらかった。抱き締め押し倒して目の前に晒したずっと羨望していた姿態に触れた筈なのに、強い思いがある筈の自分の感情が体には伝わらないという感覚のもどかしさに苛立つ。
「っ……だけど、僕はっ!!本当に…っ。」
「……俺もお前を好きだよ?……お前は大事な弟だ。」
ハッとした様にその言葉を見下ろした慶太郎の表情が、泣きそうに歪んでいく。
「お前と同じだ。俺もお前が好きだよ?…でも…分かるな?仁聖との……愛情とは違う。」
「そんな…僕は…。」
「……俺にも…あいつは特別なんだ…、もう…分かるだろ?俺もお前には感じないんだから。」
ハッキリとそう告げられて、自分だけでなく触れたはずの体も全く熱を持つ兆しがないのに気がつく。青ざめた様に見えた肌は事実、青ざめて血の気が引いていたのだと分かる。
その後の行為を無理やり続けることが出来たとしても、それがただの肉体だけのものなのだ。そう自分自身の体も含めて証明してしまった事に慶太郎は脱力したようにその場に座り込む。
明確な感情の差をハッキリと示されて泣き出しそうな表情をしたその顔に、微かに微笑みながら恭平がポンとその頭を撫でて腕の下から身を滑らせようとした瞬間、ガタンと大きな音が立って二人は思わず振り返った。
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