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第六章
48.
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時間を追うごとに月が満ちる様に満たされる想い。その月の光に惑わされ湖上に映る月ですらも愛おしいと感じる。そんな風に今までにない感情が膨れ上がっていくような気がする。相手の傍にいたいと願う想いも独占したいと言う願いも、きっと遥かに深く激しくお互いを欲しているような気がしてならない。たった一時ですら傍に居る事を喜びながら、同時に永遠に傍に寄り添っていたいと願う。そんな自分に不意に気がつかされて仁聖はその姿を疼く様な想いで見つめている。
黙々と仕事を進める後姿を眺めながら、時折熱い入れたてのコーヒーをマグカップに入れてそっと横に置く。時にはそれにも気がつかず一心にモニターに向かう姿を見つめ、時には柔らかで甘い微笑みを浮かべた彼が自分を見上げ気遣う言葉をかけてくれる。ただそれだけの時間ですら酷く愛おしいと思える、そんな自分が不思議で仕方がない。
「仁聖。」
「ん?何?恭平。」
恭平の仮眠の定位置である書斎のソファの上で膝を抱えていた仁聖の姿。それに視線を向けた恭平がフワリと苦笑を浮かべながら手招き、素直にその仕草にひかれて歩み寄る。綺麗な微笑が仁聖を真正面から包み込んだ。当の恭平自身にしてみても仕事中を誰かが自分を観察している状態と言うのは初めての事だし、本来の自分ならそれは酷く疎ましいはずなのに今はその視線がなんだか少し微笑ましい気すらする。そっと歩み寄った姿を引き寄せて椅子に座ったままの恭平の腕に抱きしめられて、彼を見下ろしながら仁聖が気遣うようにそっと声をかける。
「俺…邪魔してる?」
「いいや?…それに…一段落した。」
少し疲れた表情の恭平をもう一度真正面から見下ろして、仁聖は微笑む。秋の気配がにじり寄るような十一月の霞む夜気の気配を窓の外に感じながら恭平が、自分を更に引き寄せてしっかりと腕を回すのに気がつく。月が替わってからここ数日時間が空くと、不意と今までにないその仕草を見せる。そんな恭平に仁聖は彼に必要とされている事に震えるような歓喜と、同時にほんの少しの不安を含んだ違和感を感じていた。
「恭平…疲れてるみたいだ。」
「……大丈夫だ、そんなに大きな仕事じゃないし…来週には終わる。」
まるで縋る様に腕を回して顔を埋める恭平の姿に目を細めながら、来週という言葉を耳にして仁聖が思い出したように微笑む。
「今週末はあけておいてね?恭平。」
「…ん?」
「もう…誕生日でしょ?一緒にお祝いしよう。ね?」
仁聖の声にふっと埋めていた顔を上げて「祝う年でもないぞ」と呟きながら恭平が苦笑を浮かべるのを眺める。仁聖はそれでも微笑みながらゆるりと体を折り曲げて、その唇に自分を重ねる。されるままにそれを受けながら仁聖が更に思い出したように言葉を繋ぐ。
「言っておくけど、他の人と予定組んだら怒るからね?俺が一番に予約なんだから。」
「…分かってる。」
「篠さん達もだよ?他の人は後日!……わかった?」
言い切るような口調に「それじゃまるで話が逆だろ」と吹き出しながら笑う恭平を見つめ、仁聖が思い出したように強請る表情を浮かべる。
「慶太郎もだからね?絶対駄目。俺が最優先。」
ふっとその言葉に目の前の屈託の無いものだった恭平の微笑が、淡く滲んで大人の分別を匂わせる苦笑に変わったのに仁聖は気がつく。
「……心配しなくても……あいつは俺の誕生日なんか知らないよ、仁聖。」
どうしてという言葉を飲み込んで仁聖が、そのほろ苦い微笑を見つめる。それは何処か孤独で揺らめく儚い微笑で気持ちが、ざわめく不安を感じさせた。仁聖はほっそりとした恭平の体をしっかりと抱きしめた。
「…どうした?仁聖。まだ何か不安か?」
「ううん、約束したからね?忘れたら駄目だよ?」
忘れたりしないってと囁きながら抱きしめる仁聖の背中に腕を回した恭平が、ふっと黙り込みそのまま体温を感じ取ろうとするように頬を押し当てる。普段よりなんだか酷く心細げなその様子の理由が掴めず仁聖は、今の言葉をかみ締めるようにもう一度心の中で囁いた。
慶太郎は恭平の誕生日を知らない…。
幾ら長い間通い続けたとは言え、他人である自分が知っている恭平の誕生日をどうして慶太郎は知らないと言い切れるのだろう。慶太郎の生家である道場に通っていたことのある過去を思えば、酷く不自然なような気もする。以前から感じていたあんなに慕って来る慶太郎と恭平の間に感じる隔たり。それがどうして存在しているのかが分からないけど、何処かそれは今も恭平の心をまだ苛んでいる様な気がする。そして今のこの不安げな仕草がそれのせいのような気がしてならない。抱き締められた腕をただじっと受け止め自分を感じている。そんな恭平の姿に、仁聖はもう一度不安を感じながらも腕から力を抜くこともなくその体をしっかりと抱き締めたままでいた。
※※※
直後に来る週末のことを考え、中間テストだと言うのに何処か浮き立つような気配を滲ませていた筈の木曜。教室の中に響き渡るその連絡に仁聖は、窓際の席で机に頬杖をつきながら目を丸くしていた。前の席にはその連絡に同じように視線を向けながら、やっぱりと言う風に目を細める真希の姿がある。
「学級閉鎖?マジで?真希。」
「あんた知らないの?運動部から広がったんじゃない。川端君も今日休んでるし。」
そう言われて教室内を見回すと元気印と太鼓判の着くはずの同級生の席が四つあいているのに、仁聖も今更ながらに気がつく。いつの間にか二人に歩み寄っていた慶太郎が、遠慮がちな声を溢す。
「……お前は大丈夫そうだな。」
「何?心配してくれんの?」
「…別に、一人暮らしみたいなものだからかからないほうがいいだろう……と思っただけだ。」
隔たりが消えたわけではないが、もともと酷く仲がよかった関係は少し姿を変えつつも交流だけは保とうとするかのように少し間をおいて接してくる。そんな慶太郎の姿にはやはりどことなく恭平を思わせる部分があって苦笑が浮かぶ。僅かでもある交流を少しだけ嬉しく思いながら仁聖は、もう一度教室の中を見回した。
急な学級閉鎖の知らせに、受験生でもある姿はそれぞれにそそくさと帰り支度を始めている。それを眺めながら仁聖は、暫し考え込むように本当なら明日の夜からと考えていた明日からの予定を組みなおしていく。
「インフルエンザね…、この時期にも流行るもんなんだな。」
冬だけかと思ってたと思わず呟いた仁聖に、呆れた様に慶太郎が視線を下ろす。
「相変わらず新聞読まないな、お前。」
「そうだよ、ニュースでもすっごい言ってるよ?予防接種の話だって大騒ぎじゃない」
「だって俺家じゃテレビ見ないし、恭平のとこじゃ恭平しか見てないし。」
真希が呆れ声を出すのと同時にさり気無くもない仁聖の惚気を無視したように慶太郎も「馬鹿は嫌われるぞ」とそっけない言葉を投げつける。傍目に見れば以前となんら変わりのない三人の姿に周囲は目を向けるでもなくそれぞれの動作をしていて、その動きを眺めながらふと立っていた慶太郎が気がついたように幼馴染に視線を向けた。
「…そう言えば直ぐ誕生日だろ?」
唐突なその言葉に仁聖は、ギクンと胸が軋むのを感じて凍りつく。しかしそれに気がつかない様子で前に座っていた真希が、明るい笑い声を上げた。
「うん、明日ね。ある意味休みでラッキーかもね。」
あっけらかんと笑う目の前の真希が、実は彼の恋人と一日違いの誕生日だったことを思いだして内心安堵の溜め息を溢す。そっと様子を見ても慶太郎にその他の意図がある訳ではないことはよくわかって仁聖は、少しだけ自己嫌悪を感じながら二人の幼馴染を見やり少しだけ微笑み・いそいそと周囲に同調して身支度を始めていた。
※※※
金曜日の穏やかな秋の気配の中で恭平は、目を細めながらキッチンから足を踏み出した。昨夜の内に仁聖からまるでその表情が眼に浮かぶようなメールが送信されてきたのを思い出して、恭平は陽射しの差し込むリビングでほっと息をつきながら淹れたてのコーヒーを入れたマグカップを片手にしている。
≪学級閉鎖だから明日から休みになったんだ。明日さ本当は夕方から行く気だったけど朝から行ってもいい?今夜は少し用事があって行けないから、少しでも早く会いたい。いいよね?≫
本来なら学級閉鎖なら自宅で大人しくしていろとでも言うべきなのだろうが、メールの向こうの期待に満ちた瞳が分かるような気がして恭平は思わず苦笑を浮かべた。祝ってもらう人間より祝う人間のほうが遥かに嬉しそうだということが、何だか少しこそばゆい様な微笑ましさを感じさせる。そんな事を思いながらソファに腰掛けて寛ぎながら、ふと時計に視線が吸い寄せられた。
長針も短針も既に12を超えて1を過ぎているのに気がつき、恭平は少しだけ訝しげに眉を顰める。何時に来ると仁聖が時間を明言したわけではないが、普段の仁聖だったら朝といったら自分がまだ寝ている時間帯に既に姿を見せているような気がした。せかす気持ちがあるわけではないが普段と違うその状況に首を捻る恭平の耳に微かに着信音が届く。何気ない仕草で取り上げたディスプレイに浮かぶ仁聖の名前に、微かに不思議そうな視線を浮かばせながら受話のボタンを押した。
「はい…どうした?仁聖。」
『………きょうへ…?…ごめん……。』
普段には聞いたことのない小さく掠れた様な声に、恭平は微かに心配を浮かばせて耳を澄ます。
『おれ………いこうとしたんだけど…、なんか…ぐあい…わるくて。』
その声の力のなさにハッとした様に恭平は、息を呑みながらそっと声をかける。ここ数日急激にインフルエンザ患者が増えたと、ニュースが取り上げたのを聞いたばかりだ。しかも、仁聖はつい数日前文化祭だなんていう、不特定多数の人混みで過ごしたばかりだった。
「熱は?」
『わかん…ない…、…はかってない……ごめん、なんとかしたいけど……。』
「分かったから、寝てろ。いいな?切るぞ。」
電話を打ち切る様な恭平の言葉に少し悲しげな小さな返事をする仁聖の気配に、僅かに恭平は後ろ髪を引かれるような気分で通話を切る。通話を切った恭平は、暫し考え込むような仕草を浮かばせたかと思うとしなやかな動作でリビングから踵を返していた。
黙々と仕事を進める後姿を眺めながら、時折熱い入れたてのコーヒーをマグカップに入れてそっと横に置く。時にはそれにも気がつかず一心にモニターに向かう姿を見つめ、時には柔らかで甘い微笑みを浮かべた彼が自分を見上げ気遣う言葉をかけてくれる。ただそれだけの時間ですら酷く愛おしいと思える、そんな自分が不思議で仕方がない。
「仁聖。」
「ん?何?恭平。」
恭平の仮眠の定位置である書斎のソファの上で膝を抱えていた仁聖の姿。それに視線を向けた恭平がフワリと苦笑を浮かべながら手招き、素直にその仕草にひかれて歩み寄る。綺麗な微笑が仁聖を真正面から包み込んだ。当の恭平自身にしてみても仕事中を誰かが自分を観察している状態と言うのは初めての事だし、本来の自分ならそれは酷く疎ましいはずなのに今はその視線がなんだか少し微笑ましい気すらする。そっと歩み寄った姿を引き寄せて椅子に座ったままの恭平の腕に抱きしめられて、彼を見下ろしながら仁聖が気遣うようにそっと声をかける。
「俺…邪魔してる?」
「いいや?…それに…一段落した。」
少し疲れた表情の恭平をもう一度真正面から見下ろして、仁聖は微笑む。秋の気配がにじり寄るような十一月の霞む夜気の気配を窓の外に感じながら恭平が、自分を更に引き寄せてしっかりと腕を回すのに気がつく。月が替わってからここ数日時間が空くと、不意と今までにないその仕草を見せる。そんな恭平に仁聖は彼に必要とされている事に震えるような歓喜と、同時にほんの少しの不安を含んだ違和感を感じていた。
「恭平…疲れてるみたいだ。」
「……大丈夫だ、そんなに大きな仕事じゃないし…来週には終わる。」
まるで縋る様に腕を回して顔を埋める恭平の姿に目を細めながら、来週という言葉を耳にして仁聖が思い出したように微笑む。
「今週末はあけておいてね?恭平。」
「…ん?」
「もう…誕生日でしょ?一緒にお祝いしよう。ね?」
仁聖の声にふっと埋めていた顔を上げて「祝う年でもないぞ」と呟きながら恭平が苦笑を浮かべるのを眺める。仁聖はそれでも微笑みながらゆるりと体を折り曲げて、その唇に自分を重ねる。されるままにそれを受けながら仁聖が更に思い出したように言葉を繋ぐ。
「言っておくけど、他の人と予定組んだら怒るからね?俺が一番に予約なんだから。」
「…分かってる。」
「篠さん達もだよ?他の人は後日!……わかった?」
言い切るような口調に「それじゃまるで話が逆だろ」と吹き出しながら笑う恭平を見つめ、仁聖が思い出したように強請る表情を浮かべる。
「慶太郎もだからね?絶対駄目。俺が最優先。」
ふっとその言葉に目の前の屈託の無いものだった恭平の微笑が、淡く滲んで大人の分別を匂わせる苦笑に変わったのに仁聖は気がつく。
「……心配しなくても……あいつは俺の誕生日なんか知らないよ、仁聖。」
どうしてという言葉を飲み込んで仁聖が、そのほろ苦い微笑を見つめる。それは何処か孤独で揺らめく儚い微笑で気持ちが、ざわめく不安を感じさせた。仁聖はほっそりとした恭平の体をしっかりと抱きしめた。
「…どうした?仁聖。まだ何か不安か?」
「ううん、約束したからね?忘れたら駄目だよ?」
忘れたりしないってと囁きながら抱きしめる仁聖の背中に腕を回した恭平が、ふっと黙り込みそのまま体温を感じ取ろうとするように頬を押し当てる。普段よりなんだか酷く心細げなその様子の理由が掴めず仁聖は、今の言葉をかみ締めるようにもう一度心の中で囁いた。
慶太郎は恭平の誕生日を知らない…。
幾ら長い間通い続けたとは言え、他人である自分が知っている恭平の誕生日をどうして慶太郎は知らないと言い切れるのだろう。慶太郎の生家である道場に通っていたことのある過去を思えば、酷く不自然なような気もする。以前から感じていたあんなに慕って来る慶太郎と恭平の間に感じる隔たり。それがどうして存在しているのかが分からないけど、何処かそれは今も恭平の心をまだ苛んでいる様な気がする。そして今のこの不安げな仕草がそれのせいのような気がしてならない。抱き締められた腕をただじっと受け止め自分を感じている。そんな恭平の姿に、仁聖はもう一度不安を感じながらも腕から力を抜くこともなくその体をしっかりと抱き締めたままでいた。
※※※
直後に来る週末のことを考え、中間テストだと言うのに何処か浮き立つような気配を滲ませていた筈の木曜。教室の中に響き渡るその連絡に仁聖は、窓際の席で机に頬杖をつきながら目を丸くしていた。前の席にはその連絡に同じように視線を向けながら、やっぱりと言う風に目を細める真希の姿がある。
「学級閉鎖?マジで?真希。」
「あんた知らないの?運動部から広がったんじゃない。川端君も今日休んでるし。」
そう言われて教室内を見回すと元気印と太鼓判の着くはずの同級生の席が四つあいているのに、仁聖も今更ながらに気がつく。いつの間にか二人に歩み寄っていた慶太郎が、遠慮がちな声を溢す。
「……お前は大丈夫そうだな。」
「何?心配してくれんの?」
「…別に、一人暮らしみたいなものだからかからないほうがいいだろう……と思っただけだ。」
隔たりが消えたわけではないが、もともと酷く仲がよかった関係は少し姿を変えつつも交流だけは保とうとするかのように少し間をおいて接してくる。そんな慶太郎の姿にはやはりどことなく恭平を思わせる部分があって苦笑が浮かぶ。僅かでもある交流を少しだけ嬉しく思いながら仁聖は、もう一度教室の中を見回した。
急な学級閉鎖の知らせに、受験生でもある姿はそれぞれにそそくさと帰り支度を始めている。それを眺めながら仁聖は、暫し考え込むように本当なら明日の夜からと考えていた明日からの予定を組みなおしていく。
「インフルエンザね…、この時期にも流行るもんなんだな。」
冬だけかと思ってたと思わず呟いた仁聖に、呆れた様に慶太郎が視線を下ろす。
「相変わらず新聞読まないな、お前。」
「そうだよ、ニュースでもすっごい言ってるよ?予防接種の話だって大騒ぎじゃない」
「だって俺家じゃテレビ見ないし、恭平のとこじゃ恭平しか見てないし。」
真希が呆れ声を出すのと同時にさり気無くもない仁聖の惚気を無視したように慶太郎も「馬鹿は嫌われるぞ」とそっけない言葉を投げつける。傍目に見れば以前となんら変わりのない三人の姿に周囲は目を向けるでもなくそれぞれの動作をしていて、その動きを眺めながらふと立っていた慶太郎が気がついたように幼馴染に視線を向けた。
「…そう言えば直ぐ誕生日だろ?」
唐突なその言葉に仁聖は、ギクンと胸が軋むのを感じて凍りつく。しかしそれに気がつかない様子で前に座っていた真希が、明るい笑い声を上げた。
「うん、明日ね。ある意味休みでラッキーかもね。」
あっけらかんと笑う目の前の真希が、実は彼の恋人と一日違いの誕生日だったことを思いだして内心安堵の溜め息を溢す。そっと様子を見ても慶太郎にその他の意図がある訳ではないことはよくわかって仁聖は、少しだけ自己嫌悪を感じながら二人の幼馴染を見やり少しだけ微笑み・いそいそと周囲に同調して身支度を始めていた。
※※※
金曜日の穏やかな秋の気配の中で恭平は、目を細めながらキッチンから足を踏み出した。昨夜の内に仁聖からまるでその表情が眼に浮かぶようなメールが送信されてきたのを思い出して、恭平は陽射しの差し込むリビングでほっと息をつきながら淹れたてのコーヒーを入れたマグカップを片手にしている。
≪学級閉鎖だから明日から休みになったんだ。明日さ本当は夕方から行く気だったけど朝から行ってもいい?今夜は少し用事があって行けないから、少しでも早く会いたい。いいよね?≫
本来なら学級閉鎖なら自宅で大人しくしていろとでも言うべきなのだろうが、メールの向こうの期待に満ちた瞳が分かるような気がして恭平は思わず苦笑を浮かべた。祝ってもらう人間より祝う人間のほうが遥かに嬉しそうだということが、何だか少しこそばゆい様な微笑ましさを感じさせる。そんな事を思いながらソファに腰掛けて寛ぎながら、ふと時計に視線が吸い寄せられた。
長針も短針も既に12を超えて1を過ぎているのに気がつき、恭平は少しだけ訝しげに眉を顰める。何時に来ると仁聖が時間を明言したわけではないが、普段の仁聖だったら朝といったら自分がまだ寝ている時間帯に既に姿を見せているような気がした。せかす気持ちがあるわけではないが普段と違うその状況に首を捻る恭平の耳に微かに着信音が届く。何気ない仕草で取り上げたディスプレイに浮かぶ仁聖の名前に、微かに不思議そうな視線を浮かばせながら受話のボタンを押した。
「はい…どうした?仁聖。」
『………きょうへ…?…ごめん……。』
普段には聞いたことのない小さく掠れた様な声に、恭平は微かに心配を浮かばせて耳を澄ます。
『おれ………いこうとしたんだけど…、なんか…ぐあい…わるくて。』
その声の力のなさにハッとした様に恭平は、息を呑みながらそっと声をかける。ここ数日急激にインフルエンザ患者が増えたと、ニュースが取り上げたのを聞いたばかりだ。しかも、仁聖はつい数日前文化祭だなんていう、不特定多数の人混みで過ごしたばかりだった。
「熱は?」
『わかん…ない…、…はかってない……ごめん、なんとかしたいけど……。』
「分かったから、寝てろ。いいな?切るぞ。」
電話を打ち切る様な恭平の言葉に少し悲しげな小さな返事をする仁聖の気配に、僅かに恭平は後ろ髪を引かれるような気分で通話を切る。通話を切った恭平は、暫し考え込むような仕草を浮かばせたかと思うとしなやかな動作でリビングから踵を返していた。
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