鮮明な月

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第五章

44.

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勢いよく響く玄関のドアを開く音の後に、廊下を突っ切る大きな足音が繋がり息せき切って寝室のドアを押し開け飛び込んでいた。
視線の先にはその家の家主らしくなく乱雑で淫靡に脱ぎ散らかした衣類が床に散らばっていて、それを見つめながらぜいぜいと肩で息をつく。仁聖は必死で落ち着こうと息を整える。やっとの事で整い始めた息の視界の中に、夜具の上で白々と力なく浮かび上がる肌が見えて仁聖は息を飲んだ。

やっぱり…っ!!

咄嗟に駆け寄り仁聖が脱力した様なその体を抱き起こすと、反動にカクンと仰け反って真っ白な喉が目に酷く鮮やかに映った。思わず覗きこんだその蒼褪めた血の気の無い顔に残る涙の後に、仁聖は再び息を飲みながらそっとその体を膝の上に抱き込み頬を手で包む。何が理由かはともかく気を失った時にその手から滑り落ちたのだろうスマホが、床の向こうで鈍く真っ黒に沈黙したディスプレイに光を反射させているのに気がつきながら仁聖は恐る恐る声を放つ。

「っ…恭平!?しっかりして!恭平!!」

頬を包み込まれて名前を呼ばれた腕の中の恋人が、声に反応したようにヒクリと眉を寄せる。電話に反応がなくなって約一時間半ほど経っていた。その間意識を失っていたらしい冷えた体をしっかり抱きかかえて、覗き込む仁聖の体温にひかれた様にユルリと瞳が開かれた。

「…じ…んせ……?」

戸惑う様にぼんやりとしたその視線に一先ず安堵したように仁聖が、ホッとした吐息を溢す。額にかかる髪を掬い上げ頬を濡らした涙の跡も拭いながら、不安げな視線を浮かべて自分を見つめる仁聖の姿。状況が呑み込めないという様子で恭平はその指の動きにうっとりとした様な表情を浮かべる。思わずその表情に安堵に微かな苦笑を滲ませて様子を眺めていた仁聖は、その体を更に抱き寄せて瞳を覗き込む。

「恭平、何があったの?話して。」

真っ直ぐな視線に問いかけられて、恭平はその質問の意味が分からないという風に見つめ返す。

「どうして泣いたの?気を失っちゃう様な事があったの?話して、どんな事でも聞くから。」

はたと我に返ったように恭平の目に光が灯る。そして状況とその言葉を反芻した様に理解の兆しを見せて、唐突に瞳を見開き頬を紅潮させたかと思うと身を捩る様にして視線をそむけた。そのあからさまな表情と態度の変化に唇を噛みながら仁聖が、恭平の体を抱え込んだままもう一度頬に手を添えて無理やり視線を引き寄せ真正面から覗きこむ。

「目を背けないで!俺には聞く権利がある!!…っ心配したんだよ?!ちゃんと理由を聞かせて!!」

心配で我慢できずに戻ってきたんだよ?と言い放つ激しく憤る仁聖の仕草に面食らいながら恭平は、頬を紅潮させ必死に視線を背けようともがく。言葉でないその仕草に更に苛立ちを煽られて仁聖は、酷く不安で必死に彼を案じているのにその気持ちすらも無視されたような想いが心を焙る。それを感じながら鋭い響きで、もう一度その名前を呼んだ。

「な…なんでもっ何でもない!」
「恭平!」
「何でもないって言ってる!」
「っ!!何でもない事で恭平が泣く分けないだろ?!俺にそれが分からないと思ってんの?!!」

強い叱責を含んだその声に、びくりと体が震える。それでも先を続けようとしないのを見下ろした仁聖は、不意に苛立ちを滲ませていた表情を消し去って冷淡にも見える視線で彼を見つめ体を抱き竦めていた手を離した。

「そう。………分かった。もういい。」

不意にそう言い放ったかと思うと仁聖は、唐突に抱き竦めピッタリと寄せていた身を離してベットから滑り降りた。恭平は当惑して身を起こし、スタスタと踵を返して室内から歩み去っていく背中を見つめる。何も言わずに姿を消したその背中を慌てたように追おうと試みるが、鈍くなったような重く怠い体は思うように動かせない。恭平はベットに座ったまま呆然と開きっぱなしになったドアを見つめた。
声が喉に張り付き息も出来ないような感覚で呆然と肌を曝している恭平の耳に、不意に物音をさせて仁聖がもう一度姿を見せる。

「……仁聖っ……。」

微かに一瞬安堵を滲ませた恭平に表情も変えずに歩み寄った仁聖は、無造作にその肩を突き倒して覆いかぶさると口を塞ぐように唇を重ねた。
唐突で乱暴なその行為。それでも体の熱の残滓と渇望していた心の疼きが性急に煽り立てられるのを感じて恭平は、眉を寄せながらその激しい口付けを受け止める。性急な熱を滲ませる乱暴なキスに再びゾワリと肌が粟立つと同時に、神経を揺さぶる眩暈を感じる。思わず顔を背ける仕草を見せた恭平を、冷淡に見えた仁聖の表情に苛立ちを含んだ歪な笑みが浮かび上がって見下ろした。

「…仁……聖、何を…。」
「恭平が素直に話せないなら、体に聞くから。」
「何を…言って………んん……っ。」

再び重ねられた唇に身を捩り手をついて体を押しのけようとする恭平に、苛立ちを隠さない仁聖が無造作に「邪魔しないで」と囁いたかと思うとその腕を掴みあげた。その腕を恭平の頭上で一括りにする。執拗に唇を貪り探り吸い上げられる感触。一瞬我を忘れて陶然とした恭平の隙を見逃さずに、仁聖は洗面所から持って来たのだろうタオルでその手首をキッチリと縛りあげてしまった。予期せぬその状況に我に返った恭平が、非難の声を上げた。

「何のつもりだ!離せ!!解けって!!」
「駄目だよ、絶対に止めない。」
「仁聖!!」
「恭平が俺に正直に全部話すまで絶対に止めない。何があったか、どうして泣いたか。」

ハッキリと言いきった仁聖は、恭平の腰の上に跨りながら無造作に自分が来ていたジャージのチャックを引き下ろして音を立てて服を脱ぎ捨てる。困惑しながらもその逞しさを滲ませる肌の動きに自分が吸い寄せられてしまう。それに羞恥を感じつつ見上げている恭平に圧し掛かりながら、何とか縛られた手で自分を遮ろうとした動作に仁聖は再び歪な微笑みを浮かべた。
グイと縛りあげられた腕を引きあげ腕の隙間に身を滑り込ませると、覆い被さりピッタリと身を寄せた姿勢で間近に恭平の困惑する表情を見つめる。仁聖の体から身を離す事の出来ないまるで枷の様に縛られた腕に狼狽しながら恭平は腕を外そうともがいた。仁聖は魅惑的な表情を浮かべて、その仕草をいなしながらその肌を弄っていく。

「や…っ…やめっ……い……やだ!こんなっ!!」
「さっき恭平が自分で慣らしたから、直ぐ入れてあげる。」
「やめ…っ。」
「恭平、気持ちイイの好きでしょ?何でも話したくなるように気持ちよくしてあげるよ。」

その言葉に驚いた様に恭平は目を見張って、自分の顔を覗き込む仁聖の揺るがない瞳を見つめていた。弄られる指に身を捩じらせ頭を振る。恭平の下肢を無造作に掬い上げ、体を押し付けた仁聖の昂ぶった肉茎が酷く淫猥な動きでギシギシと軋む音を立てて体に捻じ込む。恭平の体を労わりながらも決して容赦しない仁聖の注挿に、思わず恭平は鋭い悲鳴を上げて喉を仰け反らせ逃れようと腰を揺らめかせた。しかし、それを許さずに仁聖の熱っぽい両手が恭平の腰を強く引き寄せて、その枷になった腕を絡ませたまま首筋に歯を立てながらズプズプと更に深く楔を打ち込む。

「はぁ…、きつい……恭平。力抜いて…?…傷ついちゃうよ?」
「や…やめっ………くぅっ……!!あ…っ…あぁっ…!!」

ズチッと軋む音を上げて更に奥に押し込まれる熱に、大きく仰け反る恭平の肌に口付る。仁聖が恭平の息をつく瞬間を見計らうようにゆっくりと体を揺すりあげていく。揺らぐように続く動作と同時に体中を弄られ執拗に舌を這わす仁聖に、為すがままにされながら頭を振る恭平の口から懇願の声が迸った。

「仁聖っ…やめ……いやだ…っあ…あぁ…!あぁっ!…あっ!!」

体に与えられる強い歓喜を感じ始めながら、それでもその行為のなされる理由が酷く心に刺さる。それを感じて恭平は息を飲む。望んだ行為なのか望まない行為なのかすら酩酊していくような感覚の中で続く動きに必死に息を吐きながら白い喉を見せ恭平は眉をきつく寄せていた。

こんな…の…、嫌だ……っ…。

感情のやり場が分からず目の前で不意にその固く閉じられた瞳から一筋の涙が溢れ落ちた。それを見た瞬間仁聖の動作が止まる。心まで軋ませる様な体の動きが止まった事にゆるゆると切なげな吐息をつき、瞳から頬を濡らす涙を溢れさせる姿。仁聖は息を呑んで皮肉めいた視線の色を浮かべて酷くゆっくりと肉茎をその体からヌポッと音を立てて抜き取った。その仕草に掠れた悲鳴を上げた恭平の頬を指先でなぞると、仁聖はまだ彼の腕を絡ませたまま瞳を覗き込み呟く。

「ずるいよ…恭平…、目の前で泣かれたら…もう何もできないじゃないか……。」

その声が酷く優しく悲しげで恭平は、混乱したように喘ぐ息の下で嗚咽を零す。

「…っ……うっ………く……。」
「ねぇ……本当に何もないって言うなら………俺のせいで泣いちゃったって事?」

涙を溢し続け体を震わせる恭平の頬をそっと指先でなぞりあげた。仁聖がそっと囁きかけながら愛おしげに、それでいて悲しげに見つめる。涙の向こうでその視線に気がついた恭平が、苦しげな瞳を揺らめかせながら向けた。

「俺があんな事させたから…それで泣いちゃったって事なの?」
「っ……うっ………。」

ある意味ではそうなのかもしれないとぼんやり心の中が呟くのを恭平は、おぼろげな感情の中で感じる。それを感じ取ったかのように頬を撫でた指がそっと艶やかな黒髪を掬い上げ苦痛そうに歪んだ微笑を張り付けて仁聖が、その額に口付け頬を両方の手でそっと包み込む。

「俺がさせたことが……嫌で、泣いて………気を失ったって事なの?」

不安げに揺れる仁聖の瞳を見つめ返しながら恭平が息を呑むのに気がついて、仁聖は深い溜め息をつきながらその表情を見つめる。普段よりも酷く脆く儚げな表情で言葉を放つ事もできない恭平の捕らえた腕の間に体を滑り込ませたまま、縋る様な視線を浮かべながら仁聖は彼が次の言葉を放つのを待つ。しかし、言葉にならない恭平のその様子に後悔の色を滲ませながら、その震える白い首筋に顔を埋めた。

「俺がさせた事がそんなに嫌だった?……俺のこと嫌いになった?」
「…お……俺は…っ……た…、ただ……。」

掠れた声にふっと視線を上げた仁聖の視線を真正面から受けながら、恭平は言葉を繋げずに言いよどむ。揺さぶられた感情と体の熱がジワリと表層に浮かび上がってくるかのように、体表をホンノリと桜色に染める。滲む涙に震える瞳がまるで宝石のようにキラキラと光り、日の光にけぶる表情が苦しげに息をつく。

本当に欲したのは、電話での行為なんかじゃない。

視線がそう言っているような気がして仁聖は、ふと表情を変えて覗き込む。そしてその瞳の色にその想いを確信しながら仁聖は、次の瞬間微かに蒼く澄んだ柔らかな光を含んだ瞳を甘く緩ませて酷く魅力的な微笑みを浮かべる。

「恭平…寂しかった?寂しくて………泣いちゃったの?」
「ち…っちがっ!!俺はっ…俺はただ…っ!!」
「ただ?ただ何?………電話じゃ足りなかったんでしょ?」

ハッキリと言い切られた言葉に図星を指され思わず口をつぐんだ恭平の頬の涙を拭いながら、酷く嬉しそうに満面の笑顔を浮かべて仁聖が瞳を真正面から覗き込む。時を追うごとに次第に見せる腕の中の恋人の変化が自分を芯から綻ばせていく、それを感じながら綺麗な顔を涙で潤ませながら顔を背ける恭平の頬を指先で撫でる。

「俺に直に触ってほしかった?恭平。俺が恋しかったでしょ?」
「…っ…。」

言葉を返すこともできずに真っ赤になって唇を噛んでしまう恭平を、胸の疼く思いで見つめた。仁聖は歯痒いほどに焦れる気持ちを抱きながら、必死にその体に触れたい気持ちを押し留める。その視線に気がついたような訝しげな恭平の表情に、あえて大きな溜息をつきながら仁聖は1つ間を置く。

「でも、それならどうして気を失ったりしたの?貧血にしたって…?」
「……昨日…寝てなかったし……、一昨日もよく眠れなかったから…。」
「朝まで飲んでたの?…でも…。」

部屋に入った時の状況は朝まで飲んでいたとは思えないものだった。何より腕の中の恋人が明け方まで酒盛りをしていた気配がないことに不審げに眉を寄せながら仁聖が見下ろすのに、恭平は少し拗ねた様な視線を浮かべる。

「……朝までなんか飲んでない。お前の電話の後……直ぐ篠も了も帰ってもらった。」
「…ど…して?」
「あんな風に電話切ったら飲んでいられる訳ないだろ?!」

その言葉にかすかに驚きに満ちた瞳で恭平の顔をまじまじと覗き込みながら、仁聖は戸惑いに満ちた声を零す。

「じゃ…どうして留守電でもメールでもイイから、連絡くれなかったの?」
「っ…お前!直ぐに二度も電話したのに出なかったじゃないか!」
「だって、あの人いる間に電話してると思ったから!まだ呑んでる最中だと思ったんだよ?!」

意味がわからないという風な恭平の表情に苛立ちながら、仁聖が更に口を開く。

「次にあの人がいる状況で声聞いたら、俺、絶対我慢できなくて飛んできちゃうだろ?!」
「何で?……言ってることが分からない。」

本心からその言葉の意味を理解できないという風に首を傾げ自分を見つめる恭平の表情に一瞬言いよどみながらも、仁聖は苛立ちに耐えきれなくなったという様に口を開き言葉を繋いでいた。

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