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第二章
16.
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トロリと混濁するような体を包む痛みすら感じさせる感覚に漂いながら、一瞬恭平は時間の感覚が曖昧になった自分を感じていた。そのまま眠りに落ちそうになる自分を不意に理性が引き戻し、恭平は我に返って身を起こし横にあるべき姿を眩暈を感じながら目で探す。
仁聖…?
そして不意に先程の事実を思い出して咄嗟にベットから身を滑り落とす。よろめきふらつく体を引き摺る様にしてリビングとの境界に手を突き軋む音をさせると、その先にいた陽射しの中の姿が振り返り目を丸くした。
「……仁聖…?」
「だっ駄目だってば!!恭平!そんな恰好で出てきちゃったら!!」
慌てた様に咄嗟に上に羽織っていたシャツから腕を抜き駆け寄ると、恭平の素肌の肩にそれをかけそのままその体を抱き寄せる。戸惑う様な恭平の体をしっかりと抱き寄せながら、仁聖はそっと声を潜め、まるで懇願するかの様に声を潜める。
「……そんな色っぽいの、他の奴に見せないでよ。ね?」
抱き寄せながら囁かれるその言葉に、一瞬自分が裸だった事を自覚させられ羞恥を感じる。恭平はなすがままに抱き締められながら、仁聖の肌の熱と香りに思わず頬に熱を持つ。しかし、それに気が付いていない仁聖は更に声を潜める。
「大丈夫だよ…恭平が困る様な事は言ってない……俺が無理やり……犯したって事しか言ってない。」
ギクリと心がその言葉に軋み、伏せていた視線がその先に立つ親友でもある青年の困惑し凍り付いた表情に向かう。恭平は親友である青年のよく性格を理解している。それだけに恭平は、咄嗟に自分を抱きしめていた青年の頭を逆にしっかり腕の中に引き寄せた。
「篠!こいつが、なんて言ったか知らないけど!」
今迄された記憶の無いしっかりと抱きよせられた腕の中で、少し狼狽する恭平の声に仁聖は目を丸くした。腕に抱き締められまるでチカチカと目の前が眩む様な感覚の中で、慌てている恭平の言葉を耳にした。
「俺が…っ…俺がずっとお前に相談してたのはこいつの事なんだよ!篠。それにっ…。」
「き…恭平?そ…相談?え…?何?」
「それに………俺はこいつが……仁聖が、大事なんだ!!」
鋭く言い放った恭平の声に、気圧された仁聖が黙り込む。一瞬の静寂の後で、仁聖は背後で表情を硬くしていた青年の口から深く長い吐息が吐きだされたのを感じた。低く探る様な気配を漂わせる声が、室内の温度を下げるかの様にヒヤリと響く。
「彼が言った事は?」
「仁聖は何も悪くない…俺がそうするように仕向けた………誰かが悪いとしたら俺の方だ。」
「き…恭平?…何言って…アレは……ほんとに俺が…。」
戸惑う様な腕の中の仁聖の声に向かって、しっかりと抱きよせたままフワリと羽根の様に柔らかく軽い仕草で耳元に唇が寄せられた。恭平の唇が吐息に変わってあやす様に、青年に向けたのとは打って変わって優しい甘い声が降り落ちる。
「もういいから、黙ってろ。」
抱き締められたまま、その肌を感じながら息を飲む。その自分にではない者に向けられた言葉を耳にして陽射しの中でもう一度息をついた村瀬篠は、思わずという風に額に片手を上げながら視線を下げた。
「………流石に…面食らったけど…、後でちゃんと説明してくれるよね?恭平。」
「……あぁ、ごめん………篠。」
「相談があるだろうと思って残ってたけど余計なお世話だったね、今日は帰るよ。」
溜め息交じりにリビングに置いたままだったらしい自分の荷物を片手にする篠の姿に、仁聖をしっかり抱き締めたままの恭平は謝意を込めた視線で見やる。
「あぁ、君が仁聖君だよね?さっきはごめん、君が来たこと全然気がつかなかったからさ。」
恭平に何かあったかと思って勘違いしたんだと呟くように青年は言いながら、微かに苦笑を浮かべてカウンターの上の鍵をヒョイと持ち上げるとチャラと微かに硬い音をさせて振って見せる。伝えたわけではないのに自分の名前を呼ばれたことに更に困惑した仁聖を、未だに恭平は抱き締めたまま離す素振りもない。
「閉めて・メールボックスの何時ものとこに投げ込んでおく。」
「ごめん…篠。」
「別にいいよ、じゃ、また。」
穏やかな微笑みが室内から姿を消して、廊下の先でドアが閉じる音と鍵のしまる音が順に微かに聞こえる。そして、微かにドアの向こうに歩み去っていく音を感じながら、それでもしっかりと抱き締められ仁聖は身を固くしたままでいた。まだ状況がよく飲み込めないでいる仁聖の耳元で、深く強い溜め息が恭平の口から吐き出された。かと思うと、その顔がそのまま肩に押し付けられて直にその重みを感じた。
「恭平………?」
「先に篠に話して……相談しておいて…良かった……。」
安堵した様でありながらも少し怒りを含んだ恭平の声に、仁聖は戸惑い口を噤む。それを知っていながら恭平は腕をその首に絡めしっかりと頭を抱き寄せながら、もう一度溜め息の様な吐息を深く吐く。
「もし俺が何も言わなかったら平気で警察沙汰にしかねない奴なんだぞ?あいつは…。」
親友であるだけに彼・村瀬篠の性格も行動力も理解した上で呟く。親友である青年が、本気で相手を敵だと認識し何かをやる気になったら警察沙汰だけで済むはずがない。彼の友人は、敵に回すと何をするか分からない。社会的な自分の立場を失いかねない方法を弄されかなない事も分かっている。それが例え相手が高校生でも躊躇わない人間である事も知っている。親友の立場である自分に向けてくれる優先順位が高めな分、感謝すると同時に諸刃の剣にもなる情でもある。
「お前は………俺が言った事の意味が分かってないのか?」
視線を合わせないままに恭平の口から言葉が溢れおちていく。
怒りを含んでいる様にも聞こえる恭平の声に押し黙った仁聖の体を、柔らかい仕草なのにしかっりと抱き締めたまま。肩に押し付けられた恭平の肌がじわりと熱を放ち、フワリとあの甘い香りが漂う。肩に押し付けられて微かにくぐもったような恭平の声が、まるで問い詰めるように溢れ落ちる。
「俺は…流されたからって全てを許す訳じゃないと言わなかったか?それじゃ分からないのか?」
「恭平…?怒って…?」
すと目の前で顔を上げて向けられた視線をお互いにほんの数センチの感覚で間近に見つめ返す。酷く真剣で真っ直ぐな恭平の視線は、眩暈を感じるほどの甘い芳香を漂わせ熱を持った様に潤んでキラキラと宝石の様に輝く。その瞳は息を飲む程に鮮烈に仁聖を射抜く。戸惑う様にその視線を見つめ返した仁聖に、視線が不意に滲む様な色を注いだように甘く揺らいだ。
「お前だから…俺が、許した…、そうは……思えないか?」
トロリと滲む様な色香を漂わせて、そっと絡めた手でその顔を引き寄せながら啄ばむ様な甘いキスを落とす。そんな恭平に仁聖は、身を強張らせて目を丸くする。まるで誘う様に甘く強請る様に擽るキスに仁聖は、体ごと押えていた自分の手が緩みスルリとその肩から肌を隠す様にしていたシャツが滑り落ちるのを感じた。パサリと乾いて軽い布の音を耳にしながら不意に熱を持ち始めた自分の体に気が付いて仁聖は戸惑いながら、それでも耐え切れずに滑らかな素肌の細い腰に手を回す。
「……もう……犯しただなんて思わなくていいから…。仁聖…傍に…いるんだろ…?俺の……。」
躊躇いがちにそれでも今までになくハッキリと恭平の途切れがちな言葉が呟く。それに膝から力が抜けそうなほどの衝撃を感じながら仁聖は、その存在を確かめるようにそっと腰の辺りをかき抱くように指を走らせる。もう一度言葉の先でキスをする柔らかい恭平の唇の感触に、身の内を焙られるような欲情を感じながら仁聖は息を飲んだ。言葉でハッキリと確かめたかった、自分の想いだけでなく腕の中の人の本当の思いを。
「き…恭平……、ねぇ……。」
「ん……?」
自身のキスで微かに掠れる吐息の下で恭平が、艶めかしい表情を浮かべる。言葉を塞ぐ何度も何度も与えられるような軽く甘いキスに酔い始めながら、仁聖は自分自身の吐息も掠れるのを自覚しながら潤んだ視線をまじまじと覗き込む。
「…恭平………俺の事、………好き?」
酷く不安げでそれでいて性急に熱を感じさせるその言葉、にフワリと恭平は瞳を瞬かせる。そして陽射しをその肌に僅かに纏わりつかせる様に鮮やかに色めきたち、仁聖の頭に回した手でもう一度彼を引き寄せた。
「馬鹿……、言わなくったって………。」
「だって、俺、ガキだから……ちゃんと……恭平から言ってくれるの……聞きたい。」
今度はゆっくりと相手を探る様な情熱的な長く痺れるキスをして恭平は唇を離す。言葉を発することも出来ないでいる仁聖を微かに恥じらう様に頬を染めながらそれでも真っ直ぐに熱を持った瞳で見つめ、恭平は微かに息を呑んでから躊躇いがちに口を開いた。
「……好き……だよ………、…お前が……。」
その言葉を聞いた途端、その体を勢い良く壁に押し付けながら仁聖は弾ける衝動に身を任せた。そのしなやかな体を乱暴にも思えるほどの性急な手付きで探る。驚いたように目を見張る恭平の腕が、微かにその動きを押し止めようと広くしなやかな仁聖の肩を滑る。
「じ…仁聖?こ…こら……。」
「も…限界っ…我慢できない!俺!!絶対に無理!!」
鎖骨から首筋に顔を埋めながら喘ぐように放つ声に、目を丸くしながら恭平は漂う様に微笑む。求められる声に苦笑を浮かべながら腕をもう一度回す。自分のする動作に身を任せる恭平の仕草に歓喜を覚えながら、肌を通しただけのズボンも足元に落とし床に落ちた布地の音に、恭平は戸惑うように耳元で囁く。その声はもうまるで誘うように柔らかく、拒否している気配は滲まない。
「全く……お前は……。……ん…ベットに……。」
「無理!俺もう限界だもん!俺さっきいけなかったんだから!!足・上げるよ?!」
「ちょ…本気で?!仁聖…っ待てってば!」
「あげるのやなら後ろからの方がいい?決めて!恭平。」
躊躇っている恭平のその時間ですら惜しいと言わんばかりに、無造作に恭平の片足を抱きこんで身を滑らせる。下肢を潜り込ませる青年の姿に、慌てたように声を荒げた恭平の言葉が直後に鋭く甘い悲鳴に変わっていた。
何時までその場で突き上げられ続けたのか、何時からベットに引き込まれたのか記憶が定かではない。それでも夕日が落ちたのだろう茜色に鮮やかに染まる空気の中で意識を取り戻すとベットの上にいる自分に気がつく。視線を上げると真っ直ぐに自分を見つめる熱く潤んだ視線にぶつかり、その瞳以上に熱く溶けてしまいそうな情熱で求められ今度はゆっくりと体の隅々まで探られ綻ばされて行く。
「恭平…好きだよ……、大好きだよ…。」
甘く柔らかい感嘆を含んだ吐息混じりに名前を囁かれ、恋情を謳われる。体の奥に何かを満たそうとする繰り返される声に、何度も歓喜に満ちた声を上げる自分の声を聞いた気がした。
まるで月が満ちるみたいだ……、こいつの…仁聖の想いで満たされる……。
喘ぎ弾ける吐息の中、甘く掠れた声で自分も何度もその名前を囁く。たったそれだけの事なのに、腕の中で心から嬉しそうに満ち足りた微笑を見せる仁聖の姿がそこにある。
たったそれだけ、そう分かっているのにその≪それだけ≫がもたらす喜びが体の奥底まで沁みこんで涙が出るほどの歓喜に変わっていく。恭平はもう何度目か分からない鋭く甘い嬌声の中で、その体に抱きつくようにして意識を蕩けさせていた。
※※※
意識を取り戻すと心地いい肌の感触と、コトンコトンと規則的に耳に響く心臓の音がしていた。
自分のものとは違う体温と鼓動の音。
気を失ってしまったらしい自分の体を労わるようにしっかりと抱きかかえて、規則的な吐息を溢す青年の気配。恭平は微かに笑みを浮かべながら目を閉じたまま、胸の上に耳を当てる。大事でしかも逃したくないと言う様に、しっかりと指を組み合わせた手の感触が自分の腰の辺りに暖かく感じ取れた。
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ふと穏やかに眠っている青年が、口にした言葉を思い出す。
自分が今までしてきた恋愛。
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好き嫌いの意識以前に恭平にとっては、幼い時から仁聖はずっと特別な相手だった。それは彼が意図してそうしたのかは分からないが、唯一幼い彼だけがずっと年上の恭平に与えてくれたものがあるからだ。
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「こ、こら!もう今夜は無理!無理だから!!」
「分かってるよ。」
慌てふためく恭平の声に、小さな笑みを零しながら引き寄せたままの体を離そうとはしない。淫らにも見えるその体勢で固定した仁聖が、心底嬉しそうに微笑む。微笑にまるで引き寄せられるように恭平の視線が止まるのを不思議そうに見上げながら、仁聖は強請る様に小さく低く擽るような声で囁く。
「……分かってるから…一回だけ……寝る前にキス。」
少し驚いたような恭平の視線を、真っ直ぐに見つめ返す。
「恭平……、恭平のキス…すっごく気持ちいいよ…?お願い。」
微かに戸惑う仕草を滲ませながらゆるりと身を動かした恭平が、覆い被さるようにして最初はそっと唇をあわせ軽く柔らかいその感触を堪能する。強請るように舌を伸ばすと、柔らかい唇がそれを挟みやんわりと愛撫しながら、その先でチロリとしっとりと湿った舌が官能的に舌の動きを誘った。まるで焦らす様に、それでいて全てを調べられる丁寧なキスに仁聖の吐息が上がっていく。体の熱を感じさせるような舌が、やがて情熱的に口腔の中をそっと探り始める。陶然と感じていた仁聖の体の上で、フワリとあの甘い香りが漂う。
「ん……恭平……やっぱ………キス、凄い…う…上手いんだ………いっちゃいそ…ぅ…。」
キスに酔った様な仁聖の声に体を乗せていた恭平が、首筋に顔を埋めるのに気がついて仁聖は眉を顰める。喘ぐような吐息の仁聖の上で、不意に夜具の中に滑りこむ恭平のしなやかな指が体を、そして仁聖自身の肉茎の昂ぶりを探るのに気がつく。
「恭平って……結構…エッチ…………。」
うっとりとする歓喜の中で仁聖は、やんわりとその人の耳朶を噛みながらその体に熱を灯す。言葉に羞恥を煽られた恭平が、頬を染めて仁聖のことを上目遣いで睨む。
「お…お前のせいだろ……それにっ…う・嬉しそうに言うな…っ。」
「なんで?嬉しいのに…恋人に求められたら嬉しいに決まってるだろ?……ね?恭平。」
鮮やかに色を深めたその白磁の肌を、仁聖は愛おしげに愛撫し始める。仁聖はうねるような歓喜の中で、そう言えば今夜何回目だったかな等という不謹慎な思考を浮かべた。それをまるで察したように訝しげな表情を恭平が漂わせる。咲き綻ぶように艶めく肌を引き寄せ、音を立ててまるで自分の体を重ねた証を肌に痕を刻む。
今まで満たされなかったのをお互いに貪るみたい。
心の奥でお互いがそう感じながら、再び切れ切れになる緩慢な快感がそこに甘く香りながら漂っていた。
仁聖…?
そして不意に先程の事実を思い出して咄嗟にベットから身を滑り落とす。よろめきふらつく体を引き摺る様にしてリビングとの境界に手を突き軋む音をさせると、その先にいた陽射しの中の姿が振り返り目を丸くした。
「……仁聖…?」
「だっ駄目だってば!!恭平!そんな恰好で出てきちゃったら!!」
慌てた様に咄嗟に上に羽織っていたシャツから腕を抜き駆け寄ると、恭平の素肌の肩にそれをかけそのままその体を抱き寄せる。戸惑う様な恭平の体をしっかりと抱き寄せながら、仁聖はそっと声を潜め、まるで懇願するかの様に声を潜める。
「……そんな色っぽいの、他の奴に見せないでよ。ね?」
抱き寄せながら囁かれるその言葉に、一瞬自分が裸だった事を自覚させられ羞恥を感じる。恭平はなすがままに抱き締められながら、仁聖の肌の熱と香りに思わず頬に熱を持つ。しかし、それに気が付いていない仁聖は更に声を潜める。
「大丈夫だよ…恭平が困る様な事は言ってない……俺が無理やり……犯したって事しか言ってない。」
ギクリと心がその言葉に軋み、伏せていた視線がその先に立つ親友でもある青年の困惑し凍り付いた表情に向かう。恭平は親友である青年のよく性格を理解している。それだけに恭平は、咄嗟に自分を抱きしめていた青年の頭を逆にしっかり腕の中に引き寄せた。
「篠!こいつが、なんて言ったか知らないけど!」
今迄された記憶の無いしっかりと抱きよせられた腕の中で、少し狼狽する恭平の声に仁聖は目を丸くした。腕に抱き締められまるでチカチカと目の前が眩む様な感覚の中で、慌てている恭平の言葉を耳にした。
「俺が…っ…俺がずっとお前に相談してたのはこいつの事なんだよ!篠。それにっ…。」
「き…恭平?そ…相談?え…?何?」
「それに………俺はこいつが……仁聖が、大事なんだ!!」
鋭く言い放った恭平の声に、気圧された仁聖が黙り込む。一瞬の静寂の後で、仁聖は背後で表情を硬くしていた青年の口から深く長い吐息が吐きだされたのを感じた。低く探る様な気配を漂わせる声が、室内の温度を下げるかの様にヒヤリと響く。
「彼が言った事は?」
「仁聖は何も悪くない…俺がそうするように仕向けた………誰かが悪いとしたら俺の方だ。」
「き…恭平?…何言って…アレは……ほんとに俺が…。」
戸惑う様な腕の中の仁聖の声に向かって、しっかりと抱きよせたままフワリと羽根の様に柔らかく軽い仕草で耳元に唇が寄せられた。恭平の唇が吐息に変わってあやす様に、青年に向けたのとは打って変わって優しい甘い声が降り落ちる。
「もういいから、黙ってろ。」
抱き締められたまま、その肌を感じながら息を飲む。その自分にではない者に向けられた言葉を耳にして陽射しの中でもう一度息をついた村瀬篠は、思わずという風に額に片手を上げながら視線を下げた。
「………流石に…面食らったけど…、後でちゃんと説明してくれるよね?恭平。」
「……あぁ、ごめん………篠。」
「相談があるだろうと思って残ってたけど余計なお世話だったね、今日は帰るよ。」
溜め息交じりにリビングに置いたままだったらしい自分の荷物を片手にする篠の姿に、仁聖をしっかり抱き締めたままの恭平は謝意を込めた視線で見やる。
「あぁ、君が仁聖君だよね?さっきはごめん、君が来たこと全然気がつかなかったからさ。」
恭平に何かあったかと思って勘違いしたんだと呟くように青年は言いながら、微かに苦笑を浮かべてカウンターの上の鍵をヒョイと持ち上げるとチャラと微かに硬い音をさせて振って見せる。伝えたわけではないのに自分の名前を呼ばれたことに更に困惑した仁聖を、未だに恭平は抱き締めたまま離す素振りもない。
「閉めて・メールボックスの何時ものとこに投げ込んでおく。」
「ごめん…篠。」
「別にいいよ、じゃ、また。」
穏やかな微笑みが室内から姿を消して、廊下の先でドアが閉じる音と鍵のしまる音が順に微かに聞こえる。そして、微かにドアの向こうに歩み去っていく音を感じながら、それでもしっかりと抱き締められ仁聖は身を固くしたままでいた。まだ状況がよく飲み込めないでいる仁聖の耳元で、深く強い溜め息が恭平の口から吐き出された。かと思うと、その顔がそのまま肩に押し付けられて直にその重みを感じた。
「恭平………?」
「先に篠に話して……相談しておいて…良かった……。」
安堵した様でありながらも少し怒りを含んだ恭平の声に、仁聖は戸惑い口を噤む。それを知っていながら恭平は腕をその首に絡めしっかりと頭を抱き寄せながら、もう一度溜め息の様な吐息を深く吐く。
「もし俺が何も言わなかったら平気で警察沙汰にしかねない奴なんだぞ?あいつは…。」
親友であるだけに彼・村瀬篠の性格も行動力も理解した上で呟く。親友である青年が、本気で相手を敵だと認識し何かをやる気になったら警察沙汰だけで済むはずがない。彼の友人は、敵に回すと何をするか分からない。社会的な自分の立場を失いかねない方法を弄されかなない事も分かっている。それが例え相手が高校生でも躊躇わない人間である事も知っている。親友の立場である自分に向けてくれる優先順位が高めな分、感謝すると同時に諸刃の剣にもなる情でもある。
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視線を合わせないままに恭平の口から言葉が溢れおちていく。
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「恭平…?怒って…?」
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「お前だから…俺が、許した…、そうは……思えないか?」
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「……もう……犯しただなんて思わなくていいから…。仁聖…傍に…いるんだろ…?俺の……。」
躊躇いがちにそれでも今までになくハッキリと恭平の途切れがちな言葉が呟く。それに膝から力が抜けそうなほどの衝撃を感じながら仁聖は、その存在を確かめるようにそっと腰の辺りをかき抱くように指を走らせる。もう一度言葉の先でキスをする柔らかい恭平の唇の感触に、身の内を焙られるような欲情を感じながら仁聖は息を飲んだ。言葉でハッキリと確かめたかった、自分の想いだけでなく腕の中の人の本当の思いを。
「き…恭平……、ねぇ……。」
「ん……?」
自身のキスで微かに掠れる吐息の下で恭平が、艶めかしい表情を浮かべる。言葉を塞ぐ何度も何度も与えられるような軽く甘いキスに酔い始めながら、仁聖は自分自身の吐息も掠れるのを自覚しながら潤んだ視線をまじまじと覗き込む。
「…恭平………俺の事、………好き?」
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「馬鹿……、言わなくったって………。」
「だって、俺、ガキだから……ちゃんと……恭平から言ってくれるの……聞きたい。」
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「……好き……だよ………、…お前が……。」
その言葉を聞いた途端、その体を勢い良く壁に押し付けながら仁聖は弾ける衝動に身を任せた。そのしなやかな体を乱暴にも思えるほどの性急な手付きで探る。驚いたように目を見張る恭平の腕が、微かにその動きを押し止めようと広くしなやかな仁聖の肩を滑る。
「じ…仁聖?こ…こら……。」
「も…限界っ…我慢できない!俺!!絶対に無理!!」
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※※※
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大事…。
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「……分かってるから…一回だけ……寝る前にキス。」
少し驚いたような恭平の視線を、真っ直ぐに見つめ返す。
「恭平……、恭平のキス…すっごく気持ちいいよ…?お願い。」
微かに戸惑う仕草を滲ませながらゆるりと身を動かした恭平が、覆い被さるようにして最初はそっと唇をあわせ軽く柔らかいその感触を堪能する。強請るように舌を伸ばすと、柔らかい唇がそれを挟みやんわりと愛撫しながら、その先でチロリとしっとりと湿った舌が官能的に舌の動きを誘った。まるで焦らす様に、それでいて全てを調べられる丁寧なキスに仁聖の吐息が上がっていく。体の熱を感じさせるような舌が、やがて情熱的に口腔の中をそっと探り始める。陶然と感じていた仁聖の体の上で、フワリとあの甘い香りが漂う。
「ん……恭平……やっぱ………キス、凄い…う…上手いんだ………いっちゃいそ…ぅ…。」
キスに酔った様な仁聖の声に体を乗せていた恭平が、首筋に顔を埋めるのに気がついて仁聖は眉を顰める。喘ぐような吐息の仁聖の上で、不意に夜具の中に滑りこむ恭平のしなやかな指が体を、そして仁聖自身の肉茎の昂ぶりを探るのに気がつく。
「恭平って……結構…エッチ…………。」
うっとりとする歓喜の中で仁聖は、やんわりとその人の耳朶を噛みながらその体に熱を灯す。言葉に羞恥を煽られた恭平が、頬を染めて仁聖のことを上目遣いで睨む。
「お…お前のせいだろ……それにっ…う・嬉しそうに言うな…っ。」
「なんで?嬉しいのに…恋人に求められたら嬉しいに決まってるだろ?……ね?恭平。」
鮮やかに色を深めたその白磁の肌を、仁聖は愛おしげに愛撫し始める。仁聖はうねるような歓喜の中で、そう言えば今夜何回目だったかな等という不謹慎な思考を浮かべた。それをまるで察したように訝しげな表情を恭平が漂わせる。咲き綻ぶように艶めく肌を引き寄せ、音を立ててまるで自分の体を重ねた証を肌に痕を刻む。
今まで満たされなかったのをお互いに貪るみたい。
心の奥でお互いがそう感じながら、再び切れ切れになる緩慢な快感がそこに甘く香りながら漂っていた。
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