鮮明な月

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第一章

4.

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明るい陽射しをを受ける教室の中で溜息混じりにグシャグシャと頭をかき回しながら仁聖は机の上に顔を伏せた。
あの後、自分が仕出かしてしまった事にいたたまれなくて逃げるように部屋から飛び出してきてしまったが、この後どうしたら良いかが分からない。事実嫌われてしまえばイイなんて思ったが、時間が経てば経つほどに実際にそうなったとしたら自分がどうなるか全く想像もつかないのだ。嫌われていいはずなんかない・なのに自分がした事をどうしたらいいのかが解らない。
教室の長閑な空気すら忌々しい思いで叫びだしたくなるような気分が仁聖の胸の中に渦を巻いている。

「なぁにしてんの?仁聖。」

呆れたような真希の声に顔を上げた仁聖は、目の前に座る彼女の姿に思わず口を開いていた。いたたまれずにやり場のない感情が吐露できる場所を探しているのが自分でもよくわかる。

「どうしよう…真希……俺、やばい。」
「何が?」
「つい勢いで…触っちゃった……。」

思う以上に情けない声になっている自分に気がついて仁聖は不安に押し潰されそうで、泣きたくなっている事に気がつく。そこまで自分が情けないとは知らなかったと言うような仁聖の表情に真希は僅かに驚いたように眼を見開くと、場所を考えたのか教室から彼を連れ出した。



※※※



授業の始業のチャイムを聞きながらエスケープしたニ人は連れ立って青空の下で並んで腰を下ろす。陽射しの高い青空の下、屋上には校庭で体育の授業をしているらしい声が微かに響いていた。

「で?どういうこと?仁聖。」
「…昨日……どうしても顔が見たくなって夜会いに行ったんだ…そしたら酔って帰ってきて…。」

酔ってと言う言葉に微かに眼を細めた真希が年上なんだと小さく問うと、膝を抱えるようにした仁聖は溜め息をつきながら頷く。言葉にしながらまるで子供のように無防備に自分の腕の中に収まり初めて抱きしめた彼の体の感覚が、未だにその手の中にハッキリと残っているような気がして、仁聖は唇を噛む。

「それで、…ついキスしたり……それに、あんな色っぽいことするから…つい…触りたくて…。」
「触っちゃったの…?」
「だって……堪んなかったんだよ…、だから…。」

ポツポツと話を零す内容に僅かに眉を顰めた真希が言葉にいったんストップをかける。≪触った≫と言う言葉の意味に彼女は少々面食らいながら仁聖を眺める。てっきり抱きしめたとかキスをした程度の可愛い話だと思ったのに・ホント思いのたけが募ると男の子は何をするの分からないものなのねと苦笑しながら改めて眼を細める。

「ちょっと待って…あんた、何を何処までしたわけ?」
「……一人エッチの最中に襲って……扱いていかせて……気を失わせた……。」

真希が唖然とした顔で横の青年をまじまじと見つめ、そして次に訝しげに眉を顰めながら仁聖の顔を横から覗き込んだ。行動も突飛だがそれ以上に内容は更に突飛だ。

「仁聖、何か今可笑しな単語聞いたんだけど…あんた…相手…まさか………男?」
「問題はそこじゃないんだよ!」

十分問題だと思うけどと内心思いながら呆れ顔で真希は青年の思いつめた顔を眺める。

女子羨望の的でもある源川仁聖の長年の想い人が男って真実って恐ろしい

と思いながら幼馴染みの顔を眺めていた彼女は不意に何かが嵌るような気がして、もう一度青年の顔を覗き込んだ。まさかとは思いつつが、5歳くらいからの余りにも長い付き合いの中で彼女と幼馴染達との関係に浮かぶ青年の姿が脳裏を過ぎったのだ。膝の間に眼を伏せた仁聖が泣きそうな声を絞り出す。

「俺…あんな事しちゃったら…もう嫌われちゃうよ……。会って貰えなくなる…。」
「仁聖、まさかとは思うけど、もしかしてあんた…。」

真希の声に不安で押し潰されそうになった表情で彼は視線を上げる。彼女はその幼馴染がとりわけその青年に懐いて、随分昔から何時も眼で追っていたことに気がつく。そして、仁聖がもう一人の幼馴染には表にはせず・ずっとその青年の家に独りで遊びにいっているという事実。真希がそれを知っていたのは以前その青年が倒れた事件の時に、何をどうしたら言いか分からずパニックになった仁聖が看護師の母を持つ彼女にSOSを出したからなのだ。

「まさか………まさか、榊さんじゃないでしょうね?!」

彼女の引き攣った声の向こうで仁聖は唯一内情を他の者より彼女が知っていると言うことに気を許していたのだろう申し訳なさそうな表情で上目遣いに真希を見上げる。

「……その…まさかなんだけど……。」

ここ暫くは表だって会う機会がなかったが坂本真希の記憶にある榊信弥は、モデルの様なしなやかな肢体でたおやかな立ち振る舞いをする青年だ。凛々しく清々しいほどカッコいい青年で女性が歩けば誰もが振り返ってしまう程の美形だが、何処からどう見ても男性…。彼女の記憶の中では、大分前の事だったかもしれないが確か付き合っていた女性もいたはずだ。
そして、眼の前にいる幼馴染の青年も系統は違うけれど整った顔立ちで愛嬌もあって人当たりもいい。女性遍歴が多すぎるのは玉に傷だが、その付き合った女性にしても彼から別れを切り出した訳でもないし分かれた後もそれ程問題も起こさないのは、人徳なのだろうか何なのだろうか。

「…さ…榊さんによく投げ飛ばされなかったわね?」

思わず声に出した言葉が引き攣り真希は溜息をつく。
榊恭平と彼女が出逢ったのはもう一人の幼馴染みの宮内孝太郎の家の道場に通っていて、記憶の中ではかなりの腕前だった筈だ。その言葉にハタと気がついたように仁聖が固まる。まるで、その事実に今更ながらに気がついたというようなその表情を真希は不思議そうに眺める。

「……仁聖?」
「…酔ってたからかな……?」

訝しげに青空を見上げて仁聖は溜め息をつく。
確かに不意をついたのは事実だが、何よりも恭平はその直前に自分を意図も容易くエレベーターまで引きずって行った。その彼を思えばその気になれば、恭平だったら自分を突き飛ばすくらいは出来ただろう。そう考えながら脳裏に鮮やかに夜の闇の中に浮き上がるような白磁の肌が、自分の腕に縋り付いているのが浮かび上がる。あの時彼をあの行為に駆り立てたのはなんだろう、そんな考えがフワリと脳裏を過ぎる。
何時も会いに行くとドアの鍵が開いている。
何時も会いに行くと微笑んで自分を迎えてくれる。
自分が行くと無防備に転寝をしているのは何時もだろうか…
転寝しているからといって……

「……仁聖?」

幼馴染みの訝しげな声に仁聖は我に返る。

「真希……、俺・ちゃんと…会って来る……。」

呟くように言った声に彼女は苦笑を浮かべながら首をかしげて、その顔を眺めた。何時もとは違う仁聖の真剣な表情は酷く子供のように純粋に見えるのに気がついて、彼女は溜め息をつきながら自分の膝の上に頬を乗せる。サラリと髪をならして自分の顔を覗き込む彼女に仁聖は不思議そうに眼を瞬かせた。

「何だよ?」
「……慶太郎には内緒だね。」

う…と言葉に詰まりながら考え込んだ仁聖に真希はまるで共犯者とでも言うように声を潜めて笑う。



※※※



緊張した表情で夕日に染まる空気の中でドアの前に佇んだ制服姿の青年は躊躇うようにドアのノブに手をかける。軽く捻ったドアのノブは手の中でやはりカツンと固い鍵の感触に止まって、仁聖は息を呑んだ。思ったとおりしっかりと鍵のかかったドアノブから手を離してチャイムを押すと、奥で微かな人の気配がした。

『はい?シノか?』

インターフォンから溢れ落ちた言葉に一瞬息が詰まる。誰かが来る予定だったのだろう恭平の告げた耳慣れない名前。だが、それは同時にフワリと確信めいた思いを仁聖の脳裏に羽根の様に舞い落としていた。人の気配に気がついたようにインターフォンの向こうが訝しげな気配を滲ませたかと思うと、微かな物音がして鍵の開く音と同時に、ドアが開きフワリとあの柔らかく甘い香りが漂う。
ドアの隙間から覗いた少し蒼ざめたように見える表情が、真っ直ぐ穴の開くほど仁聖を見つめる。言葉もなく暫く息もつけない程に真っ直ぐに見つめられて仁聖は、足元から血の気が引いていくような気持ちで見つめ返した。

「あれ?恭平、お客様?」

凍り付いて見つめあう二人の間を抜ける様にかけられた第三者の声。思わず仁聖と恭平は、その声の主に向かって視線を投げていた。目の前の普段は見ないTシャツにショートパンツ姿の恭平から仄かに香る甘い香りとシャンプーの香り。それに一瞬鼓動が上がるのを感じながら仁聖は、かけられた言葉の先にいたもう一人の青年を見つめる。夕闇の迫る中で昨夜も見た温和そうな面立ちをした青年は不思議そうに二人を順繰りに見回したが、思い出したように仁聖を見つめた。

「あぁ、昨日の。大丈夫だった?恭平に絡まれただろう?」

歩み寄った穏やかな微笑みと柔らかい声に仁聖は微かに戸惑う様に目の前の青年をちらりと見やる。その視線に恭平の表情が一瞬曇るのを目にしながら、夕日の中で仁聖は躊躇いがちに口を開いた。

「いえ…恭平、直ぐ寝ちゃったから。」
「え……?」

自分の言葉に微かに恭平が溢した声を耳にしながらも仁聖は歩み寄った青年をまじまじと見つめた。実際に恭平の交流関係を自分がよく知らなかった事は事実で、その青年が誰なのかは仁聖には分からない。顔には出さずにその苛立ちを飲みこみながら仁聖は、小さく息をついた。

「そうか、あの調子じゃエレベーターに乗る前に絡みそうだから心配してたんだ。」
「いえ、エレベーターに乗った辺りから半分寝てましたから。」

ふぅんといいながら青年はじっと仁聖を眺めてニッコリと微笑みかけてから、ドアを開いたまま凍り付いた様な恭平に視線を向ける。ちょいと手招きして恭平を引き寄せた瞬間、目の前の仁聖の表情が微かに変わったのに青年は目を細めた。

「…が、そうなんでしょ?」
「し・シノ…っ。」

戸惑う様な恭平の声に青年はにっこりと笑いながら引き寄せて耳元に声を潜ませていた体を離すと硬く強張る様な仁聖の姿を眺める。そして、フッと息をつきながら口を開いた。

「僕はまた今度来るよ、いいよね?」
「あ…うん、呼んでおいて…悪いな。」

ぎこちなく答える恭平に向けて今度埋め合わせしてよ?と子供の様な微笑みを見せた青年は、もう一度仁聖を見つめたかと思うと意味ありげににっこりと笑いかけた。

「じゃ、ね。」

それ以上に言葉を繋ぐでもなく踵を返したその姿を、それぞれの視線で見送る。やがて二人だけになった空気に、躊躇いがちに恭平は目の前の制服姿で俯いた仁聖を見やる。何かを言おうと口を開いた恭平をまるで制するように、強い視線で彼を射抜いた仁聖が低く響くような声で小さく囁いた。

「俺…恭平に聞きたい事があるんだ。」

その声は酷く低く、それでいてまるで怒りに満ちているかの様に響いた。恭平は驚いた様に仁聖を見つめながら少し身をずらす。横をスルリと滑る様に室内に入った仁聖を感じながらドアを閉じた瞬間、腕を引き寄せられてドアに痛みを感じるほどの勢いで自分の体が押し付けられる。

「…っつ?!!仁聖っ?」

不意にドアに押し付けられた体をドアと自分の体で挟む様に仁聖の体が覆いかぶさる様に押し付けられたかと思うと、横に伸ばした手がドアの鍵を音を立ててかけた。驚いた様に身を固くする恭平の耳元に寄せた唇から囁くような低い声が落ちる。

「あいつ…恭平の何?」
「は?」

薄暗い玄関の中で戸惑いに満ちた恭平の肌が白く浮き上がり、フワリと顔を寄せた髪から零れる様なシャンプーの香りを感じながら仁聖はゆっくりと言葉を繰り返した。

「あいつは…恭平の何なの?」

酷く怒りに似た感情に満ちたその声に恭平は押し付けられたままの態勢を何とか逃れようともがきながら、囁く声から顔をそらす。

「何って…シノは…友達だ……。」
「友達?昨日も一緒に飲んで…今日も家に呼んで?」
「昨日は昨日だし、今日はちょっと相談があっただけだっ!何考えてる!」

戸惑いと同時に苛立つ様な声を上げて恭平が、仁聖の体を突き放そうと押す。その腕をものともしないで仁聖はもう一度強く押しつけた体に、身を寄せる様に首筋に顔を埋める。

「じゃぁ、質問を変える。」

不意に埋められた顔が溢す怒りに満ちていたその声が、フワリと温度を変えた。恭平は戸惑いながら息を飲んで、その腕の中でもがく動きを凍りつかせていた。

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