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それぞれの道

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 パーティーホールは、卒業パーティーでのみ使われる特別な会場だ。
 午前中に卒業式を執り行い、夜は豪華なパーティーで締め括る。



 会場の中は、大きなシャンデリアや赤い絨毯、装飾も立派だった。

 豪華さに圧倒されていると

「よく来ましたね、クローネ。初めて入るパーティーホールはどうですか?」

 クリスに声をかけられた。


「殿下、こんにちは!素晴らしいですね。どこを見ても煌びやかで、クラクラしそうです」
「年に一度の大切な日ですからね。特別な日になるようにしなければなりません」
「会場の管理を殿下がやっているんですか!?」
「はい、今年だけですが。お世話になった学院ですからね」
「お一人では大変じゃないですか」
「いえ、実は優秀な部下も一緒です」


 にこやかなクリスが指差した方向を見ると、そこには重そうな楽器を運び込むフランソワがいた。


「彼は優秀なので、デザイナーにするには惜しい。是非私の部下として働いてほしいのですが、なかなか靡いてくれないのですよ」


 まさか会場セッティングのほとんどをフランソワ一人でやったのだろうか。
 魔法使いは仕事によって、酷く酷使されると聞いた事がある。
 フランソワには全力で逃げてほしいと、密かに願った。


「クローネ、突然ですが変わるものと変わらないものがある事を知っていますか?」


 唐突な質問に私は首を横に振った。


「毎日同じように過ごしていても、日常は変化していきます。想い合った二人でも、良くも悪くも時を重ねただけ変わる何かがあるでしょう。ですが、変わらないものもあります。それを大切にできたら、きっと未来は素晴らしいものになります」
「・・・はい、殿下」


 難しいけど、分かる気がする。
 私達はすぐに慣れてしまう生き物だから。


 眉間にしわを寄せ考え込む私に、クリスは優しく微笑みかけた。


「ゆっくり、自分のペースで探して見てください。──フランソワ!貴方は何かないですか?」


 クリスの呼びかけに重い楽器を一度下ろしたフランソワは、額に光る汗を拭って


「ここで何も言わないのが、いい男の条件なので!」


 と、爽やかに仕事に戻っていった。


 クリスは困ったように肩を竦めて見せ、私達は笑い合った。


「クローネ、階段を上がって外に出てみてください。グラシアが育てた美しい薔薇が見られますよ」
「はい、行ってみます」



 言われた通り二階の扉から外に出ると、美しい草花のアーチを抜けた先は小さな庭園になっていた。


「うわぁ~・・・!」


 鮮やかな黄薔薇がメインになっていて、甘い匂いが包むこの空間は居心地がいい。


「気に入ってくれた?」


 聞き慣れた声に振り返り、グラシアはゆっくりと歩を進めて私の前で足を止めた。


「はい、とても美しい場所ですね。お嬢様の魔法の力ですか?」


 私の言葉にグラシアは満足そうに微笑んで頷いた。


「初めて会った日に私が貴女に言った言葉、今でも覚えてる?」



 ─いつでも私の傍にいて仕える事─


「勿論です!」
「あの頃の私は、冷たく暗い所にいるようだった。大切なお母様を亡くして妹は消息が分からず、婚約者であるクリス様も私に関心がないようだった。お父様はそんな私を、腫れ物を触るように扱ったわ。足掻けば足掻く程、深く沈んでいったの。そんな時、貴女を見つけたのよ。みんな笑っている中で、一人隅で膝を抱えている貴女を見て、自分を見ているようだった。私が自分を大切に出来ないなら、せめてこの子は私と同じ思いをさせてはいけないと思ったのよ。・・・今思えば、なんて身勝手なんでしょうね。クローネの気持ちも考えずにごめんなさい」
「・・・」


 私は言葉が出なかった。
 あの時の私は、まだ前世の記憶を取り戻す前の自分だ。


 もしもあの時、前世の記憶を取り戻していたら、私がグラシアの目に留まる事はなかっただろう。
 今も孤児院にいて、ゲームの世界だとも知らずに暮らしていたかもしれない。


 グラシアは、黙り込んだ私の頭をそっと撫でた。


「貴女は貴女のままでいいのよ。例えこの先どんな決断をしたとしても、私達が築いた絆が消える事はない。私がクローネを大切に想っている気持ちも変わらないわ。だから・・・何かに縛られたりしないで、自分の未来を進みなさい」


 そう言うと、グラシアは私を抱きしめた。


 この人に出会えたから、今の私がある。
 みんなと出会えたから、一緒にこの先も進みたいと思った。
 例えそれが、同じ道じゃなかったとしても。


「ありがとうございます。私もお嬢様を大切に想っています。今も、これからも。ずっとずっと大切に想っています」


 記憶を取り戻した私は、グラシアを救いたいと思った。
 だけど、救われたのは私だったんだ。


 あの日の出会いが全てを変えた。世界が、変わったんだ。
 陽だまりみたいに優しい光が降り注いで、心を温かくしてくれた。


 私もグラシアの細い腰に腕を回すと、言葉にならない気持ちが溢れて次々と涙が零れ落ちた。
 出会った日から今日までの思い出が温もりを通して伝わり、私達は抱き合ったまま泣いた。



 クラリス。私、分かったよ。
 本当の宝を見つけたんだよ。


 ひとしきり泣いて、まだまだ止まる気配のない鼻水をすすると私は顔を上げた。


 みんなと同じように、私も未来へ進まなくちゃ。



「お嬢様。私、決めました!私は────」
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