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優しい匂いに誘われて

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 地図を広げて廊下を進んでいると、良い匂いが鼻腔を擽った。

 匂いに誘われやって来たのは調理室。
 偶然なのか、地図で赤丸がついているのもこの教室だった。


「失礼します」

 声をかけて扉を開けると

「遅い!どうして真っ先にここに来ないのよ!」

 ジャスミーナが仁王立ちで待っていた。


「そ、そう言われても・・・」


 困惑する私の腕を引いて奥に進み、用意されていたのは白い湯気がたつうどんだった。


「これは・・・うどん!」
「前に食べさせてあげるって言ったきりだったから、用意してあげたのよ。それなのに全然来ないから、一人で食べようかと思ってたところよ」
「ジャスミーナ様、これは何の天ぷらですか?」
「森エリアで取れる七色の怪しい果実」
「七色の果実?食べて平気なんですか!?」
「嘘に決まってるでしょ。普通に野菜の天ぷらよ。ほら、冷めないうちに食べるわよ」
「はい!いただきます!」


 私達は向かい合って座り、両手を合わせて元気よく挨拶をした。

 転生しても、前世で食べてたものが食べられるなんてと感激して、箸はどんどん・・・いや、違う。フォークはどんどん進んだ。


「ん~!幸せ!」
「呑気なものね。あんた、こんな所でまったりしてていいわけ?」


 ジャスミーナは立ち上がってテーブルに手をつき顔をしかめた。

 あっさりとした汁を飲み干し、私はうーんと首を傾げて考えて


「荷物はだいたい纏めてありますし、卒業パーティーのドレスも確認済みです。後は・・・」

 思いつく限りのやるべき事を指折り数えた。


「違うわよ!なんで研究室に行かないのかって言ってるの!!」
「なんでと言われましても、ただのメイドが研究室に行っていい理由がないじゃないですか」
「自分の気持ちに気付いたんでしょ?」
「はい」
「それなら、どうして当たって砕けに行かないのよ!」
「砕ける前提ですか!?」


 厳しいが的確なツッコミは、容赦なく胸に刺さった。
 左胸を押さえて体を丸める私を見ても、ジャスミーナは手を緩めるつもりはないようで

「魔力もない、身分もない、顔は中の上のあんた。魔力があって、身分もある。それに器量もある令嬢達を相手に、あんたは勝てる自信があるの?」

 正論すぎて、ぐうの音も出ない。


「もしかしてジャスミーナ様は、私の事が嫌いなのでしょうか・・・」
「好きだから言ってるに決まってるでしょ!」


 自慢ですが、初めて現実でツンデレという種族にお会いしました。
 こういう不意打ちはよくないと思う。
 因みにこれは独断と偏見ですが、私の中のツンデレ黄金比は8対2だと考えている。


 椅子に座り直したジャスミーナは、膝の上に両手を重ねて真剣な面持ちで私を見た。

「真面目な話よ。会おうとすれば会える。伝えようとすれば伝えられるのに、あんたはこのままでいいの?」


 真っ直ぐなジャスミーナが眩しかった。
 私は瞳を伏せて、自分の気持ちが伝わるようゆっくりと話した。


「気付いたんです。私、今まで誰かが用意してくれたレールを走っていたんだなって。いつも誰かが手を引いてくれた。・・・今の私がレイヴン様に気持ちを伝えても、きっと足手まといにしかなりません。だから、ちゃんと考えようと思ったんです。今もこれからも、ちゃんと自分で」


 選択するという事は、責任が付いてくるものだ。
 でも、何もしない自分じゃ駄目なんだ。
 それじゃあきっと、生きてる実感が薄れてしまう気がする。


 私の話を聞いて、大きく溜息を漏らしたジャスミーナはやれやれと首を横に振って

「そう、投げやりじゃないならいいわ」

 と、納得をしてくれたようだ。


「ジャスミーナ様は卒業後、どうするつもりなんですか?」


 気になって問いかけると、ジャスミーナは隣の席に置いてあった医療の本を取り出してテーブルに置いた。


「医学書、ですか?」
「そうよ。私、医者を目指すの」
「え!?凄い・・・!」
「知ってると思うけど、クリス様のお兄様は昔から体が弱いの。一刻も早く有能な医者が必要でしょ」


 みんな、自分の未来を見据えて考えてる。
 私よりもずっと。


 ジャスミーナは桜色の髪をクルクルと指に巻きつけ、ほんのりと頰を赤くして

「そうすれば、クリス様の役にも立てるし。卒業しても会えるチャンスは増えるでしょ」

 と、嬉しそうにはにかんだ。


 難しそうな本を手に取り表紙を見つめて、恋する乙女は最強だなぁとしみじみ思っていると、ジャスミーナは立ち上がり出口の扉を明けた。


「そろそろ時間だわ。次に進みなさい!まだ行く所があるでしょ?」


 そうだ。クラリスからもらった地図には、全部で三つの赤丸があった。
 残るはあと一つ。


「ジャスミーナ様、宝物って何の事だか知っていますか?」
「それは、全部回ってから自分で考えなさい。答えは先にあるはずよ」


 答えは先にある。
 つまり、昇降口もここにもとして何かが用意されているわけではないのだろう。


 医学書をテーブルに置いて私も席を立ち、出口に進んだ。
 廊下の窓から降り注ぐ日差しが眩しくて、思わず瞳を細める。


「次はパーティーホールよ。この時期だけ解放される場所だから、この機会にゆっくり見てきなさい!」
「はい。ありがとうございました!ご馳走さまでした!」


 ジャスミーナに感謝を伝えて調理室を後にした。



 ジャスミーナはクラリスがくれた地図の事を知っているようだった。
 もしかして、昇降口にいたカインも?


 カインはみんなで一緒に何かをするようなタイプじゃない気がするけど。
 そんな事を考えながら、私は最後の目的地であるパーティーホールを目指したのだ。
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