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その影は

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 人気のない静かな体育館に来た理由はただ一つ。
 文化祭で起こった事件を解決する鍵を見つける為です。


「第二王子殿下ともあろう者が、授業サボっていいのか?」

 私の隣で辺りを見回しながらカインは言った。


「長引けば長引くだけ、心に差した影は大きくなるものです」
「心配なのは分かるが、そのグラシアを置いたままでいいのか?」
「授業に出ていた方が安全でしょう。念の為にフランソワが付いていますから」


 フランソワの名前を出すと、カインは明らかに不機嫌な顔になった。
 喧嘩する程仲がいいとも言いますし、この二人はなかなか良いコンビになれると思うのですが、きっかけがない限りは難しいかもしれません。


「どうしてフランソワなんだ。グラシアにはアイツがいるだろ」
「カイン。魔法を専門とするエクレール学院でも、深刻な実力不足の結果が出ている事は知っていますか?」

 カインは何が言いたいのか分からないと言うように顔をしかめた。


「理由は実践不足です。授業で学ぶ知識は身についていても、実際に魔法を使う機会はない。学院の決まりである魔法禁止が足枷となってしまっているのです。経験がなければ、いざという時に力は出せません。それに比べてどうでしょう?フランソワは教師達の目を盗み、日常的に魔法を使っています。結果として、彼の技能テストは高得点です。そんなフランソワなら、グラシアの身に危険が迫った時、躊躇ちゅうちょなく魔法を使うでしょう」


「そこまで考えての人員選択かよ。用意周到な事で」


 わざとらしく身震いするカインに、私は素知らぬ振りをして微笑んだ。

「クローネなら、今日はレイヴン達と森に行くそうです」
「そっちに何か手掛かりがあるのか?」
「いえ、薬草を採りに行くそうです。仮にクローネがいたとして、彼女に任せていいのですか?」
「どういう意味だ」
「言葉のままです。クローネに魔力は感じられません。予期せぬ事態が発生した時、彼女にも危険が及びますが、カインはそれでもクローネに任せろと言えますか?」
「それは・・・」


 乗馬大会の優勝をきっかけに生徒達の間で密かに公認の仲となったにも関わらず、未だに想いを伝えられない困った友人に私は溜息を零した。


「この話はここまでにして、もう一度手掛かりがないか手分けして探しましょう」
「じゃあ、俺は舞台裏を探してくる」


 二手に分かれ、体育館の中を隅々まで探した。
 しかし、事件に繋がるようなものは見つからなかった。



「やっぱり駄目だな。事件の次の日ならまだしも、これなら聞き込みの方が望みがあるんじゃないか?」


 カインの言う通り。例え体育館に特定できる証拠を残していたとしても、すぐに犯人が回収に来るでしょう。

 ですが、私の目的はそれではありません。

 私とカインが授業を抜け出して何かしていると知れば、犯人の不安を煽る事ができるかもしれません。



「聞き込みならもう済んでいます。前日までは、ナイフは確かに偽物だったそうです」
「そらなら犯人は当日にすり替えたのか」


 カインが口元に手を当て考え込んだ、その時──


 体育館の出入口に、誰かがたたずんでいる。
 背後から差し込む日差しでよく見えないが、恐らく女性だろう。


「なっ!?」

 私が見つめる方向を追いかけたカインが、驚きの声を上げた。


「誰だ!」
 カインが声を張ると、女性は走り去ってしまった。


「追いかけましょう」
「当然だ!」


 私達は体育館を飛び出し女性の後を追った。
 しかし、なかなか距離が縮まらない。


 私もカインも、足は速い方なのに。


「どうなってる!どこかのメイド並みに速いな」


 何かがおかしい。
 ただ逃げているだけで何もしてこない。


 どこかに誘い込もうとしているのか、時間を稼ごうとしているのか。
 現時点では、どちらなのか判断はできません。


「カイン。一旦別行動にしましょう」
「何だって!?」


 納得ができないと不満げに眉を寄せたカインに、私は言った。

「仲間が近くにいる可能性もあります。私が彼女を追うので、カインは至急周辺の確認を」
「分かった!」


 説明を聞いて理解すると、カインは私から離れペースを落とした。


 私は一人後を追い、暫く追いかけっこは続きました。


 そんな時、校舎に添って走っていた彼女が横道に入った。
 引き離されないようにしなければと私も続いて曲がったその先は、行き止まりだった。

 そして、背を向けて立ち止まる桜色の髪をした女性。


 振り返った彼女は恐怖に顔を歪め、大きな声で叫んだ。

「く、クリス様。逃げて・・・逃げてください!!」


 彼女は、ジャスミーナだ。


 ジャスミーナは両手でナイフを握り締め、全身ガタガタと震えている。
 彼女が犯人だったという事なのでしょうか。


 だとしたら自作自演の芝居であり、最初からグラシアが狙いだったと言える。
 しかし、目の前のジャスミーナは自らの意思ではないように拒み顔を横に背けた。
 まるで、操り人形のようだ。



 私は内心で喜んでいました。ジャスミーナが犯人と繋がっている可能性がある。

 漸く見つけた糸口を、逃がしはしない。
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