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深い水の中
しおりを挟む文化祭が終わって数日が経った。
未だナイフをすり替えた犯人は分からないままだ。
あの日以来、ジャスミーナとダチュラには会えていない。
グラシアは授業には出ているが、あの事件から元気がない。
いつも通りに振る舞っているつもりだろうが、夜もあまり眠れていないようだ。
あの日、ダチュラが代役を務めた演劇は成功に終わった。
怪我をしても舞台に立ったジャスミーナを評価する声は多く、無傷のグラシアが代役を立てた事を非難する人もいた。
私は一刻も早くグラシアに元気になってほしいと思い、何か方法はないかと考えていた時
「薬草の採取を手伝うなら、特製の薬草茶を分けてやる。安眠効果も期待できるものだ」
そうレイヴンに提案されて、今日は森エリアにやってきた。
ここに来るのは乗馬大会以来だ。
レイヴンを先頭にルゥとリオンが続き、私はその後ろからついていった。
「マスターが僕達まで連れて森エリアに入るなんて珍しい事もあるものだね」
『そういえば、僕達は薬草の仕分けはやるけど、採取は任されていなかったね』
「そうそう。いっつも一人でコソコソ行って、ちゃっかり薬草を持ってくるんだ」
「コソコソとはなんだ。特別な栽培方法で育てている薬草は繊細だからな」
「はいはい。物は言いようだよね」
深い森の先を進むと、そこは美しい湖があった。
木には不思議な実がなっていて、珍しい薬草まで生えている。
『ここは前に・・・。ここがレイヴンの薬草畑?』
「マスター、こんな所で薬草育ててたの?」
「いや、ここは違う。だが、珍しいものが多くてな。いい機会だからこうして足は運んだわけだ」
私は水辺に生えた薬草を摘み、目の高さまで持ち上げて驚いた。
「本でしか見た事がないものばかりですね」
「水が綺麗なおかげで、いい薬草が育つようだ。だが、採りすぎないようにな」
持参した本を片手に、心を落ち着ける作用があるものや眠りを誘う薬草を多めに摘み取った。
グラシアは今頃授業中だろう。昼食は食べられるだろうかと、そんな事ばかりが気になって仕方がない。
「あ、野ウサギだ!待て!!」
ハンターの血が騒いだリオンが、ウサギを追いかけ駆け出した。
『勝手に行ったら駄目だリオン!』
そんなリオンを後ろから羽交い締めにして懸命に止めるルゥは、すっかりストッパー代わりになっているようだ。
木の幹に背を預け、微笑ましく眺めているとレイヴンが隣に腰を下ろし
「随分沢山採れたな」
籠いっぱいに入った薬草を見て言った。
「種類が豊富なので、どうしても量が多くなってしまいました」
「グラシアは相変わらずか?」
「・・・はい。相変わらず、人に頼るのが下手な不器用な人です」
「ハハッ。お前から主の悪口は初めて聞いたな」
「別にそういうつもりじゃないです!」
肩を揺らして笑うレイヴンに、私は顔をしかめて否定した。
悪口なんかじゃない。ただ、一人で全部抱える必要はないのにと思うだけだ。
「分かってる。だから、そんな顔するな」
「──ッ!」
グシャグシャと髪を乱すように乱雑に頭を撫でる手は、大きくてとても温かかった。
レイヴンは不思議な人だ。
──バンッ!
「何事だ!」
突然どこかで爆発音が響き、レイヴンが立ち上がった。
「分からないけど、何かあったのは間違いないね」
「俺とリオンで様子を見てくる。お前達はここにいろ」
「『はい!』」
レイヴンとリオンは、音がした方へ消えていった。
私とルゥは水辺に座り、耳を澄まして目を閉じた。
『静かだね』
「うん。何もないといいけど」
『リオンとレイヴンなら大丈夫だよ!それに、レイヴンは魔法の天才だからね』
「そうだね」
目を開けて湖に視線を落とした。
ルゥはまだ目を閉じたままだ。
深くて底が見えない。どうしてだろう、何だか恐ろしくなった。
咄嗟に立ち上がり、後退りをした時だった。
──貴女は、もういらない──
ドンッ──
『クローネ!!』
私の体はバランスを崩し、湖に向かって倒れた。
誰かに背中を押されたのだ。
私の体は沈んでいく。
早く、早く戻らなくちゃ!
そう思うのに、体が思うように動かない。
鉛のように重い。
苦しい・・・。息がッ・・・!
水が、押し寄せてくる。
指先から痺れて、気泡が弾ける音だけしか聞こえない。
手を伸ばしても日差しには届かなくて、深く、深く沈んでいく。
──ああ、思い出した。
前世の私は、溺れた子供を助けようと池に飛び込んで死んだ。
どうして今になって思い出したのだろう。
どうしてまた、こんな死に方しかできないんだろう。
「私は誰かを不幸にするしかできない」
違うと否定したのに、これじゃあグラシアを余計に悲しませるだけじゃないか。
分かってる。私だってこんな死に方は嫌だよ・・・。
分かってるのに、もうよく見えない。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
重い体はゆっくりと熱を奪われていって、何も考えられなくなる。
水の中じゃ、声を上げる事も、涙さえも流せない。
こんなに胸が痛いのに。
意識がなくなる寸前の記憶は、近付いてくる小さな影。
そして、唇に触れた温かな熱だった。
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