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言葉
しおりを挟む持ち出した提出物の確認が終わった頃、すっかり暗くなり、空には月が浮かんでいた。
「ん~・・・。やっと終わった~!」
両腕を天に向かって上げて、凝り固まった体を解していると
『お疲れ様。すごい量だね』
積み重ねた山を見てルゥ言った。
「うん。レイヴン様ならすぐ終わる仕事だけど、私は魔力も魔法の知識もないから時間がかかっちゃって」
『何か手伝える事がある?暫く滞在が決まったから、できる事があるなら僕にも手伝わせて』
「ありがとう。それなら、いる間は一緒に早朝トレーニングがしたいな」
『それだけ?』
「それだけ。毎朝一人でするのも結構寂しいんだから」
『うん、分かった』
屋敷に来てルゥと出会ってから、毎朝の修行はずっと一緒だった。
毎日の日課になっているから学院に来てからも続けたけど、励まし合ったり、終わった~と喜んだりできる相手がいないのは寂しかった。
前世では必ず祖父と修行をしていたから、一人の経験がないのもあるのだろう。
『そういえば、カインに声をかけられなかったけど次はいつ来るんだろう?』
「うーん、どうかな」
カインの事はよく分からない。昔からの付き合いがあっても分からないままだ。
そんなの当然だ。人の心なんて、透けて見えるものじゃないんだから。
**********
「師匠、どうして私はトリハなの?」
「いきなり、どうしたんだ?」
「お父さんに聞いたの。私の名前は、服部半蔵から取って師匠が付けたって」
「服部半蔵は確かに素晴らしい忍者ではあるが・・・」
「いい加減にしてよ!お爺ちゃんのせいで私が学校でなんて呼ばれてるか知ってる?ニンニンだよ。最低だよ!」
「トリハ・・・」
行きたかった大学に落ちて、何もかも嫌になっていた。
毎日修行なんてさせる祖父のせい。
私の希望も聞かないで忍者なんて。
全部全部祖父が悪い。
私は誰かのせいにしたかったんだ。
**********
『帰ろう』
「え?」
『仕事、終わったんでしょ。近くまで送るよ』
ルゥは木刀を置いて、星が輝く夜空を見上げた。
「私も、今日はここで寝ようかな。偶にはいいでしょ?あ、学院に伝わる七不思議があって」
『ダメだよ。グラシアからクローネは病み上がりだって聞いてる。送るから、片付けておいで』
「はい・・・」
ルゥは一度言ったら聞かない。
渋々終わった課題を研究室に戻し、しっかりと鍵をかけた。
『じゃあ、行こうか』
ルゥの優しさは有難いが、私は首を振った。
「大丈夫。すぐそこなので」
『でも』
「本当に平気だよ。それじゃあ、また明日」
私は逃げるように走り去った。
どうしてかな。いつも優しいルゥだから、「仕方ないな」って言ってくれると思ってた。
私の事を心配して言ってくれてるのは分かってる。
分かってるのに、勝手に突き放されたように感じて、私は最低だ。
そうだ、あんな記憶を思い出したせいだ。
今の私はトリハじゃなくて、クローネなのに。
寮が見えてきた所で足を止めた私に
「らしくないんじゃない?」
声をかけてきたのはフランソワだった。
後をつけてきたのだろうか。
背後から現れたフランソワは
「ちょっと散歩しない?今夜は風が気持ちいいから」
そう言って微笑んだ。
静かな夜、この時間に出歩く生徒は殆どいない。
隣を歩くフランソワは何も言わない。
だけど不思議と気まずさは感じなかった。
月明かりに照らされ、風に揺れる花たちが美しい花壇の前で立ち止まったフランソワが
「戻らなくていいの?」
色とりどりの花を眺めて言った。
「心配をさせるだけなので」
「ふーん」
黄色いミムラスを一輪摘み取り、そっと私の髪に刺して
「心配されるのは嫌だった?」
優しく問いかけた。
「そんな事はありません。だけど、心配なら私だってしていました」
「なら、そう伝えたらいいんじゃない?クローネはあのカンガルーの言葉が分かるみたいだし、伝えられるのに伝えないなんて変だよね。俺はある人に本音を引き出してもらったんだけど、その人なら絶対伝えると思うんだ」
そっか。私の言葉が足りなかったんだ。さっきも、あの時も──
「私、戻ります。ちゃんと伝えて謝ってきます」
「一緒に行こうか?」
「いえ、もう大丈夫です。ありがとうございました!」
感謝を込めて深く頭を下げた。
「俺は何もしてないよ」
「励ましに来てくれたんですよね?嬉しかったです」
フランソワはそれ以上何も言わず、私の頭をぽんぽんと軽く叩くとそのまま寮の方向に歩き出した。
だけど、私はちゃんと伝えたい。ありがとうもごめんなさいも、ちゃんと言いたい。
「フラン様!・・・フランソワ様のおかげで私も変われそうです。いってきます!」
振り返ったフランソワに笑顔で手を振った。
目を見開いて驚いた顔をしていたけど、はにかみ手を振り返してくれた。
走って走って、研究室に着くと壁に背を預けていたルゥが私に気付き
『クローネ、どうしたの?帰ったんじゃなかったの?』
戸惑いを含む声音だった。
「ごめんなさい!心配してくれてる事は分かってる。でも私も、ルゥが心細いんじゃないかと心配だった。だから、ここにいていいよって、言ってほしかった」
伝える事に必死だった私は、初めてルゥの名前を呼んでいた事にも気がつかなかった。
ルゥは立ち上がり
『僕の方こそごめん。クローネの気持ちが聞けて安心した』
私の肩に手を乗せて言った。
その時──
「まったく。カインからクローネの様子がおかしいと聞いて来てみれば」
暗闇から出てきたクリスが溜息を漏らした。
「勝手に話を作るなよ。・・・ただ、フランソワの奴が寮から出て研究室の方向に行ったから、気になっただけだ」
クリスの隣に並んだカインは不機嫌そうだ。
「夜食を持ってきたわ。それと、カードゲームも」
「お嬢様・・・」
グラシアも様子を見に来てくれたようだ。
『みんな・・・』
「今日は徹夜ですね。カイン、カードゲームで負けた方が朝食を用意するのはどうですか?」
「必要ない。もうアルバートに頼んである。でも、負けるつもりはないからな」
「毛布も持ってきたの。貴女は少し休みなさい」
「はい、ありがとうございます」
ああ・・・温かい。
優しさが心に染み込んで、泣いてしまいそうだ。
瞳に込み上げるものを悟られないよう、私は美しい夜空を見上げた。
こんな日が変わらず続きますようにと、星に願って。
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