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7日目 初体験は痛みを伴う!?
15ー1
しおりを挟む貴史の店を飛び出した翔は、商店街を抜けて駅に向かった。
改札を通って階段を駆け上がり、電車はまだ着いていなかった。
どうしてこんな事になったのか分からず、早く来てくれと焦りばかりが募る。
一刻も早くこの場から離れたかった。
ホームの向こう、壁を隔てた先は商店街に続く一本道。
貴史が追いかけて来るのではと、翔はそわそわと線路の先と腕時計を交互に見て貧乏揺すりをした。
目を閉じると、貴史がムチを片手に詰め寄ってきた場面や胸倉を掴まれた光景が浮かぶ。
突如豹変した貴史が別人のように見え、勝手にイメージしていた弱々しい人は幻想となって消え去った。
『まもなく電車が参ります』
ホームに流れるアナウンスにホッとして目を開けて、商店街へ続く道に貴史らしい人は見えない。
安心したような、心に冷たい風が吹き込むような何とも言えないざわざわとした気分だった。
プシュー
電車がホームに到着して扉が開く。
人の流れに合わせて翔も乗り込み、手すり横の角の席に腰掛けた。
車内は立っている乗客はちらほらとしかいないものの、ほぼ満席状態だ。
電車は発車し移り変わる景色を眺め、次第に気持ちは落ち着きを取り戻し、鼓動の音も穏やかになっていった。
冷房のよく効いた車内は肌寒いくらいで、翔はワイシャツのボタンを一番上まで留めて亀のように首を引っ込める。
改めて状況を整理しようと腕を組み目を閉じた時だった。
隣の車両から女の子二人と母親らしき三人組がやってきた。
下の子は小学校低学年くらいだろうか。
「あ!あそこ空いてる!!」
空席を見つけて嬉しそうに甲高い声を上げると、小走りで通路を進み翔の隣にぴょんと飛び乗って、鼻歌交じりに両足をゆらゆらと揺らした。
少し遅れて追いついた母親がつり革に掴まり、前屈みになって小声で女の子を諫める。
「電車の中では静かにしなきゃ駄目でしょ?みんなで使う場所はルールを守らないといけないの。分かった?」
「はーい!」
分かっているのかいないのか、女の子は片手を上げて元気よく返事をした。
薄く片目を開けた翔は、母親の隣で唇を噛み締めている子供が気になった。
隣に座っている子の姉だろう少女は、妹を指差して今にも泣き出しそうなか細い声で言った。
「お母さん、私も座りたい……」
母親は車内を見て空いている席を探したが、親子が並んで座れるだけの空席はない。
困ったように細い眉を下げて溜息を漏らし、少女の肩にそっと手を置いた。
「ごめんね。ここから二つ目の駅で降りるから、もう少しだけ頑張ろう?」
「……」
女の子は母親の服の裾をギュッと握り締めて俯いてしまった。
そんな姉を見て、先程まで元気いっぱいだった妹も沈んだ顔をしている。
「イヤだ!わたしもおねーちゃんと座りたい~!!」
とうとう我慢出来なくなったのか、妹は癇癪を起こして声を荒げた。
よく通る高い声は、一気に注目を集めて電車内は静まり返る。
咳払いをする人や親子を見てヒソヒソと話す周りの目に晒された母親は、顔を真っ赤にして逃げるように子供達の手を引っ張った。
「ちょっと待ってよ。ここ、座るかい?」
翔は立ち上がって女の子に笑いかけた。
「いいの?」
「もちろん!俺も同じ駅で降りるから、心配いらないぜ」
「おじさん、ありがとう!」
姉は瞳を輝かせて見つめると、翔は大きく頷いて優しく少女達の背を押した。
母親の表情は和らいで、子供達を座らせた後で翔に頭を下げて感謝した。
「すみません。本当にありがとうございます」
「いえいえ」
翔が降りるはずの駅は、親子が降りた次の駅だ。
それでも親子に気を遣わせないよう翔は嘘をついた。
駅に到着すると、親子と一緒に電車を降りて改札を抜け、元気に手を振る少女達の背が見えなくなるまで手を振った。
「やれやれ、今日は厄日かな」
翔は綺麗にセットされた髪を搔いて乱し、困ったように笑った。
腕時計に視線を落とし、出勤時間までにはまだ時間がある。
ひとまず腹ごしらえをすると決めて、駅の正面にある牛丼屋に入る事にした。
ポケットに片手を突っ込んで店に向かい、自動ドアが開いた時だった。
「あれ?城ヶ崎くんじゃない?」
背後から声をかけられ足を止めると、派手な化粧に胸の谷間とヘソが見える露出の高い格好をした女が駆け寄ってきた。
「やっぱり~!こんな所で偶然だね!あれ?髪型変わった?カッコイイー!もしかして、女の子と待ち合わせ?」
彼女は美愛。
翔が働いているホストクラブの常連だ。
担当は最近じわじわと注目を集めている韓流系ホストのレイ。
美愛の入れ込みようは相当で、最低限の生活費だけを残して後は全額レイに注ぎ込んでいるらしい。
そんな美愛がどうして声をかけてきたのか、何よりナンバー入りもしていない自分の名前まで覚えていた事に翔は驚いた。
「いや、出勤前に寄ろうとしただけだぜ!姫はこれからレイさんと食事かな?」
「ううん。今日は約束してないよ。最近レイ冷たいんだよねー」
美愛は発色のいい口紅を塗った色気のある唇を尖らせた。
ホストは人気が上がれば上がるほど忙しくなり、個々に割ける時間も限られる。
レイも以前のように美愛の席ばかりにはいられず、翔がヘルプに入った事もあった。
「もう、最近レイがよく分かんない……」
高いヒールのつま先を地面に打ちつけて美愛が不満を零した。
ここで姫の心に寄り添い二人の仲を取り持つのも、ホストとして大事な仕事だと翔は理解している。
翔は奥歯を見せ爽やかな笑顔でガッツポーズをして言った。
「姫は心配性だな。全然大丈夫!姫はレイさんが入った頃から支えてる大事な人だって聞いたぜ。だから、つい甘えが出ちゃってるのかな」
「そうなのかな?」
「万年ヘルプの俺が言うんだから間違いない!」
「アハハッ!城ヶ崎くんって実は面白いんだね~!」
翔の励ましに元気を取り戻した美愛は、目尻に涙を溜めて笑い転げた。
そして、翔の腕に抱きついて柔らかな胸を押し当てると、悪戯に目を細めたその表情は色気が滲み出ている。
「お礼に、ご飯奢ってあげるよ!ついでに今日は同伴もしてあげる!」
「え!?それはいいよ。レイさんに気になって仕事にならないって俺が怒られるから」
「大丈夫、大丈夫!ほら、行くよ!」
初めての同伴は有難いが、他のホストが担当している客はトラブルになる場合もあり、正直有り難迷惑でしかなかった。
どうにか説得しようと試みても、のらりくらりとかわされて、翔は強引に牛丼屋に引っ張り込まれてしまった。
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