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7日目 オネェ様は痛いのがお好き!?

13ー1

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 晴哉から預かった紙袋を腕に抱えて薄暗い店内に戻った貴史は、翔が戻って来たらすぐに渡そうとガラステーブルの上に置いた。


 事前に会う約束をしていたわけではない。

 それでもこうして通ってくれているのは、翔なりの誠意なのだろう。

 根は真面目な翔が可愛らしく見えて、思わず笑みが零れる。


 BL漫画の事などあっさり忘れていた。
 しかし、明日の予約を確認して軽く掃除を済ませても、翔は戻って来なかった。

「エアコンが効いてても夏はキツいな……」

 首回りを刺激する銀髪が煩わしく、前髪から指を入れてウィッグを外すと、押されて潰れた茶髪を撫でた。


 やはり連絡先は交換しておくべきだったと後悔してソファに腰掛けた時、ふと目の前にある紙袋に目を留めた。


 中には一体何が入っているのかと気になったが、他人様のものを勝手にみるわけにはいかない。

 胸に手を当て見てはいけないと自分に言い聞かせた。


 しかし、封もしていない紙袋は覗けば中身は見えてしまう。


 触れなくても見えるなら仕方ないんじゃないかと、貴史の中の悪魔が囁いた。

 それでもダメだと主張する天使。

 貴史は悩みに悩んだが、翔が戻ってくる様子はない。


 テーブルに手をついて立ち上がり、顔は正面を向いたまま目線だけ落とした。

 堂々と見られないのは僅かに残った良心が痛むから。


 しかし、貴史の目に飛び込んできたものは予想もしていないものだった。


 一番上には先程発見した本があり、中を覗き込むと表紙とご対面だ。

 これ以上見てはいけないと、貴史の勘が訴える。

 だけど、一度火が付いた好奇心は止められない。


 再び紙袋の中に手を入れて中身を取り出した。

「こ、これは……!本当にそっちの趣味なのか……?」


 それは真っ黒い短めのムチだった。

 他にも紙袋に入っていたものは、全て卑猥な想像をさせるものばかりだ。

 そして貴史は予想した。

 実は翔には人には言えない特殊性癖があり、こっそりと誰かに打ち明けようとしているのだと。


 これは早急に話し合う必要があると覚悟を決めて、取り出したものを紙袋に戻した。


 もしかしたら打ち明ける勇気がなくて、こうして人づてに頼んで自分だけにカミングアウトをしているのかもしれないと勝手な想像はどんどん違う方向に膨らみ、紙袋は目につかないレジの後ろに隠す事にした。


 今までそんな男に出会った事がない貴史は、そこまで真剣に自分との事を考えてくれていたのかと胸はキュンと痛み愛しさを募らせる。

 大急ぎで鏡の前でウィッグを付け直し、化粧直しもした。


 背の高い花瓶に挿した向日葵を指先でつついて翔を待っている時間はとても長く、そして気持ちは高揚していた。


 カランカラン──


 ドアベルが鳴って反射的に貴史は立ち上がった。

 そこには、暗い顔をした翔がばつの悪そうな顔をして立っていた。


「いらっしゃい」

 優しく声をかけると、翔は小さく頷いて片手にぶら下げていた袋を差し出した。


 受け取った貴史が袋を覗き込み、中に入っていたのは二つの塩大福だった。    


「あらぁ~!買ってきてくれたの?ありがと。これ、商店街で有名な和菓子屋さんの大福よね?嬉しいわぁ~!」


 貴史の笑顔を見て安心したのか、翔の硬かった表情が和らいだ。

「一緒に食べようと思って買ってきたんだぜ!」


 まるで子供のように無邪気に笑う翔は可愛く思えたが、さっき見た紙袋の中身が頭から離れない。


 貴史は胸に手を置いて、自分を落ち着かせるためにゆっくりと深呼吸をした。


「どうしたのかな?調子悪い?」


 心顔そうに覗き込む翔に何でもないと首を振ると、座り心地のいい理容椅子をクルリと回して背もたれを叩いた。


「座って。お休みだけど、お礼にサービスしちゃう~!」

「いや、でも……」

「いいからいいからぁ~。早く早く~!」


 言われるがままに翔は深く椅子に腰掛けて、貴史は回転する椅子を鏡がある正面に向けた。


 セットしてない髪は無造作で、前髪は目にかかり邪魔そうだ。

 ふわりとカットクロスをかけると、貴史は腰にシザーケースを巻きつけてコームとハサミを取り出した。


 チョキチョキチョキ──

 切れ味のいいハサミは小気味良い音を立てて、カットした髪はパラパラと床に落ちていく。


 貴史の気持ちも落ち着いてきた。

 そして、いよいよ本題を切り出す。


「ね~え?ジョニーって、その……ムチが好きなの?」

 いざ言葉にすると心臓はまたバクバクと高鳴って、いつものように大きな声が出ない。


「え?」


 よく聞こえなかったのか翔は聞き返したが、一呼吸置いて「ああ」と小刻みに何度も頷きながら零すと明るい声で言った。


「なんだ、知ってたんだ。周りからは程々にしろって言われるんだけど、やめられないくらいハマってて大好きなんだぜ!」

「そんなぁ!?」


 事前に知っていても本人の口から聞くと衝撃的でハサミを落とした。

 真っ直ぐに落ちたハサミは床に弾かれ翔の方へと転がっていく。


 貴史の驚きように翔は不思議そうに首を傾げたが、足元で止まったハサミに手を伸ばす。

「待って!!!」


 店内に響き渡る大きな声に翔の肩はビクッと跳ねて、前屈みになったまま動きは止まった。


 特殊性癖だったという事実が現実味を帯びて混乱する。

 だけど愛する人がそれを好み、もしもそうしたいと望むなら応えたいとも思う。

 貴史の中で葛藤が繰り広げられていたが、もし本当に自分だから打ち明けてくれたのだとしたら、ここで突き放すわけにはいかないと前向きに考えてしまった。

 そして、優しい翔が夜のみ変貌する姿を想像しては、それもまた一つの愛の形であるとあっさり受け入れる決意をした。


 何も知らない翔は体勢が苦しくなったのかハサミを拾って起き上がり、刃を持って差し出した。


 ハサミを受け取った貴史の顔から笑顔は消えて、最後の仕上げに全体を整え始める。

 このまま話を続けていたら、カットどころではなくなりそうだと思ったからだ。


 鏡越しに見える翔は、自分の気など知らず呑気に鼻歌を歌っていて、貴史は妙にそわそわとしていた。

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