上 下
5 / 55
2日目 動物園デートは山あり谷あり!?

2ー2

しおりを挟む

 入場ゲートの前でチケットを買い、一緒に園内のパンフレットがついてきた。


「北極熊が見たいなー」


 悠人は声を弾ませパンフレットを広げると、隣から颯も覗き込む。


「「…………!!」」


 二人が絶句するのも無理はない。
 お目当ての北極熊が展示されているのは園内でも一番遠い場所だ。


 山の上にある動物園の中はとても広くて坂道も多い。


 とはいえ、体力の衰えを感じる二人でも一回り出来ないほどでもない。

 それでも思ってしまうのはきっと互いに同じ事。
 ──少しでも楽がしたいと。


「や、やっぱり北極熊は今度でいいかな……!」

「だ、だよなー!ヤギの餌やりなんてどう?ほら、もう見えるし!」

「あー、やりたい!実はめちゃくちゃやりたかった!!」

「「アハハハハ……」」


 こうして二人は、園内に入ってすぐにある触れ合いゾーンに切りかえたのだった。


 カップに入ったヤギ用の餌を購入して柵の中に入ると、近付く前にヤギの方からやってきた。


 餌をやってもきりなく欲しがるヤギの群れに、颯は三度も買い足して餌やりをした。

 群がるヤギのつぶらな瞳に負けて四度目の餌を購入しようとした時、悠人に腕を掴まれて、強引に触れ合いゾーンから引っ張り出された。


「颯ちゃんは一体いつまで餌をあげる気でいんの?」

「取りあえず10回までなら」

「ヤギ達にとって颯ちゃんはカモだな。ネギ背負しょったカモ」

「失礼なやつめ。あの綺麗な瞳で見つめられたら断れないだろ!」


 こうして触れ合いゾーンを抜けると鳥やキリンを見た。


 この暑さで展示を中止している動物もいたが、自然豊かな園内でのびのびと暮らす動物たちを見られた二人は終始笑顔が零れる。


「そういえば颯ちゃんさ、昔来た時……ここにいるどんな動物より悠人がいいよって言ってたよな。あれって褒め言葉だったの?」

 悠人は難しい顔をして、胸の前で腕組みをして言った。

 突然羞恥心を刺激する攻撃を食らった颯はピタリと足を止め、意識が飛んでいるような遠い目をして空を眺めた。


「もしも過去に行ける力があったとしたら、俺は迷わずその頃の自分を殴りてぇ……」


「あ、それとさー」


 まだ何かあるような口ぶりの悠人に、これ以上言われては面倒だと全速力で逃げ出した。

「待ってよ、颯ちゃん!」


 颯が逃げ込んだのは森の中の小さな家、夜の生き物ゾーン。


 薄暗いエアコンの効いた室内は、ひんやりとしていて心地良かった。


 悠人はガラスに張りつき、真剣な顔をしてコウモリを探している。

 賑やかな外とは違い、ここだけ人がいなかった。


『颯ちゃんにトキメキたい!』


 ふと悠人の言葉が、颯の頭の中によぎる。


 このままでは、今日も悠人が求めるものをあげられないだろう。

 そんな事を考えながらチラリと横目で悠人を見ると、聞こえないよう静かに深呼吸をする。


 しかし、いざ声をかけようと思うと喉がキュッと詰まったように声が出ない。

 このままじゃダメだと、首を振り意を決して無理やり声を出す。


「あのさ、悠人」


「うん?」


 首を傾げて見つめる悠人の視線に気付いても、颯は真っ直ぐ前を向いているだけで精一杯だった。


「──手、繋ぐか」


 颯はガラス越しに飛び交うコウモリを見つめ、遠慮がちに悠人の方に片手を差し出した。


「……」


 無言の悠人に、何かいけなかったのかと背中には冷たい汗が流れた。

 すると、悠人はズボンのポケットからハンカチを出して広げると、端を持って反対側を颯の手のひらに乗せた。


「え?何?」


 訳が分からずハンカチと悠人を交互に見て、目をぱちくりとさせた。


「手汗ムリ。キモい」


 要約すると、この暑いのに汗かいてる手なんか握りたくないから、ハンカチを挟んでなら許すという事らしい。


「……」


 ハンカチの端と端を握って動物園にいるおっさん二人。
 何とも異様な光景である。


「これ、おかしくね?犬の散歩じゃねぇんだからさ」


 そこへ、ガラッと音を立てカメラを持った男性客が一人入ってきた。


 優しい暖色のライトに照らされる二人は、どんな状況なのかハンカチで繋がれている。

 男性は怪訝そうな顔をして二人を見つめていたが、関わってはいけないと思ったのかきびすを返していってしまった。


「……やっぱさ、これ……おかしくね?」

 男性が出ていった扉を見つめ、顔をしかめて不満を零した。


 対照的に悠人は涼しい顔をして歩き出す。


 颯は空いている手をじっと見つめじんわりと汗が滲む手を服で拭った。

 そんな颯を横目で見て、一歩先を歩く悠人の口元は綺麗な弧を描いていた。


 トキメキを取り戻そうと頭を抱えて手探り状態である現在。
 しかし、何気ない日常は少しの意識で変わるのかもしれない。


 端と端を握ったハンカチから相手の温もりは感じられないが、二人の周りには温かな空気が包んでいた。


 室内を一回りして外に出ると、目がくらんで二人は思わず顔を背けた。
 ひんやりと冷えた体は一気に冷気を奪われて、服の中はじんわりと汗が滲む。


 気付けばすっかり昼食を食べ損ねて、腕時計の針はおやつの時間を指していた。


「腹減らね?」

「すげぇ減った。颯ちゃん何食べたい?」

「取りあえず、近くのレストランでも入るか」

「賛成!」


 二人の意見が一致して、悠人は張り切ってパンフレットを開く。

 ここからもう少し奥に行ったところには、レストランや休日限定でキッチンカーが集まる広場があるようだった。



「「…………」」


 悠人は静かにパンフレットを閉じた。

 二人は作り笑いを浮かべて顔を見合わせると、互いの考えを一瞬で察したようだ。


「帰るか」

「うん」


 これ以上出口から遠ざかりたくない思いは同じ、空腹よりも楽を選んだのである。

 人間の三大欲求よりも優先すべきものを見つけてしまった二人は、これからどうなっていくのだろう。



 こうして二日目のトキメキ探しも大きな報酬がないまま終わったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

強引で絶倫系の恋人と転移した!

モト
BL
恋人の阿久津は強引で絶倫だ。 ある日、セックスのし過ぎで足腰立たずにふらついた。阿久津にキャッチされて床に直撃は免れたのだが、天地がひっくり返るような感覚に襲われた。 その感覚は何だったのだと不思議に思いながら、家の外に牛丼を食べに出た。 そして、ここが元いた世界ではなくDom/Subユニバースの世界だと知り……!?!?! Dom/Smbユニバースの世界をお借りしました。設定知らない方も大丈夫です。登場人物たちも分かっていないですので。ゆるくて平和な世界となっております。 独自解釈あり。 ムーンライトノベルズにも投稿しています。

逃げるが勝ち

うりぼう
BL
美形強面×眼鏡地味 ひょんなことがきっかけで知り合った二人。 全力で追いかける強面春日と全力で逃げる地味眼鏡秋吉の攻防。

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

神父の背後にショタストーカー(魔王)がいつもいる

ミクリ21
BL
ライジャは神父として、日々を過ごしていた。 ある日森に用事で行くと、可愛いショタが獣用の罠に足をやられて泣いていたのを、ライジャは助けた。 そして………いきなり魔王だと名乗るショタに求婚された。 ※男しかいない世界設定です。

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

僕を愛して

冰彗
BL
 一児の母親として、オメガとして小説家を生業に暮らしている五月七日心広。我が子である斐都には父親がいない。いわゆるシングルマザーだ。  ある日の折角の休日、生憎の雨に見舞われ住んでいるマンションの下の階にある共有コインランドリーに行くと三日月悠音というアルファの青年に突然「お願いです、僕と番になって下さい」と言われる。しかしアルファが苦手な心広は「無理です」と即答してしまう。 その後も何度か悠音と会う機会があったがその度に「番になりましょう」「番になって下さい」と言ってきた。

処理中です...