4 / 46
一章 1
しおりを挟む◇
一日の仕事を終えたエルツは二階の廊下を歩いていた。
いつもはこのまま自室へ戻るが、今日はグラナートに、仕事が終わったら部屋に来てほしい、と言われていたため、自室の前を通り過ぎてグラナートの部屋に向かった。
「グラナート様」
エルツが扉越しに声をかけると、部屋の中からドタドタと足音が聞こえてきて、勢いよく扉が開いた。
「……どうぞ、入って」
「はい」
エルツが部屋に入るとグラナートは、パタン、と扉を閉めたが、扉の取っ手を掴んだまま振り返ろうとしなかった。
「どうされましたか? 」
扉の方を向いたまま動かないグラナートを心配してエルツが声をかける。
グラナートはゆっくり振り返るとエルツの目をじっと見つめた。
「エルツのことが好きです」
思いがけない言葉にエルツは自分の耳を疑った。
好き……?
聞き間違いかと思ったが、グラナートの真剣な顔を見て、告白されたことを理解した。
いつからそう思っていたのだろう?
どうして好きになったのだろうか?
自分の記憶を振り返れば答えが見つかるかもしれない。
そう思ったエルツはグラナートと出会ってから今日までの二年間のことを詳細に思い出していると、沈黙に耐えられなくなったのかグラナートが口を開いた。
「あのさ……」
「はい」
グラナートは、いつもと変わらない様子で返事をしたエルツに慌てて補足説明をする。
「好きっていうのは、父様とかサフィーロとかブラウに対するものとは違って、人としてじゃなくて……いや、人としても好きなんだけど、大切な人として……いや、みんな大切だけど……あの……えーっと……恋人になりたいという意味の好きだよ。……俺と結婚を前提に付き合ってほしいんだ」
結婚を前提に付き合う、という言葉を聞いて、エルツは先程の疑問などどうでもよくなった。
今のグラナートは、いろいろなことを学ばないといけない大切な時期で、恋愛なんてしている暇はなく、恋人の存在は邪魔になるだけだ。
エルツは使用人として働いて、少しでもこの家の役に立つことで、森で拾ってもらった恩や、自由に生きられるようにしてもらった恩を返したいと思っているため、グラナートが立派な後継者になることの妨げになるわけにはいかなかった。
「お気持ちはありがたい——」
「あ、待って! まだ返事はしないでほしいんだ」
グラナートはエルツの言葉を遮った。
「たぶんエルツは俺の気持ちに気がついていなかったでしょう? それはエルツが俺のことを恋愛対象として見ていなかったからだと思うんだ。だからアプローチをする時間をくれないかな? それでダメなら諦めるから……」
グラナートの言う通りエルツはグラナートのことを恋愛対象として見ていなかったが、グラナートの気持ちに気がついていなかったのは、それだけが理由ではなかった。
エルツは小さい頃からずっと勉強のことばかり考えていたため、恋愛感情というものがよくわからなかった。
「どれだけ時間が経ったとしても私の返事は変わりません」
「……それでもチャンスがほしいんだ」
「グラナート様は立派な後継者になるために、たくさん勉強をしないといけないでしょう? そんなことをしている時間はないですよ」
「今まで通りに……いや、今まで以上に勉強に力を入れるから」
「ですが——」
「時間をくれなかったら落ち込んで何も手につかなくなると思う」
「……」
そう言われると、エルツは折れるしかなかった。
「時間とはどれくらいですか?」
「一ヶ月ほしい」
「……わかりました」
エルツがそう答えると、グラナートはパッと明るい表情になる。
「ありがとう! 振り向いてもらえるように頑張るよ」
エルツは一応承諾したものの、グラナートに一ヶ月も無駄な時間を過ごさせるつもりはなかった。
1
お気に入りに追加
687
あなたにおすすめの小説
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
王太子殿下が好きすぎてつきまとっていたら嫌われてしまったようなので、聖女もいることだし悪役令嬢の私は退散することにしました。
みゅー
恋愛
王太子殿下が好きすぎるキャロライン。好きだけど嫌われたくはない。そんな彼女の日課は、王太子殿下を見つめること。
いつも王太子殿下の行く先々に出没して王太子殿下を見つめていたが、ついにそんな生活が終わるときが来る。
聖女が現れたのだ。そして、さらにショックなことに、自分が乙女ゲームの世界に転生していてそこで悪役令嬢だったことを思い出す。
王太子殿下に嫌われたくはないキャロラインは、王太子殿下の前から姿を消すことにした。そんなお話です。
ちょっと切ないお話です。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
平凡なピピルと氷雪の王子の四年間
碧りいな
恋愛
ピピルは15歳だった一年前、自分が転生した事に気が付いた。しかも前世の記憶では母親よりも歳上の良いお年。今生は長めの人生経験を活用し地道に堅実に安定した人生を送ろうと計画するが、訳もわからぬまま王子の側室候補になってしまう。
見た目よりも多めの経験値と割り切りと要領の良さで順調にやり過ごして行くけれど、肝心の王子に放置され続けて早一年。社交界デビューを卒無くこなしたピピルは怒りを含んだ冷たい視線を感じる。その視線の主こそが……
小説家になろう様でも投稿させて頂いています。
殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。
真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。
そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが…
7万文字くらいのお話です。
よろしくお願いいたしますm(__)m
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
あの子を好きな旦那様
はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」
目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。
※小説家になろうサイト様に掲載してあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる