上 下
4 / 69

一章 1 グラナート視点

しおりを挟む

 カチャカチャとナイフとフォークの音だけが聞こえる中、父様が口を開いた。

「サフィーロ、ベリル嬢の件はどんな状況なんだ?」

 兄様は手に持っていたグラスをテーブルに置いて答えた。

「ベリル嬢の家に使用人として潜入させているブラウの話によると、ベリル嬢は家の中でも外と同じ様子で、いつも笑顔でご両親の言う事を聞いているそうです」

「そうか。それなら、婚約の話は前向きに考えていいかもしれないな」

「いえ、それが……」


 兄様の話によると、婚約者候補のベリルという女の両親はベリルを早く結婚させたいと思っているらしく、複数の家に婚約の話を持ち掛けているそうだ。

「なぜそんなに急いで結婚をさせたいのだろうか。ベリル嬢は、まだ十六歳で焦る必要はないだろうに……」

 父様は、自分の顎を触りながら考え込んだ。

「実は、他にも疑問に思う事がありまして……ベリル嬢の家の使用人は、夜の仕事が終わってから朝の仕事が始まるまでの時間は部屋の外に出てはいけない決まりがあるそうです。それ自体はそこまで珍しくはないのですが、たまにその時間以外にも部屋から出ないようにとの指示を受ける時があるようでして……」

「その時に何か使用人に見られたくない事をしている可能性があるのか」

「ええ。それと、もう一つ気になる事が。ベリル嬢の家には使用人が近づいてはいけない場所があり、ブラウは高価な物が置いてあるのだろうと思っていたらしいのですが、ある日急な来客があった時にベリル嬢のご両親が『早く連れてこないと』と言いながら慌てた様子で、その場所に向かって行ったようで……その後、ブラウや他の使用人にいつも指示を出している高齢の男性の使用人から、しばらくの間部屋にいるように、と言われたそうです」

 父様は信じられないと言った様子で兄様に聞いた。

「本当に『連れてこないと』と言ったのか?」

 兄様は冷静に答える。

「ええ。ブラウは、使用人を近づけない理由は人を隠しているからではないか、と言っていました。僕もブラウと同じ意見です」

「……そうか」

「まだ、本当に人を隠しているのかどうかの確認はできていませんが、ベリル嬢のご両親がベリル嬢の結婚を急いでいる事といい、疑問に思う事が多いので婚約は断ったほうがいいのではないかと……」

「ああ、そうだな。それに、こちらとしては実際に結婚するのは数年後のつもりだったから、ベリル嬢と婚約したとしても、すぐに解消する事になっていただろうしな」

 父様と兄様は別の候補者の話を始めた。

 二人の皿にはまだ料理が残っていたが、俺はすでに食べ終わっていた。

 二人の話はまだしばらく続きそうだと思った俺は、席を立とうとしたが父様に呼び止められる。

「グラナート、自分の話なんだからちゃんと聞きなさい」

 俺は父様の言葉の意味がわからずに聞き返した。

「兄様の婚約者の話だろ?」

 父様は呆れたような顔をする。

「何を言っているんだ。グラナートの婚約者の話をしているんだよ」

「俺は結婚をする気はないって何度も言っているだろ」

 そう言って俺は席を立つ。

「待ちなさい」

 俺は父様の声を無視して食堂を後にした。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】昨日までの愛は虚像でした

鬼ヶ咲あちたん
恋愛
公爵令息レアンドロに体を暴かれてしまった侯爵令嬢ファティマは、純潔でなくなったことを理由に、レアンドロの双子の兄イグナシオとの婚約を解消されてしまう。その結果、元凶のレアンドロと結婚する羽目になったが、そこで知らされた元婚約者イグナシオの真の姿に慄然とする。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

最悪なお見合いと、執念の再会

当麻月菜
恋愛
伯爵令嬢のリシャーナ・エデュスは学生時代に、隣国の第七王子ガルドシア・フェ・エデュアーレから告白された。 しかし彼は留学期間限定の火遊び相手を求めていただけ。つまり、真剣に悩んだあの頃の自分は黒歴史。抹消したい過去だった。 それから一年後。リシャーナはお見合いをすることになった。 相手はエルディック・アラド。侯爵家の嫡男であり、かつてリシャーナに告白をしたクズ王子のお目付け役で、黒歴史を知るただ一人の人。 最低最悪なお見合い。でも、もう片方は執念の再会ーーの始まり始まり。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】 王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。 しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。 「君は俺と結婚したんだ」 「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」 目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。 どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。

【完結】優しくて大好きな夫が私に隠していたこと

恋愛
陽も沈み始めた森の中。 獲物を追っていた寡黙な猟師ローランドは、奥地で偶然見つけた泉で“とんでもない者”と遭遇してしまう。 それは、裸で水浴びをする綺麗な女性だった。 何とかしてその女性を“お嫁さんにしたい”と思い立った彼は、ある行動に出るのだが――。 ※ ・当方気を付けておりますが、誤字脱字を発見されましたらご遠慮なくご指摘願います。 ・★が付く話には性的表現がございます。ご了承下さい。

変装して本を読んでいたら、婚約者さまにナンパされました。髪を染めただけなのに気がつかない浮気男からは、がっつり慰謝料をせしめてやりますわ!

石河 翠
恋愛
完璧な婚約者となかなか仲良くなれないパメラ。機嫌が悪い、怒っていると誤解されがちだが、それもすべて慣れない淑女教育のせい。 ストレス解消のために下町に出かけた彼女は、そこでなぜかいないはずの婚約者に出会い、あまつさえナンパされてしまう。まさか、相手が自分の婚約者だと気づいていない? それならばと、パメラは定期的に婚約者と下町でデートをしてやろうと企む。相手の浮気による有責で婚約を破棄し、がっぽり違約金をもらって独身生活を謳歌するために。 パメラの婚約者はパメラのことを疑うどころか、会うたびに愛をささやいてきて……。 堅苦しいことは苦手な元気いっぱいのヒロインと、ヒロインのことが大好きなちょっと腹黒なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(作品ID261939)をお借りしています。

妻のち愛人。

ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。 「ねーねー、ロナぁー」 甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。 そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。

処理中です...