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一章 1 グラナート視点
しおりを挟むカチャカチャとナイフとフォークの音だけが聞こえる中、父様が口を開いた。
「サフィーロ、ベリル嬢の件はどんな状況なんだ?」
兄様は手に持っていたグラスをテーブルに置いて答えた。
「ベリル嬢の家に使用人として潜入させているブラウの話によると、ベリル嬢は家の中でも外と同じ様子で、いつも笑顔でご両親の言う事を聞いているそうです」
「そうか。それなら、婚約の話は前向きに考えていいかもしれないな」
「いえ、それが……」
兄様の話によると、婚約者候補のベリルという女の両親はベリルを早く結婚させたいと思っているらしく、複数の家に婚約の話を持ち掛けているそうだ。
「なぜそんなに急いで結婚をさせたいのだろうか。ベリル嬢は、まだ十六歳で焦る必要はないだろうに……」
父様は、自分の顎を触りながら考え込んだ。
「実は、他にも疑問に思う事がありまして……ベリル嬢の家の使用人は、夜の仕事が終わってから朝の仕事が始まるまでの時間は部屋の外に出てはいけない決まりがあるそうです。それ自体はそこまで珍しくはないのですが、たまにその時間以外にも部屋から出ないようにとの指示を受ける時があるようでして……」
「その時に何か使用人に見られたくない事をしている可能性があるのか」
「ええ。それと、もう一つ気になる事が。ベリル嬢の家には使用人が近づいてはいけない場所があり、ブラウは高価な物が置いてあるのだろうと思っていたらしいのですが、ある日急な来客があった時にベリル嬢のご両親が『早く連れてこないと』と言いながら慌てた様子で、その場所に向かって行ったようで……その後、ブラウや他の使用人にいつも指示を出している高齢の男性の使用人から、しばらくの間部屋にいるように、と言われたそうです」
父様は信じられないと言った様子で兄様に聞いた。
「本当に『連れてこないと』と言ったのか?」
兄様は冷静に答える。
「ええ。ブラウは、使用人を近づけない理由は人を隠しているからではないか、と言っていました。僕もブラウと同じ意見です」
「……そうか」
「まだ、本当に人を隠しているのかどうかの確認はできていませんが、ベリル嬢のご両親がベリル嬢の結婚を急いでいる事といい、疑問に思う事が多いので婚約は断ったほうがいいのではないかと……」
「ああ、そうだな。それに、こちらとしては実際に結婚するのは数年後のつもりだったから、ベリル嬢と婚約したとしても、すぐに解消する事になっていただろうしな」
父様と兄様は別の候補者の話を始めた。
二人の皿にはまだ料理が残っていたが、俺はすでに食べ終わっていた。
二人の話はまだしばらく続きそうだと思った俺は、席を立とうとしたが父様に呼び止められる。
「グラナート、自分の話なんだからちゃんと聞きなさい」
俺は父様の言葉の意味がわからずに聞き返した。
「兄様の婚約者の話だろ?」
父様は呆れたような顔をする。
「何を言っているんだ。グラナートの婚約者の話をしているんだよ」
「俺は結婚をする気はないって何度も言っているだろ」
そう言って俺は席を立つ。
「待ちなさい」
俺は父様の声を無視して食堂を後にした。
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