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一章 「泡銭」
煙草
しおりを挟む【泡銭】
どうやら一二三は洋楽が好みらしい。いつも車内は軽快な音楽が流れている。
この人とは音楽の趣味が合わないな。熙はそんな呑気なことを考えながら、静かな住宅街を通り過ぎる。
「ずっと前から思ってたんすけど…。人を案内するときは、せめて助手席に座って欲しいんすけどね」
後部座席で景色を眺める一二三に、熙は憎まれ口を叩く。一二三は「狭苦しいのは嫌いなんだ」と薄ら笑いを浮かべ、そう言ってみせる。
「もう昼か…。熙くん、お腹空いてるでしょ。行きつけの喫茶店があるんだ。寄っていこうよ」
「喫茶店すか?趣味じゃないっすよ」
「そう言わずに。そこ、ナポリタンが濃くて美味しいんだ。奢るからさ」
奢るという言葉に惑わされた熙は、「分かりましたよ…」と最寄りのコインパーキングに車を停めた。
「熙くんはナポリタンにタバスコかける派?それとも粉チーズだけ?」
後部座席から降りてきた一二三は、無味乾燥な質問を投げかけてきた。
「パスタはカルボナーラが好きなんで分かんないっす」
「ひねくれ者だなぁ。あ、案内するよ」
熙は商店街に向かう一二三の背中を追う。
まだ昼間とあってか、商店街は閑散としていた。厭らしい臙脂色のスーツを着た男と長身で派手な男が肩を並べて歩く風景は、実に奇妙なものであった。
「こっち。ちょっと目立たない路地にあるんだ」
一二三は指をさすと、一人しか通れないような幅の狭い路地に入っていく。
「隠れ家ってやつっすか?」
熙が皮肉を込めて問うと、一二三は「そうそう」と適当に流す。
しばらく路地裏を二人で彷徨っていると、一二三は不意に足をぴたりと止めた。一二三にぶつかりそうになった熙は「おっと」と身体を仰け反らせる。
熙が見上げると、そこにはどこか懐かしさを感じさせる古めかしい喫茶店があった。
「えっと、ナポリタン二つに、食後にバナナパフェとホットケーキください」
熙がカウンター席から注文すると、厨房から「はーい」と明朗快活な声が響いた。
「ここは煙草も吸えるし、珈琲も美味い。俺の友達も喫茶店を経営してるんだけど、飲んだら出ていけって言うんだ。酷いよね。俺は客だよ?」
「そうっすね」と適当に流す熙。
「俺はレトロな喫茶店も好きなんだ。流行りに囚われていないのがいいんだよね。古い文化は淘汰されていくけどさ、俺はいいことだと思わないな」
一二三は聞いてもないことをベラベラと喋りながら、能天気にタバコをふかす。一二三はセブンスターを愛煙していた。
よく熙はコンビニにセブンスターを買いに走らされては、銘柄を間違えて、小言を延々と聞かされたものだ。
「一二三さんって、なんでこんな仕事してるんすか?」
一二三の特に意味のない会話を終わらせる為、熙は以前から気になっていたことを訊ねる。
「死ぬまでの暇つぶしだよ。それ以上でもそれ以下でもない」
「…だったら闇金じゃなくてもいいんじゃないんすか?」
一二三は「それもそうだね」と、薄く笑いながらはぐらかす。
「俺みたいなのが、花屋とか似合わないだろ。あと、俺はよくサボテンを枯らすから、植物育てるのに向いてないし」
一二三は分かりやすく話を逸らす。
そういう問題ではないと思うが。熙は敢えて言い返さず黙っていた。
たしかに言われてみれば、一二三の自宅はよくサボテンを飾っていた。
「まぁ、また話してあげるよ」
カランカランと心地よいドアベルが鳴る。一二三が灰皿に煙草を押し付けたと同時だった。
「あ…」
熙と一二三が振り返ると、そこには若い女が立っていた。
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