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洞窟 2

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「――――報告のとおり、おかしな女だな」


 そんな声が降ってきたのは、非常食をもぐもぐ頬張りながら、袋の中身を脇に隠し持とうと画策していたところだった。
 視線を向けると、格子の向こうに先ほど見た小奇麗な格好をした集団がいたので、上げていた腕をそっと下ろし口の中をこっそりごっくんした。

 声を発したのは真ん中にいる細身の男だ。彼自身は武器を身に着けていないが、護衛らしき周りの男たちは腰に剣を下げている。
 目元以外布で覆われているが、こちらに向けられたその目が侮蔑に満ちているようなのは気のせいだろうか。

「カレラス様、ご存知でしたか…」
「ライヒェンの情報くらい入る。魔蟲を飼う頭のおかしい女のことも、お前たちの失態もな」
「………も、申し訳……!」

 カレラスから少し離れた場所でネイダルが項垂れた。それにカレラスが億劫そうに手を振る。

「ビジュールの話では、あの熊の失敗は目に見えていたそうだからな」
「ほほほ…、そうですな。処分する手間が省けましたし、それよりも代わりが手に入ったことの方が大きいですよ」

 ヴェヒターが入っている網を手にした小柄な老人が機嫌良さそうに笑った。
 カレラスがわたしに視線を向ける。

「その頭のおかしいのはどうするつもりだ」
「はい、大人しい娘ですし、魔蟲を手懐ける才を見込み、村で暮らさせようかと考えていますが……」

 そんな才能持った覚えはないが、口は閉ざしておく。

 ネイダルは殺すつもりがないようだ。自由もなさそうだけど。
 なんか心外な評価であったが殺されないとわかって少しばかり元気がでた。
 単純だということ無かれ。誰だって命は惜しい。
 


「ならば絶対に逃げられぬようにしろ。…あぁ、待て」

 つまらなそうに言い捨てかけた男が目を細める。

「そうだ、その娘にこれから何をするのか見せてやろう」

 良いことを思いついたとでも言わんばかりの口調だが、細められた冷ややかなその目に身体が強張る。
 こういう目を向けられたときは大抵ろくでもない目に合う。


「おお!それは良いお考えですな。薬師の端くれならば感動するでしょうぞ!」

 場違いなほど明るく、ビジュールと呼ばれた老人がはしゃいだ声を出した。
 少し戸惑った様子のネイダルが格子を開け、出てくるよう促される。


「…ネイダルさん…」
「シッ、静かに…。カレラス様に逆らってはいけません」

 険しい表情で諭され、仕方なく黙って歩く。
 カレラスたちは洞窟の奥へ続くらしい細道に入っていった。

 一歩進むごとに濃くなる魔素に嫌な汗が出てくる。
 
 やがて、先を行く集団が足を止めた。この洞窟の最深部らしい。どこへも他に道の無い行き止まりだった。

 その空間の魔素は充満しているだけではなかった。
 絶え間なく沸き起こる魔素が大気を揺り動かしている。


「………泉……?」

 わたしの口から、ぽろりと言葉がこぼれた。




「ほう、やはり薬師じゃから見えるのだな?この素晴らしい泉が!魔素を生み出しこの世を満たすほれぼれする光景が!」

 興奮したようすの老人の言葉が耳に入る。
 魔獣の生態について新たに得た知識を披露するときの知人によく似ているなぁと心底どうでもよいことが頭を過ぎった。



 魔生物には謎が多い。
 普通の動物と同じような行動をとる個体もあれば、狩りも群れもまったく異なるものもいる。
 普通の動物などに魔素が宿ったという説もあれば、空気中の魔素が凝った結果生まれるという説もある。
 そして、魔素の泉から生まれるという説もある。

 魔素の泉とは、大量の魔素を生み出す場所を指しているという。
 

 わたしの目には、小さな部屋の中央部分に白く輝くような場所があり、滾々と沸き出でる魔素が大気を動かしているように見えた。
 
「シュタネイルは元々魔素が集まりやすいか、魔素の泉が発生しやすい条件が揃っていたのでしょうな。他にも何か所かそれらしき痕跡が見られましてな。泉の発生によって長らく地質に影響を及ぼし魔石の鉱脈ができあがると儂は考えました!他の場所では見られない現象……まさしく魔素の泉が為せる神秘!」

 老人の言う通りに、目の前の現象が正しく魔素の泉であるのかどうかはわたしにはわからないが、少なくともそれ以外に説明の付けようがない現象だということだけは理解できる。

「掘りつくされた鉱脈も、こうして泉が存在し続ければまたいつかまた生まれるでしょうて。まぁ、少なくとも今生きている者がそれを見ることは叶わないでしょうが」

 横でネイダルが目を伏せた。
 ネイダルの屋敷はとても立派だった。
 狩りを主流にする小さな村としてはそぐわないほど。
 街道沿いに寂れてしまった建物に人がまだ溢れていた当時は、きっと違和感なく馴染んでいたのだろう。

 仕方のないことだ。
 欲のままに掘りつくした魔石。
 寂れる村。
 落ち目な領地。

 老人の言う通りならば、時に委ねるほかなく、やがて来たるそのときに生きている誰かがひとときの富を手に入れるのだ。
 まるでそれが神の御心かのように。


 

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