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 ナナミは命を何とか持ち直した。意識不明のままだがギリギリのところで何とか大丈夫だったらしい。とにかく無事でよかった。病院の面会時間ギリギリまで付き添っていた。
 タイムリミットが来て2人が住んでいるマンションに帰った。そこには遺書が残されていた。
「罪悪感に負けた」と、書いてあった。「ボクが仕事を疎かにしていることをナナミが責められた。カタリの赤ちゃんを横取りするのはおかしいと責められた。ボクと過ごすともっとと求める貪欲さに嫌気がさした。」


「ボクは傷つけていたのか」

 ポタポタと涙が溢れた。ナナミには幸せを貰ったから幸せになって欲しかった。

「ボクがナナミを         」


 そこでプツンと意識が途絶えた。









「大丈夫ですか?」

 次に目覚めるとナナミに話しかけられた。見た目も声も動きもすべてナナミだ。

「ナナミ!無事だったんだね」

 思わず肩を掴んだが、ナナミは変な顔をしていた。

「ナナミは俺の叔父さんです。人違いです」

  ナナミは元気になったのだと思った。だけど人違いだった。誰かと思って校内を歩いていると大学祭のポスターが貼ってあった。そこにはMomoとマテオというアイドルの握手会が開催されるとのことだった。
 自分の研究室に戻ると書きかけの日記が開いてあった。日記を書く習慣などなかったのにとそのページを読んでみると18年の時が経っていたこと。ボクがサトリという人格になったこと。ナナミは死んだこと。生まれた子どもはツヅリと名付けられたこと。ツヅリの写真も挟まっていた。ボクに似て可愛かった。あとは日常のことを、事細かく書いていた。


「ナナミ、死んじゃったんだ…。それにボクの子育てもできなかった」

 絶望しかなかった。もう何もやる気が起きない。代わりにサトリに生きてもらおうと思ったがなぜか表に出てこなかった。何もやる気がなく研究室でボーッと過ごしていた。

 ある時窓の外から騒がしい声が聞こえた。…文化祭か。ぼんやりと眺めているとツヅリが歩いていた。
 かわいい。我が子が生きている。久しぶりの感情だった。ナナミに出会った時の気持ちだった。愛しい我が子。全てを投げ打ってでも守りたい。でも、会いに行ってもいいのか。また不幸にするのでは、そう思って駆け出しそうになるのをやめた。そういえば講座があった。それに行こう。その後に我が子に会いに行こう…そして今に至る。








 長い昔話を聞いて驚くことばかりで私の顔は青ざめていた。やはりツムギさんが表に出てくるトリガーはモモトセだったのだ。
 横にいたアースィムが私を支えてくれていた。言葉を失った私の代わりにアースィムが話してくれた。

「ナナミさんは誘拐されたわけじゃなかったんですね」

「…でもボクが独り占めしていた。みんなのアイドルを。ナナミは何故か仕事も無断欠勤していた」

 ツムギさんは反省していて、ただただ落ち込んでいた。ナナミさんの死が受け入れられていないのだろう。

「ボクが殺したようなものだろう。だから誰かボクを裁いてくれ。…もう疲れた」

「…いろんな人を誘拐したのは誰ですか」

「……学長だ」

 学長ということはマテオ・ホワイトさんの父だ。話が一点二点して一体誰を信じていいかわからなくなってきた。頭が真っ白になっているとドアから誰かが入ってきた。と、同時にアースィムは私のことを庇うように抱きしめた。この部屋に入ってきたのはハッカイさんだった。

「えらい、久しぶりやなツムギさん。話は聞かせてもらったで。モモトセのこと見て目覚めたんやろ?ど?うちの息子。愛しい愛しいナナミに似てるやろ」

 ハッカイさんはキツネのような顔つきで貼り付けた笑顔でツムギさんに近づいていた。

「ハッカイ、今起こっていることはもしかして」

「ストップ。ホンマはツムギさんと一緒にカタリさんをヤろうと思ってたけどやーめた。さっきの話聞いたら悪いのってカタリさんだけやんか」

「もしかしてナナミを殺したのはカタリかい」

 ハッカイさんは言葉を発しなかったが、嘲笑を浮かべていた。これは肯定だろうとツムギさんは頭を抱えていた。

「なんて事だ…どうして」

「アンタは誰に対しても中途半端に接しすぎたんや。カタリさんに対してもナナミに対しても。その報いやな。ってもツムギさんはナナミを救ってくれようとしてたみたいやし、特別に許したるわ」

 アースィムと私はただ息を潜めてじっとしていることしか出来なかった。

「ハッカイ、ボクは責任をとるよ。ツヅリの未来のため、カタリのしたことを兄として責任を取るため、愛しいナナミのため」

 ハッカイさんはハハと笑いええやんと言った。

「ほんならまずは学長先生が集めてるハイスペック人間どもをアンタのオーダーで使いもんにならんようにしといてくれ。ほんで、それから遺伝子組み替えの技術は永久に無くなるようにしてくれ。全てが終わったら最後にカタリと共に死んでくれ」


「わかった。遺伝子組み替えの技術は国の所有だから、そこはなかなか難しいかもしれないが話は通しておく。期待しないで待っておいて」

 ツムギさんは私の方へきておでこにキスをした。

「ツヅリ、生まれてきてくれてありがとう。ボクはツヅリが生まれた時が1番嬉しかった。何もしてあげられなくてごめんね。愛してるよ、幸せになって」

 ツムギさんはアースィムに頼んだといいこの部屋を去った。

「…ハッカイさん、いいんですか?信用しても」

 アースィムはハッカイさんが研究室にある遺伝子組み換え情報の文献を物色しているところに話しかけた。

「んー?ツムギは大丈夫や。あいつは嘘がつけれへん。昔からな。それに言ったことは必ずやり遂げる。はぁ~これでひと段落やな。ワシのアンドロイドも作りかけやし何かのリサイクルにするかな」

「結局1番悪いのはカタリさんだったんですか」

「そうやな。学長もチャームで操ってる。動機は知らんが人を虐殺しようとはしているみたいやな」

 ハッカイさんは私のところに来て優しく微笑んだ。

「今まで生かしといてホンマよかった。ツムギの父性がツムギの正気を保ったんやな。カタリは恋に生きる女やからぶっ壊れてたけど。ほんならアースィム、約束通りツヅリは君にあげるわ。モモトセには言い聞かせておくから、ほんなら」


「モモトセは、モモトセはどうなるのですか?」

 それまで何も発言できなかったが、モモトセと引き離されると思うと身が引き裂かれる思いだった。

「またナナミやツムギみたいになっても困るし、利用し終わったからどうしよう。また駒にでもするかなぁ。まぁアイツはワシの言うとこよう聞くからな」


 ハッカイさんはヒラヒラと手を振り研究室から出て行った。



 


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