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零
しおりを挟む生まれた時から俺の運命は決まっていた。人とは違う容姿に生まれた。俺の人生はこの世に生まれてから成人するまで決められていた。
うちの家は代々芸能に携わってきた家であり、容姿が優れていることは勿論のこと、絵画や音楽方面で力を発揮してきた家やったという。
しかし地球環境の大きな変化や時代の流れと共に脈々と受け継がれてきたものが無くなりそうになっていた。今の30X X年は人口減少が進み、暮らし方も変わってきた。生まれてくる子どもを遺伝子レベルで希望通りにできる技術があった。今は重複婚も認められている。そこで父は沢山の女性と婚姻を結び沢山の子どもを作ったのだ。父の才能と選ばれた優秀女性との優秀な子どもをたくさん作ったのだ。
俺はその中のうちの1人。特に容姿が優れており、芸能の道へ進むことを決められていた。1日のタイムスケジュールが組まれており、自由時間などなかった。しかしそれを不幸に思ったことはない。俺が頑張れば幸せそうに褒めてくれた。毎日美しいと褒めてくれた。父の期待に応えるのが生き甲斐であった。
そんなある日、今日は遠出をしようと父が誘ってくれた。ゆっくりと父と共に過ごせる事に喜びを感じた。箱型移動車に乗り世界は広いことを知った。見たことない生き物や植物を見ては感嘆していた。
そうこうしているとものすごく高い位置で浮いている島が見えた。ドキドキしながら無重力スペースの台に立ち上へ登っていった。
浮いている島に着いた瞬間どんと背中を押された。目の前には大勢の大人が待ち受けていた。父は無重力スペースから離れずそこから俺に話しかけた。
「お前は選ばれた人間や、モモトセ。お前はな、こことは違う選ばれた人間のみが行けるところへ行けるんや。お前はお前の生まれた意味を果たせ」
「何で、そんな嫌や!!置いていかんとって、なんでなんでなんで…」
俺の悲痛の声は届かず、所謂“芸能区”と呼ばれる地域にわずか5歳で放り込まれた。ここでも同じように食事制限、トレーニングなど全てを徹底的に管理されていた。ここは仲間と呼べる人は1人もおらず、みんなが他人を蹴落としあっていた。外との連絡も閉ざされ幼い子どもには過酷な環境であった。
俺は歌は下手、ダンスも下手、訛りもなおらない。演技もダメ、トークもダメ。ここに居るためには優秀でいなければならないのに、どんなに努力しても実を結ぶことはなかった。
ここに居る大人は口を揃えて「この出来損ないが」「本当顔だけね」「その喋り方どうにかして」「本当にあのクゼ家なの?」と、そう言っていた。本当に何のためにここにいるんやろうか。
何度も逃げ出そうとしたがその度に連れ戻され父に励まされ、幼い頃のように父に褒められたい一心でまた頑張ってみようと何とか踏みとどまっていた。
それからは俺は綺麗に整えられたお人形やった。14歳の時アイドルとして活躍の場が設けられた。心を殺して、ただ言われた通りにしていた。
ダンスは遠隔システムでダンサーの人と動きがリンクするようにされていた。歌も別の人が歌った。なので仕事も限られていた。MVも人形のように操られておしまい。他のメンバーは全部自分でやっているのに、俺だけがひどく恥ずかしかった。
ここまでしてアイドルをする意味はあるのだろうか。そう思いながらライブを行った。パッとステージのライトがついた時、そこから見える景色はただただ綺麗やった。俺たちを見るお客さんの顔が宝石のように綺麗だった。俺たちのパフォーマンスをみて喜んでいる。
それだけで胸が躍った。それと同時に酷く恥ずかしく絶望した。俺は“お人形”だったのだ。
こんなニセモノを見せてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいになった。せめて自分の力で何かできないかとレッスンを増やし、自分の力を試してみたいとプロデューサーに交渉してみた。しかし全て受け入れられず、お人形を続ける毎日が続くだけであった。
そこからみるみる体調が悪くなっていった。無理に神経を動かしていたのが良くなかったのか、自主的にトレーニングをしたため体に余計な負荷がかかったのか、体中が痛くなり神経の病気が発症し動くのが難しくなった。
16歳になった。アイドルは18歳で一旦引退となり、それ以降は俳優や歌手、タレント、その他の職業へ就くことになる。デビュー出来なかった人もここで打ち止めということなんやろか。
あと2年か…。あと2年耐えれば自由になれる。あと2年しか、あのキラキラしたステージに立てない…。矛盾した気持ちを抱えながらひたすら療養に励んでいた。
辞めたくても辞めれないのは父からの言葉に縛られていたからやと思う。応援してくれている。父に認めて欲しいという思いが強かった。
休養に入って半年。体調も良くなりリハビリをしようと思っていた頃、珍しく父が会いにきてくれた。
「お、お父さん。お久しぶりです」
緊張した。褒めてくれるかな、心配してくれるかな、叱咤激励してもらえるかな…何にしても前向きな言葉を貰えるものと思っていた。何度かダメになりそうな時も応援していると言ってくれた。今回もきっとそうやと思っていた。
「…モモトセ、もうええ」
「え?」
「もうええって言ったんや代わりはいくらでもおる。お前はもう頑張らなくてええ。もう用済みや」
「……用済み?」
父が何を言っているのか分からなかった。あんなに応援してくれていたのに、それを信じていたのに、どうしてそんなことを言うんや。
「お前みたいな出来損ないを一時でも舞台に立たせてやったんやから感謝してほしいわぁ。まぁそれなりに家の役目も果たしたし、14歳から16歳の短いアイドルっちゅーのも儚くて人の記憶に残るしな。これからは自分の好きにしたらええ。生きても死んでもどっちでもええ」
舞台に立たせてやった…?ということは外見さえも認められていなかったということや。俺は評価されてデビュー出来たのではなかった。
他と同じように努力していた同志を知らないとはいえ踏み躙って、他人の能力を借りてのうのうと誰もが憧れるステージに立っていたのだ。
父は俺がどうしたいのか答えを言うのを待っていた。“出来損ない”という言葉が胸に刺さってじわじわと痛めつけていた。
「好きに…そしたら帰りたい。家に帰りたいねん」
気づいたらそう口にしていた。訳もわからず、この人に決められた人生を長い間過ごしてきたのだ。後の人生の責任をとって欲しい。父の言う使命は果たした。親子としての穏やかな生活をしたい。一抹の願いを込めて父に気持ちを伝えた。しかし俺に向けられたのは父の冷たい眼差しと受け入れ難い事実だった。
「はぁ?何言うてんねん。お前はただ家の伝統を守るための人形やねん。もう儂にはちゃんとした家庭がある。好きな人と結ばれたんや。何でそこにお前なんぞ入れたらなあかんねん」
俺は父が何を言っているのか分からなかった。なんでなんでなんで…。俺たちも家族じゃないのか。父が発した言葉を受け入れることが難しかった。俺はこの世に必要なかったんや。生きる意味を果たしたらもうお終い。もう終わってしもうた。じゃあ、じゃあ…
「じゃあ俺はどうしたらええの?」
はぁと長いため息をついた後、一枚のカードを渡してきた。
「さっきも言うたけど好きにしたらええ。自由に生きたらええし、何もすることないなら死んだらええ。まぁモモトセが稼いだお金は渡しとくわな。そんなもんなくても困ってへんしな」
段々と思考がうまく出来ナクなっテきていた。
おれはめのまえにおかれたカードをただぼうぜンとみつめることしかデキなかった。
「なんならお前の母親にでも泣きついてみてもええんちゃう?あいつは外見だけはええからなぁ~。まぁ歓楽区で商売しとるから体も心もめちゃくちゃやろうけどな」
なにがおもしロイのかわかラないが、きたなイわらいごエでなにかをいッていた。
「しななきゃ」
しぜんとでたことばだった。いきるいみはなんだろう。ジユウということばがやけにコドクにかんじる。
「そうか、それならそうしたらええ。お前の自由や。ほな」
ちちはそこからサッた。とくにおれにきょウミなどなかっタようや。いちドもふりむカズそのまマさっていった。ちちがヘヤからでたあと、からだカラちからがぬケルようやった。
そこからはじぶんがどのようにしていきていたかおぼえていない。
ただしのうとおもってこうどうしていた。
「しなないと…しなないと…」
だっていきてたっていみがない
だれのやくにもたたないから
がんばってもいみなかったから
なにもできないのにいきてたって
たいせつなしげんをしょうひするのみだ
でも、
でもほんとうはいきていたい
「結婚でもしてみますか?」
目の前にはかつてのマネージャーがいた。
「けっこん?」
もうしんでしまうのに、そんなこと必要なのか、おれがそういう顔をしていたことを無視して元マネージャーは話を続けた。
「ええ。恋愛、結婚は相手を自由に選べることが原則ですが、子どもを増やすために一応遺伝子レベルで相性のいい人とお見合いやお試し同棲期間を持てるという制度があります。もちろんお互いの同意が必要ですが、貴方ならきっとお相手も好きになってくれますよ」
「…見た目がええから?」
「それは否定しませんが、何より貴方は誠実です。ファンに対してとても誠実でした。だから愛されていたんですよ。その事には自信を持ってください」
「…ほんとにそうなんかな。でも…」
どうでもいい。それが正直な感想だった。ファンのことだって舞台で見せていた俺は本当の俺ではない。そんな偽物の俺を好きになってくれたなんて、本物の俺では幻滅されてしまう。こんな俺に愛されたって嬉しくも何ともない、ただ可哀想なだけや。俺だってもうこれ以上傷つきたくない。
でも、もしかしたら愛してくれるかもしれない。俺も愛おしいと思うかもしれない。そんな些細な願いが仄かにうまれこれ以上拒否しようとは思わなかった。
「……では手続きをさせていただきます」
そうしてとんとん拍子で決まっていった。どうせ俺の見た目が好きやったんやと。それかものすごいモノ好きか、そう思っていた。
芸能区の入院先から荷物を持って居住区へきた。2人で生活を始めるために動かなかった体のリハビリをしなんとか日常生活を送れるようにまでは整えてきた。俺が知らないうちに新しい家も建てていたらしい。
ここには芸能区にあった最新の設備などなく、古民家と新しいアパートが混在するなんとも不思議なところやった。川があり自然があり、畑もある。穏やかな雰囲気がそこにあった。居住区入り口の花畑の前に黒髪長髪の女性が立っていた。こちらに気づきパタパタと駆け寄ってきた。
「初めまして。ツヅリです。苗字は孤児のためありません。教養もなく、不釣り合いかと思いますが、せっかくの縁ですので一度で会ってみたいと思いました」
その女性は花が咲くように笑った。とても綺麗だと思った。しんだように生きていたため何も感じることはなかったが、この一瞬は胸がざわついた。
「不束者ですがよろしくお願いいたしますね」
彼女はそう言うと深くお辞儀をした。
俺はこの時の感情がどういうものかわからなかった。ただ自然とこの出会いは必然であったのではと本能的に思ったのだった。
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