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竜胆颯の遺言
しおりを挟む遺言書といってもこれはほぼラブレターみたいなものだ。菫には決して見せることはない。
強く生きようと思い、決意の表明として書き残すことにした。
僕は高橋菫という女性に惹かれた。今思えば初めて見た時からずっと好きだったのだろう。
中学部の時、彼女を初めて見た時に胸がドキンと小さく音を立てた。
単純に見た目が好みだったのかなと、それくらいにしか思ってなかった。
それから見つけるたびに目に焼きつけた。いや、勝手に目が彼女を追っていた。どこにいても彼女だけハッキリ見える。声が特別大きく聞こえる。
存在を見つけるたびに気になった。そして同時にイライラしていた。
女の子は可愛い。でもどうしても竜胆の名前が、接する女の子達に下心を抱かせた。そんな事は仕方がないのだ。どうしたってそう見てしまう。
でも彼女は違った。特別扱いしないのだ。それも僕だけじゃない。彼女にとって他人はどうだって良さそうだった。
だから平等に優しくできる。特別な人がいないのだ。
彼女の特別になりたい…。その想いだけが膨らんでいった。
中学部の時は話しかけても無視されていた。意図的に無視していたわけではないのだろう。耳に僕の声が入っていないのだ。
だけど一度だけ話しかけてきたことがあった。
竜胆さんと声をかけられた時心臓が跳ねて、その後うるさくなっていた。なに、と返事するとチョコレートを渡された。
そうだ、今日はバレンタインだった。と、いうことはもしかして僕のこと……。
無駄な期待だった。頼まれたものを渡しに来ただけだった。そこからだ、ずっとイライラして、変わらない顔を崩したいと思ったのは。
こんな醜い感情はとても好きだなんて思えなかった。気に食わない。でも手に入れたい。
胸が引き裂かれたように痛かった。
高等部に上がり、少し冷静になった。ムカつくなら仕返しをしよう。
嫌でも視界に入って彼女の世界に無理やり入ってやるのだ。
彼女は無駄に親切だった。きっとそれを自然にやってのけるのだろう。人柄なのだ。
だから前は見ていたり、控えめに話しかけるのみだったが、彼女に助けて役にたったという満足感を与えるためにわざと体調が悪いふりをした。
そうして触れてくれる手が嬉しかった。僕に向けてくれる言葉が嬉しかった。
実際姉さんは体調が悪いので、別に不自然なことはない。
そこからは思い通りに僕を認識してくれた。少しずつ、少しずつ近づいて…。
菫って呼べるようになった頃。姉さんが菫に接触した。また横取りされるという焦りがあった。
でも、菫は気づいてくれた。姉さんと僕は違う人間だと。他の誰も気づかなかったのに。
なんとも言えない満足感があった。
そして欲が出た。僕を知って欲しい。僕を受け入れてほしいと。
でも無理に手に入れても傷つけるだけだと思って何も出来なかった。
もらったハンカチにキスして寂しい気持ちを紛らわせていた。
姉さんが死んだ。その時のことはよく覚えていない。ショックが大きかった。病状の説明を主治医から聞いていたが、どうしても受け入れることができてなかったのだ。
そして両親のあの態度。菫の婚約者の存在。心が酷く疲れて壊れそうだった。
僕は菫が欲しかった。顔を見たらきっと少しは気が晴れると思い、それだけで部屋に戻ろうと思ったのだが、思ったより疲弊していて倒れていた。
目が覚めると菫のベットだった。固く閉ざされていた扉の中に入った気持ちだった。ふわりと彼女の香りがしてどうしようも無い気持ちになった。それに露出の多い部屋着で、あんなに凛として隙のない菫の無防備な姿を見て酷く興奮した。
それからは欲望のままに彼女を抱いた。すごく満たされた。見たことのない顔、誰も知らない声。それを知っているだけで心に空いたものが埋まっていく気持ちだった。
でもどこか虚しさもあった。きっと同じ気持ちじゃない。
体だけでも繋ぎ止めようとして何度も抱いた。乱れる菫を見ると嬉しい反面苛立ちもした。誰にされてもそうするのかもしれないと思っていた。
婚約者の創士君に嫉妬した時に菫は僕の幸せを願っているような発言をしていた。
僕の勘違いだ。そう思うのに淡い期待が生まれた。もしかして、同じ気持ちになってくれたのかもと。
「好き」という言葉を菫から貰った時に僕の心のイライラが恋に変わり溢れ出した。
好きだという言葉を交わしてしたセックスは1番気持ちよかった。心も身体も満たされた。
愛しいと、そう感じた。
僕には菫を幸せにする力はない。でも出来ることは全てやるつもりだ。
たとえこれから嫌なことがあっても絶対に菫を少しでも笑顔にしたい。毎日好きだと言いたい。守りたい。
たとえ叶わない未来でも願わずにいられなかった。
好きだよ、菫。君のためなら僕の全てを捧げよう。君が笑うなら僕も笑う。君が泣くなら僕も泣く。君がしんどいなら、僕もしんどいのを貰えるように努力する。君が死ぬなら僕も死ぬ。
これは決意と誓いだ。
✴︎✴︎✴︎
「凪さん、悪魔は祓いました。……あら、まだ人の姿を保っているわ?どうして?」
僕のシスターのマリア様が焦点の合わない目で無惨な姿の菫を見た。
こいつは午前中の休憩時間に渡したお茶の中に睡眠薬を入れていた。ぼんやりする意識の中午後の公演をしていると本当にキスされた。この世で1番最悪なキスだった。
「それ、かせ」
マリア様…このマリア様だった何かから刃物を奪った。その何かは無反応だった。壊れてしまったのだろう。
「おい、竜胆さん!何をする気だ」
お付きの人か何かに捕らえられた創士君はこれから僕がする行動を予測してか、阻止しようと声をかけてきた。
「お前に任せた僕が馬鹿だった。せいぜいそこで指を咥えてみてろ」
意識が無くなり呼吸が浅くなった菫も側に寄った。あのクソ女に刺されたのなんて許せない。僕だけのすみれなのに…。血が溢れ出ていてもなお綺麗なままだった。
でも、この可愛い体に刃物を突き立てるなんてとても出来なかった。
僕の中には実りもしない愛が生まれていたからだ。
「ねぇ菫。僕たちは何か悪いことしたかな?ただ好きあってただけだよね?そうして身体をつなげている事がとても自然なことのように僕たちは一緒にいるのか当然だったんだ」
聞こえていないかもしれないがどうしても愛を囁きたかった。
「君のおかげで愛を知れそうだったけど、もうタイムリミットみたいだね。ここでは幸せには出来ないだろうからちょうど良かったのかも知れないね」
そう言って薄く開いた口にキスをした。いつもより冷たくなっている気がした。
「だから僕を永遠に君のモノにして?一緒にそっちにいけば誰にも邪魔されず、ずっと2人きりでずっと一緒にいられるよね…」
菫の力の入らない手に刃物を持たせて一緒に握った。それを僕の心臓を突き刺した。
ジワリと痛みを感じたが嬉しさの方が勝っていた。
だって、もう何も心配しなくても僕たちの恋は美しいまま永遠のものになるのだ。
「すみれ、…だい…す…き。僕も…君だけ…だ」
2人の美しい恋の物語はここから永遠に2人の世界の中で続いていくのだ。
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