わたしの竜胆

こと葉揺

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裁き

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 うちの学校の文化祭が始まった。午前中はクラスのお化け屋敷の手伝いと部活の手伝いで、午後からは創士君と一緒に見て回る約束をしていた。

 颯は一日中劇に忙しいらしく、一緒には過ごせないそうだ。…少し残念だが、仕方ない。


「菫ー!受付お願いできるー?」

「わかったー。任せて」

 クラスの方にいる時に友人からお願いされて受付担当をしていた。
 今のところ怪しい動きもないし、変な視線もない。

「お姉ちゃん!ヤッホー」

 妹が友達を連れて遊びに来てくれた。

「ご機嫌よう、でしょ?皆さん、ご機嫌よう。いつも妹と仲良くしてくれてありがとう」

 妹の友人たちは妹のように明るく可愛い子ばかりだった。はしゃいでお化け屋敷に入っていった。

 父と母は来ているはずだが姿を見ていない。どこに行ったのだろう。
 兄は相変わらず大学生活中心でこちらには興味がなさそうだった。

「菫」

「創士君」

 どうやら1人で来たようだ。周りに知らない女の子が少し群がっていた。

「助けてくれ…なんかいっぱい寄ってきて…俺、女の子の扱いよくわかんなくて、怖い」

「そんな!創士君って昔からのモテてたじゃない」

「今そんなこと言ってる場合じゃなくて…」

 両手に女の子がしがみついていたがそのままお化け屋敷の中に案内した。


 そろそろ部活の方に行く時間になった。次の受付係の子にバトンタッチし、部活の販売の方へ向かうことにした。




✴︎✴︎✴︎



 園芸部の販売所は1番外れの場所であまりにも人が少なかった。私しか歩いていないのでは…というレベルだった。
 しかし少し前に綺麗な女性が佇んでいた。あの人は、颯のお母さんだ


「あら、貴方は…」

 避けようとしたが流石に難しかった。ここで無視する訳にもいかないので話をすることにした。

「お久しぶりです。竜胆さんのお母様ですよね?いつもお世話になっております。どうかされました?」

「お告げを聞いて…足を運んでみたのだけど、何もないの」

 目の焦点が合ってなかった。笑顔なのにどこか狂っているように見えた。…怖い。

「園芸部の出し物がこの辺りにあるので見ていかれますか?」


 そう質問してみたが、無視された。1人で話を始めたのだ。

「凪さんが死んで、スペアの凪さんになったのだけど、どうやら教祖様のお怒りを買ってしまったの」

 颯のお母さんはゆらりと体を揺らして私の方に敵意を見せた。

「貴女と悪いお付き合いを始めたあたりからよ。わたくしは、竜胆家と高橋家の血の繋がった子どもができればそれでいいと思っていたから容認していたのだけど、どうやらそれもダメみたい」

 もしかして、颯のことを認知している。私との関係のことも知っている…。まずい、これは思っていたより事が大きいかもしれない。

 私は少し逃げ腰になりながらも颯のお母さんに聞いた。

「どうして彼を子どもだと認めてあげないのですか」

「認めてはいるわよ。先程も言ったけど、凪さんのとしてね」

「…それがおかしいんです」

「なぜ?それは貴女が決める事じゃないでしょう」

 話が通じない。どうしたって颯は颯として生きれないのか…。

「すみれっ!」

「創士君っ…」

「何であのままほっといたんだよ!酷いなぁ…。あ、こんにちは。すみません、お話中に」

 正直助かった。颯のお母さんはなにも凶器は持ってなさそうだったが殺されるのではないかと思うくらい怖かった。
 私が震えているのに気がついたのか私の肩を抱いてくれた。

「あの、調子悪そうなんで連れて行きますね」

 颯のお母さんはクスクス笑っていた。その顔がとても颯に似ていて血のつながりを感じさせた。



「可哀想に、もう終わりなのに」




✴︎✴︎✴︎


「やっぱり危ないな」

 文化祭の休憩室に来ていた。どうやら今は催し物などが活発な時間で誰もいなかった。お茶を飲んで少し休憩して気持ちも落ち着いた。

「ありがとう。正直怖かった…」

「あの人は誰?綺麗だけど不気味だったな」

「…知らない人」

 変に伝えてまた創士君に被害が及ぶことだけは避けなければ…。

「ごめん、昨日の忠告本当にありがとう…」

 まさか母親の宗教まで絡んでくるとは思っていなかった。やはり、どこまでいってもこの恋は不毛なのだ。

 せめて、颯には何もない事を願うのみだ。今日は流石にマリア様と一緒だし、劇をしているだけだ。そんな物騒なことは起きないだろう。

「…じっとしとくのも何だし、まわる?俺がいるし、大丈夫」

 創士君は明るい笑顔で連れ出してくれた。



✴︎✴︎✴︎


 ちょうどロミオとジュリエットの講演時間だったため2人で見にいった。

 ジュリエット役の颯がすごく綺麗だった。こうして綺麗に化粧して着飾ると彼の母親に似ていた。


「あぁ貴方はどうしてロミオなの…」

 とても美しかった。儚くて消えそうだ。私は見惚れていると創士君はぎゅっと手を握ってきた。


 創士君と目が合った。その目は…知っている。嫉妬だ。薄々感じていたが創士君は私のことを……。


 キスシーンにうつり思わず目を瞑ってしまった。きっと本当にはしていないのだろうが、あまりみたくは無かった。
 ガタンと舞台から大きな音が出たがすぐに静かになった。演出かもしれないが少し違和感を感じた。


「あれ、本当にキスしてないか?」

 創士君が耳打ちしてきた。聞きたくないことをわざわざ言うなんて意地悪だと思ったが、颯の顔を見るとあまりにも顔色が悪かった。


「なんか…おかしく、ない?」


「…おかしいな。元々色白だけど、唇も青くなってるし様子がおかしい」

 劇も終盤に入っており、誰もが何も行動しなかった。駆け出したい気持ちがあったが創士君に止められた。ここで派手に動くのはよくないと、確かにそうだ。でも気持ちは焦っていた。
 
 嫌な予感しかしなかった。





✴︎✴︎✴︎


 劇が終わって颯のところに行こうとすると呼び止められた。マリア様だ。
 いつものように薔薇の香りがする。

「高橋さん、ご機嫌よう。ちょっといいかしら」


 創士君には目配せして近くに待機してもらうようにお願いした。

 昨日颯とした約束を忘れるほど焦っていたのだ。






「……え」 


 そこには私たちがキスしている写真がばら撒かれていた。キスだけでなくセックスしている写真もあった。これは明らかに私の寮の自室からの盗撮だというアングルだった。

 奥には気を失っている颯がいた。

「っはや……竜胆さん!」

「これはどういうことなの?」

「……」

 何と答えていいかわからなかった。

「みんなの凪さんってことだったでしょう?」

 少しずつ距離を詰められて思わず足がすくんだ。

「ねぇ、私はずっと凪さんに想いを寄せてたの。何度も抱き合った……。好きだとは言って貰えなかったけど。でも私たちは“シスター“で繋がっていたの。永遠の絆。決して離れることない強いつながり」

 壁際に追い詰められた。手には刃物を持っていた。

「どうしてそれを邪魔するの?」

 目にはもう光が無く嫌悪の眼差しのみ向けてきていた。


「私、凪さんのお母様が信仰している宗教の教祖の子どもなの。だから、父に欲しいとお願いしたわ。そしたら…」

 マリア様は刃物を待っていない方の手で頭を抑えた。

「すでに誰かのものになってたなんて…しかも男の子になっちゃってるなんて、悪魔の仕業です。貴女が性行為なんてするから悪に堕とされたのです」

 刃物を私の顔スレスレに突き立てた。髪の毛がパラパラと床に落ちた。
 言ってることの意味がわからなかった。凪さんと関係を持っていたが、いなくなった事の事実を受け入れられていないのだろうか。凪さんと颯は別の人ということをわかっていないのか。

「これは正当なです。せめてもの救いに一思いにイカせてあげましょう…」


 ぐさりーーーーとお腹に鈍い痛みと熱くて焼けるような痛みがあった。

「後のことは私にお任せを、男性ということは伏せて必ず凪さんを幸せにしてみせます」


「あ、あああああっ…」

 刃物を捻じられ、その後抜き取られた。血が噴き出て力が抜けた。

 視界の端に創士君が見えた。創士君は大勢の黒い服の人に羽交い締めにされていた。
 助けてくれようとしたのだ。


「そ、…しくんありがと…」

 私は死ぬのか。体が悲鳴を上げていた。わからなくなるようにのたうち回るような痛みがぼやけていく。
 しかし、私さえ死ねば颯はきっと無事だ。何か嫌なことはあるかもしれないが、生きていればなんとかなる。兄も親も創士君もきっと助けてくれる。

 良かった。最後に自分自身の矜持を尽くせたのだ。


 意識が遠くなる……。颯が重たい体をなんとか動かして私の方に来てくれていた。


「は、やて……ずっとずっと…….」



 あなただけに恋をしている。この気持ちは永遠。
 でも恋には終わりがある。恋から愛に変わるなんてとても出来ないくらい恋に堕ちてしまった。私はこの気持ちを愛に変えることは出来ない。

 私たちはただ恋をして想いをつなげただけなのに、それを続けると不幸になる人が多すぎた。
 好きな人と想いあっているだけなのに、それが罪になるなんて思いもしなかった。

 でも、生きていればきっと颯を愛してくれる人がいる。幸せにしてくれる人がいる。だから…




「菫、どうして…どうして」

 颯の嗚咽が聞こえた。泣かないで、大丈夫。

「はや、て、すき……ずっとすき…だから、わたしを…わす…れて」



「いやだ…嫌だ………」

 
 最後に見るのが颯で嬉しい。
 泣き顔が最後なんて少し残念だ。

 でも私は悲しんでいる貴方に強く惹かれたのだと改めて思い知った。
 
「す、き………だい…すき、颯」





 ここで終われるなんて颯のもののまま死ねるなんてこんな幸せはない。
 満ち足りた人生だった。私だけの颯。






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