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学園の花
しおりを挟む私は特徴のない人間だった。強いていうのならば人に親切にするという矜持を持った人間であった。
大手企業の部長の父に有名料理教室の講師の母を持ち、国立大学法学部に進学した兄と、地元の公立小学校に通う妹がいた。
私は有名私立お嬢様女子校の中等部に入学した。寮は今改装、造築工事中らしく私が中等部3年になる頃に工事が終わるのだそうだ。工事が終われば寮に入る予定だ。
入学式を終えて新しいクラスにドキドキしていた。幸いな事に同じ小学校からの友人も居て、生活に困りそうになかった。
オリエンテーションの後に新入生歓迎会があった。中学部の先輩方がお茶会を開いてくれる。大きなホールで立食パーティーをした。あらかじめ学年はバラバラで席を決められていた。
「ご機嫌よう。あなたが高橋菫さん?」
「ご機嫌よう、先輩」
どうやらこの先輩が私の“シスター“だった。シスターとは先輩が後輩とペアを組み学校生活のお世話をするというシステムだった。これは昔からの伝統であり、形式的に受け継がれていた。
「まぁ、マリア様のお相手はあの竜胆さんって子らしいですわよ」
グランドピアノの近くはシスターの中でも特に優秀な生徒であるマリア様がお茶をしていた。かつてはマリア様は模範的な生徒に与えられる称号であったが今は生徒会長の意味らしい。
マリアさまの横には黒く長い髪で可憐な印象の綺麗な女の子が立っていた。あの子は入学当初から噂の“竜胆様“だった。先輩方に囲まれても堂々としていた。
彼女の第一印象はこんな感じだった。
✴︎✴︎✴︎
入学してから3年経ち、高等部に進学した。入寮し生徒数の関係で1人部屋を使っていた。今日は園芸部の水やりがあり早めに登校していた。すると下駄箱で誰かが倒れていた。
「大丈夫ですか?」
そこには“学園の花“と呼ばれるようになった竜胆凪が倒れ込んでいた。いつ見ても見惚れる綺麗な長い黒髪がサラリと揺れて髪の隙間から綺麗な藍色の猫のような瞳が私を捉えた。顔が青白く、体調が悪そうだった。
「手を貸してもらえますか?保健室へ行きましょう」
「ありがとう…」
スラリとしているなという印象だったがこうして横に並んでみると痩せ細っていて体も硬めで意外とガッチリしていた。背も抜かれているかもしれない。中等部の頃はもっと小さかったはずだった。
「何か必要なことはある?」
そう聞いたものの、私の鞄を開け未開封の水とチョコレートと鎮痛剤をベットの横に置いた。
「これで大丈夫。ありがとう高橋さん」
私の名前なんて覚えてくれていたのか。中等部の時から時々話しかけられることはあったが、気分屋な性格なのか無視されることもあった。活発な時は無視され、大人しい時に話しかけられることが多かった。
竜胆様は才色兼備で文武両道で隙が無かった。友人も多かった。実家もホテル業を展開しているらしい。そんな人に振り回されようが仕方のないことだと思っていた。
✴︎✴︎✴︎
夏休みに入り今日は部活動の日だった。園芸部は特に活動はなく朝夕水やり当番にだけ来ていた。部活動も終わり家に帰ろうとしていると目の前の子がハンカチを落とした。
「ご機嫌よう。これ落としましたよ」
「ご機嫌よう。ありがとうございます」
彼女はハンカチを受け取り優雅にお礼を言ってその場を立ち去った。すると、目の前から美しい人が歩いてきた。
「高橋さん。久しぶり」
声をかけてきたのは竜胆様だった。一度倒れていたのところに遭遇した以来だった。同級生であり隣のクラスと言えど、竜胆様のいるD組だけ校舎が別だった。
「お久しぶりです。元気になりましたか?」
「おかげさまで。あの時はありがとう」
名前に相応しく、立っているだけで美しかった。微笑まれると側に行きたくなる。そんな気持ちにさせた。
向こうからバタバタと大勢の足音が聞こえた。その時竜胆さんは分かりやすく動揺した。瞬間的に隠れた方が良いと思い、園芸部の倉庫の中に2人で隠れた。
倉庫の中の土や金属の匂いに混じって優しい花の香りが漂った。狭いところに2人で入っているので緊張した。
「…行ったみたいですね」
外の様子を確認しそっと倉庫から出た。外に出ると竜胆さんはまたふらりとその場にしゃがみ込んでしまった。顔が赤く息も荒いのでもしかすると熱中症なのかもしれない。
「竜胆さん!…少し肩を貸してくださいね」
私は近くの教室に入りクーラーをつけた。持っていたスポーツタオルを冷やして首に巻いた。自分のカバンを部室まで取りに行き、カバンの中に入っていたスポーツドリンクや、ゼリーなどを出した。
「竜胆さん。これもし良ければ」
竜胆さんはされるがままだった。未開封のスポーツドリンクの蓋を開けて竜胆さんに飲ませて、ゼリーなども食べる手伝いをした。持っていた体操服とスポーツタオルを下に敷き、その上で休んでもらう事にした。その後は持っていた下敷きで優しく竜胆さんをあおいだ。
一瞬竜胆さんに見つめられている気がしたが、見つめ返すとそのままそっと目を閉じて眠りに入った。
✴︎✴︎✴︎
新学期が始まると1年生の活発な子たちに呼び出された。
「あなた、竜胆様に近づいてるって本当ですの?」
「近づいてるとはどういう事でしょう」
「…とにかく、もう話したりするのは止めて。…竜胆様も迷惑しているの」
彼女たちの一方的な気持ちを伝えられた。私は矜持に従って彼女を助けただけだった。人気者には近づくのも大変なのだと思った。ここで自分の立場が悪くなるのは本末転倒なので、次は気をつけよう。
✴︎✴︎✴︎
9月に入り運動会のシーズンに入った。特に大きな競技はなく、3年生が創作ダンスを行う以外はリレーや借り物競走などだった。
今日は運動会本番。私はC組のテントで応援をしていた。D組のテントにはあの“学園の花“である竜胆さんが居た。相変わらず周りにたくさん人が居た。
「すみれ~出番だよ」
友人にそう声をかけられてリレーに向かった。短距離だけは得意だったためクラスに貢献できるだろう。毎年リレーに出ては活躍の舞台を与えられていた。
走り終えて汗をかいたのでグランドから少し離れた手洗い場に来ていた。何とか1着になれてよかったとホッとしていた。顔を洗い、タオルで汗を拭っていると横に竜胆さんが来た。
「久しぶり、この間はありがとう」
この間とは夏休みのことだろうか。私はペコリとお辞儀をしてその場を去ろうとした。夏休み明けに同級生から言われた言葉を思い出したからだ。が、バシッと手首を掴まれた。
「何で行っちゃうの?」
「…」
まさか引き止められるとは思わなかったのでびっくりした。
「あの、この前のことは気にしないでください。倒れてたら助けるのは当たり前ですしもう元気ですよね。それならいいです」
私は当たり障りなく答えた。竜胆さんとは同級生ではあるがクラスも違うし、スクールカーストも違う。こんな簡単に話をしていい相手ではなかった。それを理解せずにでしゃばりすぎたのだと反省した。
「すみれ」
名前を呼ばれてドキッとした。あの長い前髪から覗く瞳にまっすぐ見つめられると蛇に睨まれた蛙のようで身動きが取れなかった。
「すみれって呼んでいい?いつもは知らないフリしちゃうかもしれないけど、時々こうして話したいな」
「…わかった。また機会があればぜひ」
「…うん」
竜胆さんは少し物足りなさそうな顔をしていたが、次の競技が始まる放送がなったので話を切り上げてお互い自分のテントに帰っていった。
借り物競走になった。私は自分のクラスを友だちと応援していた。竜胆さんも走っているんだ。とても足が速かった。
借り物の紙を開くと少し悩んだ様子を見せてズンズンとクラステントの方に歩いてきた。
「高橋菫さん、一緒に来てくださいません?」
何故か私が指名された。うちの学年のどよめきが凄かったが競技なのでとりあえずは気にせずに竜胆さんの元へ行った。
「行こっ」
竜胆さんは私の手を握ってゴールを目指した。1着でゴールし、ここでお題の発表になる。
「お題は何と…“お花“でした!どうして彼女を選んだのでしょうか?」
放送部からのインタビューに竜胆さんはさわやかな笑顔で答えた。
「彼女の名前“菫“っていうんですよ。本物のお花を切るのは可哀想だったので花の名前の彼女を連れてきました」
「そういうことでしたか~!何と優しい!流石は竜胆様、聖母様の最有力候補だー!」
手を握ったままの竜胆さんは私の方へ視線を向けて満面の笑みを浮かべていた。この時に私は竜胆さんに心を鷲掴みにされてしまった。
他のクラスの竜胆さんのファンが睨んでいることに気づいていなかった。
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