上 下
10 / 21

山村の社

しおりを挟む
 山村に籠った翌日に村人たちは神社に参拝に訪れていた。

 元の住人たちが合戦が早く治まる様にと、山村にあった社で祈祷しようと提案したのだ。しかし、いつも祈祷が終わると村の寄合所で飲んでしまうので、神前に納める神饌しんせん用の神酒みきは影も形もない。

 仕方なく、代わりに作物をお供えした。

 その帰路に着こうという時に「おい。ありゃなんだ?」藤右衛門は叫んだ。

 どす黒い柱が雲壌まで届こうかという高さで、恐ろしい威圧感を放っている。その日、城下町の方から黒煙が昇っているのが見えたのだ。もしかすると野鷹の城が燃えているのではないかと村人たちは噂した。

 「戦ほど不吉な物はない…」

 藤右衛門は一人で呟いた。

        ○

 祈祷も終わって寄合所での一幕である。

 「あの分では城も燃えている様じゃな、三城の落ち武者がここまでやって来たら、皆も遠慮なく斬るのだぞ」

 庄屋はそう言って、村人たちを鼓舞した。

 「剥ぎ取った具足は銭になるだろうな?」

 三助が庄屋に問いかける。

 「うむ。当然じゃ」

 「なら首はどうだ?」

 「うぅむ…、百姓が持って参っても、大した褒美にはならんじゃろうな。それに武家には百姓のそうした行為を好かん者もおるしな。新しい領主がどういった男かもわからんのでやめておけ」

 先刻から、このように物騒な話をしている。

 「あまり神前の後では喜ばしくない話だな」

 藤右衛門は二人を叱り付けるが、一向に気に留めない様子だ。

 「そのような気遣いはいらないさ、侍は合戦の武運を神に祈るではないか。我々と

て村を自衛しなければならないのだから同じことだ」

 茶を飲みながら三助は言った。

 「そうだぞ、賢くなったら負けなのだ」

 手を叩いて庄屋も同意している。

 戦乱の世とは非情な道なのだと思った。

 「でもだな。我々は三城に何の義理もないが庄屋様は良いのか?…それこそ庄屋として五代も続いて仕えて来たのではないか?」

 藤右衛門は疑問に思っていたことを聞いてみた。

 だが、何の感慨も沸いては来ずと言った表情で「主従など銭にならなければ値打ちはないぞ。それで犠牲になる物を考えても見ろ。生きてこその物種だ」と、声色も荒々しく言ったのである。

 その表情と言葉には、長い歳月をかけた真実味があった。

 「それに奴はわしにも横柄おうへいだった」

 そう言って、庄屋は顔を伏せたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

虹ノ像

おくむらなをし
歴史・時代
明治中期、商家の娘トモと、大火で住処を失ったハルは出逢う。 おっちょこちょいなハルと、どこか冷めているトモは、次第に心を通わせていく。 ふたりの大切なひとときのお話。 ◇この物語はフィクションです。全21話、完結済み。

家事と喧嘩は江戸の花、医者も歩けば棒に当たる。

水鳴諒
歴史・時代
叔父から漢方医学を学び、長崎で蘭方医学を身につけた柴崎椋之助は、江戸の七星堂で町医者の仕事を任せられる。その際、斗北藩家老の父が心配し、食事や身の回りの世話をする小者の伊八を寄越したのだが――?

蘭癖高家

八島唯
歴史・時代
 一八世紀末、日本では浅間山が大噴火をおこし天明の大飢饉が発生する。当時の権力者田沼意次は一〇代将軍家治の急死とともに失脚し、その後松平定信が老中首座に就任する。  遠く離れたフランスでは革命の意気が揚がる。ロシアは積極的に蝦夷地への進出を進めており、遠くない未来ヨーロッパの船が日本にやってくることが予想された。  時ここに至り、老中松平定信は消極的であるとはいえ、外国への備えを画策する。  大権現家康公の秘中の秘、後に『蘭癖高家』と呼ばれる旗本を登用することを―― ※挿絵はAI作成です。

仇討ちの娘

サクラ近衛将監
歴史・時代
 父の仇を追う姉弟と従者、しかしながらその行く手には暗雲が広がる。藩の闇が仇討ちを様々に妨害するが、仇討の成否や如何に?娘をヒロインとして思わぬ人物が手助けをしてくれることになる。  毎週木曜日22時の投稿を目指します。

校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが集団お漏らしする話

赤髪命
大衆娯楽
※この作品は「校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話」のifバージョンとして、もっと渋滞がひどくトイレ休憩云々の前に高速道路上でバスが立ち往生していた場合を描く公式2次創作です。 前作との文体、文章量の違いはありますがその分キャラクターを濃く描いていくのでお楽しみ下さい。(評判が良ければ彼女たちの日常編もいずれ連載するかもです)

鄧禹

橘誠治
歴史・時代
再掲になります。 約二千年前、古代中国初の長期統一王朝・前漢を簒奪して誕生した新帝国。 だが新も短命に終わると、群雄割拠の乱世に突入。 挫折と成功を繰り返しながら後漢帝国を建国する光武帝・劉秀の若き軍師・鄧禹の物語。 -------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 歴史小説家では宮城谷昌光さんや司馬遼太郎さんが好きです。 歴史上の人物のことを知るにはやっぱり物語がある方が覚えやすい。 上記のお二人の他にもいろんな作家さんや、大和和紀さんの「あさきゆめみし」に代表される漫画家さんにぼくもたくさんお世話になりました。 ぼくは特に古代中国史が好きなので題材はそこに求めることが多いですが、その恩返しの気持ちも込めて、自分もいろんな人に、あまり詳しく知られていない歴史上の人物について物語を通して伝えてゆきたい。 そんな風に思いながら書いています。

信乃介捕物帳✨💕 平家伝説殺人捕物帳✨✨鳴かぬなら 裁いてくれよう ホトトギス❗ 織田信長の末裔❗ 信乃介が天に代わって悪を討つ✨✨

オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
歴史・時代
信長の末裔、信乃介が江戸に蔓延る悪を成敗していく。 信乃介は平家ゆかりの清雅とお蝶を助けたことから平家の隠し財宝を巡る争いに巻き込まれた。 母親の遺品の羽子板と千羽鶴から隠し財宝の在り処を掴んだ清雅は信乃介と平賀源内等とともに平家の郷へ乗り込んだ。

処理中です...