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法螺貝と鉄砲

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「…こりゃあ汚いな」

 藤右衛門は下草と藪に覆われた山村の家々を眺めている。あまりにも茂っているので、家財を運ぶたびに村の女たちが綺麗にしても追いつかないのである。

 しばらく、この山村で隠れ住まなければならない。ヒルや蚊に血は供えるだろうが、山には自生する野草もあるし、昨年に拵えた食料の備蓄と山中に隠し持っていた村人の隠し畑かくしばたで、何とか食いつなげるだろうと思っていた。

 藤右衛門が山村に着いてみると、村人たちは寄合所に集まり、これから数日の辛抱だと励まし合っている。

 どうやら逃げ遅れた者はいないようだ。

 一時もすると、そこに木戸を開けて庄屋が姿を現した。後ろには荷物を担いだ当主の倅夫婦などと下人も従えているようだ。

 村人が一斉に注目する中、庄屋はひょうひょうと話し出す。

 「いやはや疲れたわい。皆の者は無事じゃろうな?」

 戦だというのに庄屋は悲壮感を感じない態度だ。

 「庄屋様!此度のたくらみは藤右衛門から聞きましたぞ。わしらの身を想ってくれるのは嬉しいが、ちと芝居が過ぎるのではないか。それに攻めている軍勢はどうしたものか?」

 三助から口を開いて、わぁわぁと村人が一斉に庄屋を問いただした。

 「まあまあ、ちょっと待て」

 しかし、あまり気に留めない雰囲気で、家族と下人を寄合所に入れてから荷物を隅において、足を休ませるように座った。悠長に構えていれるのは、庄屋の生来の気性かはたまた老獪さからだろうか?ともかく村人たちは再び城下町での情報を聞き出そうとする。

 「城下では何かわからんかったのか?」

 村人が言った。

 「…ううむ。城下は騒々しくて誰もかれも逃げるのに必死じゃよ。しかし、侍たちが慌ただしく甲冑を着込んで城内に入るので、奴らも予期せぬ奇襲だろうな。その内に町民たちが城内に避難し始めたので、倅に様子を見に行かせたのだ」

 庄屋は顎を掻きながら、顛末を話し出した。

 「ほう…」

 村人たちは同時に相槌を打つ。

 「そこで偶然にも小耳に挟んだのじゃ。三城は主君の荒木を裏切っていたようで敵の大名と通じて寝返る腹積もりじゃったのよ。さりとて運悪く三城の密使みっしが荒木領で捕縛されたらしいのだ。…恐らくは荒木が裏切り者を討取ろうと周辺の諸将を集めて来たのだな」

 聞き慣れない武家の話を淡々と説明している。

 「そこまで子細な内情が分かったのか…」

 藤右衛門は感心するように話した。

 「このような時には混乱が付き物じゃろう。壁に耳せずとも棒立ちで気づかぬ程に誰も大声で怒鳴り合ってるのよ。三城の家来たちも戦況不利と判断して、忠勤ちゅうきんを辞した者がいたらしい。そいつは自分の家臣を連れて城下でぺらぺらとよく喋っておったわ」

 「随分と混乱しているのだな」

 庄屋の話で村人は納得した。

 「いやはや…。だが大変じゃったな。お前も城にこもれと三城の家来が言って聞かんのだ。後で参じると言って何とか逃げてきたのだ」

 「参じずとも良いのか?」

 「よいよい。判断をあやまれば一族郎党も苦難の道を歩むからの…、氏を持つのも楽ではないぞ。わしは次の領主様にお主たちを手土産に、また年貢徴収の請負でもするわい」

 何とも、したたかな老人であった。

 彼の一行は下人も含めて総勢九名も居るので、村人は山村で一番間口の大きい、この寄合所を提供した。

 それからしばらくすると、かすかに遠くの方から合戦と思しき鉄砲や法螺貝の音が、偶発的に鳴り響いてくるのだった。

 「恐ろしや」

 ここまでは矢玉も届くまいが、手を合わせる藤右衛門たちは腰が引けている。

 庄屋の話では、荒木に忠誠を誓う周辺の諸将たちの軍勢は、数だけでも三城とは比べ物にならないという。きっと数日かからず城は落城するだろうと予想していた。しかし、思いのほかそれは一日中鳴り響いて、次の日も散発的に聞こえるのである。

 こうなっては鬼が通り過ぎるまで、ここで隠れているしかあるまい。村人は皆が山村に隠れ住み、それぞれ生活のために仕事をする。

 誰しも田んぼの稲が無事かどうかだけが心に引っかかっている。
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