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境内での対峙

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 「はあ…はあ…、しつこい奴だな」

 源之進は楽しい飲み仲間との追いかけっこにもウンザリしていた。

 牢人を追いかける旅の商人は周りの目から奇異に思えるようで、何事かと江戸っ子たちが見物している。この珍妙な捕り物は江戸の町外れまで続いて、しまいには誰も居ない夜分の神社の境内で、二人は体力を使い果たして倒れ込んでしまった。

 「はぁ…はぁ…はぁ…。ごほ…、銭を…返せ」

 惣兵衛は仰向けになりながら、息を吐いて咳き込んでいる。

 「…酒となって腹の中じゃ、お前も…たらふく飲んだではないか?」

 「よくも気絶するほどに頭を叩いてくれたな」

 「わしも厠で叩かれて痛かったぞ、…今もいたいわ」

 街道での追いかけっこを思い出して、反射的に追いかけてみたが、いざ対峙して見ると言い争いをするほかない。源之進は神社の石段に肩ひじをついて、涅槃像ねはんぞうのように横になっている。

 「そや!藤川で旦那さんから聞いて、もしやと思っておるのやけど、石薬師いしやくしの宿で枕元から八両の銭を盗んだのはお前やないやろな?」

 「ん…、なぜ知っとるのだ」

 「やっぱりお前かい。どうあっても盗んだ銭を取り返すぞ」

 「本当にしつこい男だな。伝文を読めば江戸まで来ても骨折り損だと分かるのだから京都に引き返せばよいのだ。そうそう…、帰りの路銀が足りてないだろうから銭を分けてやる。それで勘弁しなさいよ」

 「なんや不遜な物言いしよって、えっ…、もしや角谷の店に参ったのか?」

 惣兵衛は瞬時に身を起こした。

 「いやはや迷惑をすると気持ちがいいのう!」

 源之進は楽しくてしょうがないという表情である。怒りに任せてヨロヨロと立ち上がった惣兵衛は倒れている源之進の所まで行って、肘をついて半身を起こしている脳天に渾身の拳骨げんこつをお見舞いした。

 「うぎゃ!」

 そう言いながら源之進は完全に地面にへたり込んでしまった。反撃が怖くて、しばらく距離を保って観察すれけれど、どうにも起き上がる様子はない。

 「…どないした?」

 しばらく間をおいて、源之進は弱々しく話し出す。

 「…井戸でお前を強く叩きすぎてな。得にもならんのに霊験を分け与えてしまって、もうあまり力が残ってないのだ」

 「ほんまやろな」

 「わしの御利益のお陰で生きとるのに無礼に過ぎるぞ。人間界におると力が弱まるのも、俗人共の欲深のせいだ」

 惣兵衛は俗人はお前だろうと思い、そもそも強盗沙汰に及んだ男の言葉なので同情心も湧いてこない。しかし、心配させるためなのか一向に源之進は動き出さず、問いかけてもボソボソとしか話さなくなった。

 「得にもならないのに聞くけれど、大丈夫かいな?」

 「ここに居ると少しだけ力を感じる…」

 そう言ったきり、源之進はピクリとも動かなくなってしまった。妖怪でも死んでしまうのかと、近付いて呼吸を見てみると息はしているようだ。

 しかし、明らかに弱くて浅い呼吸である。

 どうしたら良いだろうか?人間の医者では意味が無いだろうし、どっちにせよ高く付くので呼べやしない。惣兵衛が悩んでいると、どこからか威圧的な空気が立ち込めてきた。

 「こりゃあ化け妖怪を追って本坂峠を登っていた時の悪寒に似てるぞ」

 一人で逃げようかと考えた時に、境内の林から何かが現れた事に気付いた。

 「なんや?」

 必死に目を細めて暗闇にならす。それは人の背丈には及ばない四足歩行の獣であって、惣兵衛は野犬が出たかと思って咄嗟に立ち上がる。しかし、その顔つきは犬のそれとは明らかに違った。

 「………狼?」

 暗闇で星のように光る両目は高い尊厳を湛えている。大名行列の威風など比べ物にならない。その瞬間に惣兵衛は混乱して、どうしたら良いか分からなくなった。

 「町外れとは言っても狼なんぞおるもんかいな?」

 「居ないだろうよ、好んで山を降りたりしないさ」

 と、狼の方向から声がした。

 「うわ!!」

 惣兵衛は驚いて狼の口を凝視する。声は明らかに狼の口から発せられているように見えたのである。
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