惣兵衛と化け妖怪の道中記

葦池昂暁

文字の大きさ
上 下
17 / 21

豪遊に参る

しおりを挟む
 源之進が江戸で惰眠をむさぼる頃も、惣兵衛は野宿も厭わず奮闘していた。

 渡世人とせいにん風の男たちに銭を寄こせと脅されて、走って逃げたのは江戸の手前である。東海道の最後に程ヶ谷ほどがやで一夜を明かし、昼過ぎには江戸の町に到着したのだった。しかし、不思議と源之進と比べても、まだ余裕のある表情だ。

 「ここは江戸かいな?」

 立派な屋敷が立ち並んでいて、惣兵衛は京都に戻って来たかのような気分になった。しかし、店の看板に江戸と書かれている。

 街道の丘から眺めた時に、江戸の全貌は地平線に近いほど広大であった。どうやら洛中洛外のような区別はないと思われる。

 惣兵衛は京都を凌ぐようで悔しかったので目を伏せた。

 「こりゃあ、嘘みたいな町や」

 しかし、江戸の発展には感心せざる得ない。

 町を散策するのは楽しいけれど、源之進に奉公話を断られていると思うと、角谷の店に出向くのも腰が引ける心持であった。屋敷のあるのは万町よろずという場所で、店は小間物問屋らしい。かんざしなど京都から仕入れの流れを作ったようで、それなりに繁盛しているとの話だ。

 「とりあえずは万町を探さなあかんわ…」

 覚悟が決まらないまま惣兵衛はとぼとぼと歩いて行ったのだが、それを獲物を見るような目で凝視する戯けの妖怪は、角谷に化けて堂々と歩み寄った。

 「おや?お前さんは京都の~」

 「…んっ?」

 後ろから声をかけられて、惣兵衛は自分を呼んでいるのだろうかと振り返る。

 「ああぁ…、んん?…長兵衛やないか!」

 惣兵衛は顔を見て驚き叫んだ。

 「そう言うお前は惣兵衛じゃないか、わしの顔を覚えておったか?」

 「そりゃ…、苦楽を共にした仲間を忘れるはずないやろう」

 「そうだったか?京都から遥々江戸までの長旅ご苦労だったな」

 「いやいや」

 予想もしない再会に惣兵衛は有頂天になった。なぜなら角谷の態度からは久方の顔合わせだと思われるからだ。どうやら化け妖怪は奉公話を勝手に断ってないようである。

 「どうだい江戸の町は立派だろう。積もる話もあると思うが、ひとまずは旅の疲れを癒したいはずだな。これから芸妓げいぎに参ろうと思うのだが、お前も一緒に行かぬか?」

 「なんと!それは遊郭で御座いますか?」

 惣兵衛は驚いてしまった。

 「もちろん遊郭の中にある。お前は確かもう元服を済ませた頃であろう。折角、江戸に来たのだから、わしの相手も兼ねて宴会を催そうではないか」

 「へえ…、んん?」

 惣兵衛の年齢は知っているはずだが、角谷の冗談かと思った。

 「旅の苦労話でも聞こうじゃないか?」

 「そうですか…」

 「ではでは、豪遊に参ろう」

 こう言われては惣兵衛としても、お供しないわけには行かないが、噂に名高い江戸の遊郭など奉公仲間に話せば皆が羨ましがるだろう。好奇心を膨らませながら惣兵衛はそのまま角谷に付いて行ったのだった。

 先達する源之進は飲み仲間を連れて意気揚々である。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

本能のままに

揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください! ※更新は不定期になると思います。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

織姫道場騒動記

鍛冶谷みの
歴史・時代
城下の外れに、織姫道場と呼ばれる町道場があった。 道場主の娘、織絵が師範代を務めていたことから、そう呼ばれていたのだが、その織姫、鬼姫とあだ名されるほどに強かった。道場破りに負けなしだったのだが、ある日、旅の浪人、結城才介に敗れ、師範代の座を降りてしまう。 そして、あろうことか、結城と夫婦になり、道場を譲ってしまったのだ。 織絵の妹、里絵は納得できず、結城を嫌っていた。 気晴らしにと出かけた花見で、家中の若侍たちと遭遇し、喧嘩になる。 多勢に無勢。そこへ現れたのは、結城だった。

旅路ー元特攻隊員の願いと希望ー

ぽんた
歴史・時代
舞台は1940年代の日本。 軍人になる為に、学校に入学した 主人公の田中昴。 厳しい訓練、激しい戦闘、苦しい戦時中の暮らしの中で、色んな人々と出会い、別れ、彼は成長します。 そんな彼の人生を、年表を辿るように物語りにしました。 ※この作品は、残酷な描写があります。 ※直接的な表現は避けていますが、性的な表現があります。 ※「小説家になろう」「ノベルデイズ」でも連載しています。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

零式輸送機、満州の空を飛ぶ。

ゆみすけ
歴史・時代
 ダクラスDC-3輸送機を米国からライセンスを買って製造した大日本帝国。 ソ連の侵攻を防ぐ防壁として建国した満州国。 しかし、南はシナの軍閥が・・・ソ連の脅威は深まるばかりだ。 開拓村も馬賊に襲われて・・・東北出身の開拓団は風前の灯だった・・・

少年忍者たちと美しき姫の物語

北条丈太郎
歴史・時代
姫を誘拐することに失敗した少年忍者たちの冒険

【お江戸暗夜忌憚】 人斬りの夜 ー邂逅編ー

川上とどむ
歴史・時代
藤也には、決して暴かれてはならない秘密がある。 しかし、その事を彼自身知らない。 過去に起きた悲しい事件。 それを引き金に、恐ろしい存在が彼に取り付いていた。 【登場人物】 藤也・・・武家の次男。美しい容姿を持つ、心優しい少年。 美羽・・・天涯孤独な幼女。藤也に拾われる。 政司・・・お目付け役。藤也を守ると心に誓っている。 藤野・・・藤也の乳母。故人。 殿様・・・藤也の父。有力な武家大名。 刀夜・・・人を破壊する事に生き甲斐を感じる…… ※※※※※※※※ 舞台は江戸ですが、登場人物・場所・生活、全て架空の設定です。

処理中です...