惣兵衛と化け妖怪の道中記

葦池昂暁

文字の大きさ
16 / 21

角谷の旦那

しおりを挟む
 以前に江戸を訪れたのは五年前であったが、その時よりも町が広がり、往来を歩いている人間も多いようだ。

 源之進は栄えた町に長くいると、昔から変な疲労感に襲われていた。体を激しく動かしてもないのに、息が切れてしまうのである。何が駄目なのか本人にも分からないが、そこらじゅうで響く金槌かなづちのこぎりの音にも力を弱らせる要素を感じる。

 「流石のわしでも疲れたわ。しかし、久々の江戸に着いたぞ」

 惣兵衛を含めて数人から奪った銭は、合わせて十両にもなる。

 源之進も街道を一人で歩いていた若旦那が八両もの大枚を持っていたのには驚いた。三河で店を開くのだという会話を盗み聞き、鼻の利いた源之進は宿で就寝中に荷物から銭をかすめ取ったのである。

 これで遊郭での豪遊には足りるのではないかと思っている。

 それからもう一つ、やらなければならないことがある。惣兵衛の持っていた文には、宛先人の名前と店の地図が書いてあった。本来ならば惣兵衛のために角谷が書いた物だが、そこを目指して歩き出したのである。

 「急がないと、あいつは必ず江戸に来るぜ」

 源之進は不思議と迷惑を好む。

 立派な問屋とんやが立ち並ぶ一角は、江戸の中でも格式高い風情を称えていた。銭を持った人間の住処と言う以外には何の興味もないけれど、その内の一軒にお目当ての人間がいる。

 源之進は一件の小間物こまもの問屋の前で足を止めた。

 「御用の者なのだが!」

 瞬時に惣兵衛の顔に化けて、大声で叫ぶと屋敷の戸口が「ガラガラ」と開いて、中から丁稚でっちの小僧が出てきた。

 「何の御用でありましょうか?」

 「おいらは角谷の旦那と上方で縁ある者さ、惣兵衛と伝えてくれ」

 「………こちらでお待ちください」

 それを聞いた小僧は、そそくさと奥へ引っ込んで番頭のような男に伝えた。伝え聞いた男はそのまま屋敷の二階へと階段を上がる。しばらく待っていると、その男と丁稚を引き連れて、立派な召し物をした旦那が戸口に向かって来る。

 「久しぶりだな。…何年ぶりだ惣兵衛さん、大きくなって立派な商人の面構えじゃないか」

 「いやいや、あなたこそ立派になられてる」

 源之進は不気味なほどにニコニコと満面の笑みであった。

 「さあ、疲れたろ。入っとくれ。お前さんの部屋も用意してるよ」

 「ああ…いや…、それなんだけどね…」

 「なんだい?」

 「なんとも恐縮な話で詫びたいのだけど、実は江戸の店で信じられない程に給金をはずむ奉公話を見つけてね」

 「おいおい、私の店で働くためにわざわざ上方から御出でなさったのではなかったのかい?うちでも真っ当な給金を払うつもりだけどね」

 「いやいや、それが真っ当な働きにゃ合わない程の額なのだ」

 「そりゃあ、どんな店だい?まさか裏家業の仕事じゃないだろうね?」

 角谷は訝いぶかしい話をするかつての仲間を見て、なんとも心配そうな顔になる。江戸っ子に謀られていると思ったのだろう。

 「いや、決して世間様の迷惑になるような仕事ではないのだけど、だから、ここまで顔を出して不義理を詫びたので、どうか惣兵衛のことはお忘れなさってくださいよ」

 深々と頭を下げる惣兵衛を見て、角谷もそこまで言うなら引き留めはしないと言った。しかし、江戸の町では人情も大切にされるが、同心たちが解決できないような凶事も起きるのだと諭したのである。

 しかし、源之進の化けた惣兵衛は、その忠告に耳を傾けるふりをして、迷惑だからとっととお暇しようと去った。

 その後、江戸をフラフラと散歩しながら思案した。

 「さあ!一仕事終えたし、そろそろ夕刻も迫っておるな」

 このまま遊郭遊びに出掛けてしまう手もある。しかし、長旅でへとへとに疲れているし、今日は宿に泊まって静養しようかと悩み、遊郭に向けて歩こうとする足を渾身の力で方向転換したのだった。

 「惣兵衛が近付いている感覚はまだないな。…当たり前だよ、人間に早々追いつかれてたまるか。しばしの間は休ませて貰うとするか」

 源之進は楽しい遊び仲間の到着をゆるりと待つことにしたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

花嫁

一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。

【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜

上杉
歴史・時代
■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■ おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。 母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。 今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。 そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。 母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。 とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください! ※フィクションです。 ※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。 皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです! 今後も精進してまいります!

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

処理中です...