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御用林での再会

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 闇夜に包まれた御用林にて、狼との四百年ぶりの会話は続いている。

 「あの時は…幼かったということと仲間とはぐれたことしか覚えておらん。わしはどこぞの神の眷属けんぞくだったのか?」

 「さあ…、貴殿は世に跋扈ばっこする妖怪では?」

 「おちょくらないで教えてくれ」

 「人間の神がいるように、自然に暮らす衆生しゅじょうにも神が居ると言うだけの話だ。あちらには様々な者が居って、その出自も分からん」

 「異界の口を通る前………。あちらでわしを探している者は知らないか?」

 源之進にも幼心に群れていて、その集団からはぐれ彷徨ったという記憶はある。突然に消えたのだから探していても不思議はない。

 「申したはず。貴殿には眷属の資質は残っておらんと」

 捨てられたも同じという意味だろうか?

 ヒトならざるものとして生を受け、人として暮らした四百余年を源之進は幸福だったと思っている。なので、朧げな記憶の断片を辿って、自分の本来あるべき世界に舞い戻る意思はなかった。

 それでも少しも気にならないと言えば嘘になる。

 「ふむ…。修験の道において理を究めたと誤解した時もあったが、力だけに恵まれていたようだな。確かに人間本義な見方を捨てきれたかと問われれば、問答に難儀するだろうけれど」

 「だからもって興味深い、貴殿はさながら半妖怪」

 「ならば、わしの力の衰えは如何にして治る」

 「貴殿の御霊は人間界に属するなにかの肉体に憑依して、奇妙にも一体化しておるようだ。霊験を得る能力は人間の比でないが、還俗げんぞくする心得で修行しても成就はせんだろうな」

 「そりゃあ変だな。心はともかく肉体はあちらのままかと思っておったぞ」

 異界の口を彷徨い出てから、何かに憑依した覚えはない。山岳の霧の中で意識も鮮明ではなかったが、どのような本能が働いたのか?

 この時、この狼の形をした怪しい存在は、眷属神ではないかと改めて思った。確かに毛並みは黒いけれど、それだけのうつわを秘めているように感じる。

 相変わらず源之進の体は硬直して動かず、狼に襲われれば恐ろしい限りだ。

 「此度はわしを食わんのか?」

 狼は最初の距離から離れていない。

 「んん?坊主ではないが、うまそうには見えんな」

 そう言って、同じ場所で八の字を描くように歩き出した。そこから急に襲いかかるのではないかと思って、源之進は内心ハラハラである。

 「うまくないって」

 「………」

 狼は無言で睨みつけて、この状況に緊張も高まる。

 「貴殿もいづれは夜の住人になる。せいぜい俗世の灰汁に身を預けぬように………」

 すると、突然に強い風が吹いて、御用林の落ち葉が巻き上げられる。視界を覆って何も見えなくなると、硬直した源之進の体に落ち葉が降り積もって隠れてしまった。

 「ペッペッ!」

 はらい落とそうと反射的に肩を揺らすと、不思議と硬直は解けているのであった。

 そこに狼の姿はなく、辺りを見渡しても妖気も感じない。

 「助かった…」

 気つけに源之進は手に持った酒を一口だけ飲んだ。

             ○

 狼と源之進の四百年ぶりの会話から三日後に、ようやく惣兵衛は箱根の関を通過していた。携行していた食べ物は僅かな干し大根のかけらとなっており、木賃であっても宿を取る路銀はない。

 峠を下って小田原に辿り着いた惣兵衛は、固い寝床のせいで満身創痍であった。

 「…あと三日もかからへんはずや…」

 日夜、地面の上で寝返りを打ちながら、江戸に辿り着けば何とかなるという希望で歩いている。

 翌日…、

 目に見えて街道筋でも立派な建物が増えて、江戸の町への期待も高まる。道行く飛脚も増えて行って、牢人を見ると源之進ではないかと訝しがる。しかし、仮に角谷に奉公話を破断にされても、働ける店くらい自分で見つけるつもりである。

 この日、どこかの藩の大名行列に出くわして、久方ぶりの旅気分を味わった。

 それでも夕刻に藤沢ふじさわの周辺で野宿の床に着くときは、今頃は奪った銭で化け妖怪の奴、遊郭を堪能しているのではないかと思って、惣兵衛の悔しさやひもじさも募るばかりであった。
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