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旅は道連れ
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船頭には曖昧な返事をして惣兵衛は宿場に引き返した。心労でヘトヘトに疲れて、これ以上は動き回る余力もない。京都を出て五日目になるけれど、まだまだ先は長い。なるべく早く着いて角谷かどやに自慢したかったが、無理をするなということか。
足袋の中でふやけた足を乾かさないと病気になってしまいそうだ。
惣兵衛は泥だらけの足袋を脱いで、裸足にわらじを履いた。提灯#____#ちょうちんの灯る街道には多くの食事処が並んで、人々は暮れ方の夕餉#____#ゆうげを楽しんでいる。惣兵衛も名物のハマグリとそばを食わせる店に入った。
食後にトボトボと歩いていると偶然にも、道でたむろする人足の会話が耳に入ってきた。
「とんだ雨だ。これじゃ向こうに泳ぐのも無理だな」
「そうだな」
「こりゃ、遠回りだけども川を回り道するしかねえよ」
そう言って、人足はそのまま歩き去って行った。
「…回り道?」
惣兵衛は疑問に思いつつも、追いかけて聞く余力もない。
「御免ください」
その日は旅籠に宿を取った。
その晩、寝床でどうするか考えていたが、神様は機嫌が悪いのか?小雨だが、この間にも外では雨が降っているのだった。
しかし、どうにも回り道という言葉が脳裏に触っている。あの船頭は惣兵衛がこの辺りの事情に通じてないのを悟って、謀った可能性はないだろうか?それに一縷の望みをかけた。
早朝…、
「はぁぁ」
憂鬱な気分で惣兵衛は布団から起き出した。
宿の土間から食事の準備をする音が響く。疲労回復も十分とは言えないが、どうせ足止めを食らっている身だ。そう思うと動きも緩慢になる。
宿で炊かれた麦飯を食べに降りる。
そこで一緒に相伴したのは三人の商人だった。元は伊勢の海産商に勤めていたが、そこの若旦那の兄弟が分家して商いを始めるので、若旦那の命もあって男だけを連れだって来たという。
三河で数年かかって商いの土台を整えるらしい。しかし、惣兵衛と同じく足止めを食って困っているようだった。
「お三人の知恵でどうにかなりませんか?」
と、惣兵衛が同じ境遇と見込んで相談したのだった。
「こっちも東海道を歩くのは五年ぶりだ。誰に訊ねると言っても、土地の者はきっと我々の足止めも商売繁盛。良い手立てなど教えてはくれないだろうさ」
善右衛門という年長らしき者が話した。
「昨日、宿場で人足の会話が耳に入ってきまして、この川を回り道して戻ると聞こえたのです。海も荒れているようですし、何の事でしょう?」
「回り道ねえ?」
半助と言う名のもう一人が話す。
「ここ数日は生憎と海も荒れているので船が出ないようだが、無理をして難破などすれば災難だぞ。悪い事は言わないから安宿を見つけるのだな」
さらに席の端に座る寛一と言う男も会話に加わった。
この寛一の話を聞いて、惣兵衛は三条大橋での仲間の言葉を思い出した。
「こんな所で土左衛門にはなりたくない」
そんな惣兵衛の様子を窺った善右衛門は何やら考えているようで、難しそうに腕を組んで頭を傾げている。
その様を見守っていると、ようやく口を開いた。
「遠回りなので今まで考えが及ばなかったが山側はどうだろう。川沿いの脇道から遠回りする手があるかもしれないぞ」
「…おお、なるほどな」
「山側?」
惣兵衛にはわからなかった。
「あの川の上流には中山道が通っているのさ。そこなら海のしけもないだろうし、川幅が狭いから両岸に紐を通して船が流されない様に安定できるだろう。昔そうやって船を渡しているのを別の土地で見た事がある」
「いやいや。別の土地でしょう?」
半助が言った。
「ふん。他には考え付かないな」
善右衛門はそう言って、茶を啜すすった。
惣兵衛はいろいろと思案して、これは吉報を得たと思った。すると、さっそく準備に取り掛かるために飯を急いでかき込み、部屋に戻るのであった。
残された三人は喧々諤々の議論を交わしている。しかし、昨日の人足の回り道してと言う言葉が、善右衛門の言葉で得心いった気がした。どうせ五日も待たされるなら、そこまで歩いても良いはずだ。一日あれば十分に往復できる距離のはずだった。
「ここは一丁、運に賭けてみるか」
惣兵衛は独り言を言って、下にいる三人を誘った。
「手前たちにはまだ連れがいるのだ。その者が今日中には追い付いて来る筈なので、もうしばらく待たねばならん」
と、善右衛門は言った。
「そうでしたか。先を急ぎますので、進めるようなら行ってしまいますが、駄目そうならば戻ってお三人にお伝えしたいと思います」
「これはかたじけないな」
「道が悪くなっているから気を付けろよ」
「あんまり期待するなよ」
各々から言葉を頂戴する。
こうして三人とは別れ、惣兵衛は急ぎ先を進むのだった。
足袋の中でふやけた足を乾かさないと病気になってしまいそうだ。
惣兵衛は泥だらけの足袋を脱いで、裸足にわらじを履いた。提灯#____#ちょうちんの灯る街道には多くの食事処が並んで、人々は暮れ方の夕餉#____#ゆうげを楽しんでいる。惣兵衛も名物のハマグリとそばを食わせる店に入った。
食後にトボトボと歩いていると偶然にも、道でたむろする人足の会話が耳に入ってきた。
「とんだ雨だ。これじゃ向こうに泳ぐのも無理だな」
「そうだな」
「こりゃ、遠回りだけども川を回り道するしかねえよ」
そう言って、人足はそのまま歩き去って行った。
「…回り道?」
惣兵衛は疑問に思いつつも、追いかけて聞く余力もない。
「御免ください」
その日は旅籠に宿を取った。
その晩、寝床でどうするか考えていたが、神様は機嫌が悪いのか?小雨だが、この間にも外では雨が降っているのだった。
しかし、どうにも回り道という言葉が脳裏に触っている。あの船頭は惣兵衛がこの辺りの事情に通じてないのを悟って、謀った可能性はないだろうか?それに一縷の望みをかけた。
早朝…、
「はぁぁ」
憂鬱な気分で惣兵衛は布団から起き出した。
宿の土間から食事の準備をする音が響く。疲労回復も十分とは言えないが、どうせ足止めを食らっている身だ。そう思うと動きも緩慢になる。
宿で炊かれた麦飯を食べに降りる。
そこで一緒に相伴したのは三人の商人だった。元は伊勢の海産商に勤めていたが、そこの若旦那の兄弟が分家して商いを始めるので、若旦那の命もあって男だけを連れだって来たという。
三河で数年かかって商いの土台を整えるらしい。しかし、惣兵衛と同じく足止めを食って困っているようだった。
「お三人の知恵でどうにかなりませんか?」
と、惣兵衛が同じ境遇と見込んで相談したのだった。
「こっちも東海道を歩くのは五年ぶりだ。誰に訊ねると言っても、土地の者はきっと我々の足止めも商売繁盛。良い手立てなど教えてはくれないだろうさ」
善右衛門という年長らしき者が話した。
「昨日、宿場で人足の会話が耳に入ってきまして、この川を回り道して戻ると聞こえたのです。海も荒れているようですし、何の事でしょう?」
「回り道ねえ?」
半助と言う名のもう一人が話す。
「ここ数日は生憎と海も荒れているので船が出ないようだが、無理をして難破などすれば災難だぞ。悪い事は言わないから安宿を見つけるのだな」
さらに席の端に座る寛一と言う男も会話に加わった。
この寛一の話を聞いて、惣兵衛は三条大橋での仲間の言葉を思い出した。
「こんな所で土左衛門にはなりたくない」
そんな惣兵衛の様子を窺った善右衛門は何やら考えているようで、難しそうに腕を組んで頭を傾げている。
その様を見守っていると、ようやく口を開いた。
「遠回りなので今まで考えが及ばなかったが山側はどうだろう。川沿いの脇道から遠回りする手があるかもしれないぞ」
「…おお、なるほどな」
「山側?」
惣兵衛にはわからなかった。
「あの川の上流には中山道が通っているのさ。そこなら海のしけもないだろうし、川幅が狭いから両岸に紐を通して船が流されない様に安定できるだろう。昔そうやって船を渡しているのを別の土地で見た事がある」
「いやいや。別の土地でしょう?」
半助が言った。
「ふん。他には考え付かないな」
善右衛門はそう言って、茶を啜すすった。
惣兵衛はいろいろと思案して、これは吉報を得たと思った。すると、さっそく準備に取り掛かるために飯を急いでかき込み、部屋に戻るのであった。
残された三人は喧々諤々の議論を交わしている。しかし、昨日の人足の回り道してと言う言葉が、善右衛門の言葉で得心いった気がした。どうせ五日も待たされるなら、そこまで歩いても良いはずだ。一日あれば十分に往復できる距離のはずだった。
「ここは一丁、運に賭けてみるか」
惣兵衛は独り言を言って、下にいる三人を誘った。
「手前たちにはまだ連れがいるのだ。その者が今日中には追い付いて来る筈なので、もうしばらく待たねばならん」
と、善右衛門は言った。
「そうでしたか。先を急ぎますので、進めるようなら行ってしまいますが、駄目そうならば戻ってお三人にお伝えしたいと思います」
「これはかたじけないな」
「道が悪くなっているから気を付けろよ」
「あんまり期待するなよ」
各々から言葉を頂戴する。
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