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五条大橋の別れ
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かつて弁慶と牛若丸が決闘を行ったと伝わる五条大橋に一人の若人が立っていた。当時とは場所は違うけれど、これから進む街道の方向を仰ぎながら、旅装束に包まれて表情は晴れ晴れとしている。
しばらくすると、満足したように京都の町に振り返って声をかけた。
「おまえたち達者でな」
「おお。惣兵衛も道中は気を付けるんやで」
橋の袂には数人の男たちが見送りに立っていた。
若人の名は惣兵衛と言い、これから東海道を江戸まで旅する。本来の街道である三条大橋から行くと遠回りになるので、ここに集まっているのである。
「しばらく会えないと思うと寂しいな」
「そうやなあ」
「せやかて、すぐにへまをして暇をもらうかも?」
男たちは勝手に話し出している。
「言ってろ」
惣兵衛は呆れたように言った。
彼らは惣兵衛が八歳のころから寝食を共にしてきた奉公仲間である。本当の兄弟のように育ち、これまで幾年も商人の修業に明け暮れてきた。しかし、新しい環境を求めて奉公先に暇をもらったのだ。旅によって離れるのは寂しい気分でもあるけれど、この別れは一時だと互いに理解しているので、内心は未来に向けた希望にあふれているのだった。
それは一年前のことである。年長の奉公人であった角谷長兵衛から飛脚便が届いたのであった。角谷は五年前に奉公先を別家して、江戸での商売を始める為に一人で東へ向かった。それからの身の上は不明であったが、文によれば江戸に店を構えているという話で、是非とも惣兵衛たち奉公仲間を雇いたいとの内容であった。
「惣兵衛は番頭になるんやって?」
「うまく働きを示せればな」
「そりゃあ。給金貰って江戸を堪能できるやろ」
噂では江戸の発展は京都をしのぐとも言われている。様々な遊興にふけることが出来る別世界だとか、恐れ多くも都とも言われているようだ。
「前にも言っただろう。江戸で金を稼いで店を持つのさ」
惣兵衛も自分の店を持つという決意であって、長屋からの通いの番頭で終わる気はなかった。しかし、安い奉公人の給金で東海道の路銀を賄うのは、惣兵衛としても避けたい行為である。なので、荷物にずっしりと糒や干し大根を持参して、木賃宿に泊まるつもりであった。
「盗賊に攫われなきゃいいがな?」
一つ下の吉助は眉をしかめながら言った。
「縁起でもないな」
「夜道は気を付けろっていうこっちゃ」
幼いころに両親に丁稚に出されてから、京都の外は店の行事で花見に出かけるくらいだった。番所は知っているが、関所など越えたこともないし山道も慣れてはいない。それでも街道はよく整備されているはずで、まだ見ぬものを探索できる喜びは旅の杞憂を遥かに凌駕していた。
「ほな、さいならや」
惣兵衛は別れの言葉を口にして、橋を進み始める。
「元気にな!」
「ワイらも暇したら雇ってくれ!」
「忘れんなや!」
仲間たちの声を背に惣兵衛は橋を渡る。
「…よし。惣兵衛―!死ぬなやー‼」
そうして渡り切ろうかという時に、皆が声を合わせて叫んだ。
「だから縁起でもない事を言うなや!」
瞬時に振り返って惣兵衛は叫び返す。
お互いに屈託のない晴れ晴れとした笑顔の別れであった。
しばらくすると、満足したように京都の町に振り返って声をかけた。
「おまえたち達者でな」
「おお。惣兵衛も道中は気を付けるんやで」
橋の袂には数人の男たちが見送りに立っていた。
若人の名は惣兵衛と言い、これから東海道を江戸まで旅する。本来の街道である三条大橋から行くと遠回りになるので、ここに集まっているのである。
「しばらく会えないと思うと寂しいな」
「そうやなあ」
「せやかて、すぐにへまをして暇をもらうかも?」
男たちは勝手に話し出している。
「言ってろ」
惣兵衛は呆れたように言った。
彼らは惣兵衛が八歳のころから寝食を共にしてきた奉公仲間である。本当の兄弟のように育ち、これまで幾年も商人の修業に明け暮れてきた。しかし、新しい環境を求めて奉公先に暇をもらったのだ。旅によって離れるのは寂しい気分でもあるけれど、この別れは一時だと互いに理解しているので、内心は未来に向けた希望にあふれているのだった。
それは一年前のことである。年長の奉公人であった角谷長兵衛から飛脚便が届いたのであった。角谷は五年前に奉公先を別家して、江戸での商売を始める為に一人で東へ向かった。それからの身の上は不明であったが、文によれば江戸に店を構えているという話で、是非とも惣兵衛たち奉公仲間を雇いたいとの内容であった。
「惣兵衛は番頭になるんやって?」
「うまく働きを示せればな」
「そりゃあ。給金貰って江戸を堪能できるやろ」
噂では江戸の発展は京都をしのぐとも言われている。様々な遊興にふけることが出来る別世界だとか、恐れ多くも都とも言われているようだ。
「前にも言っただろう。江戸で金を稼いで店を持つのさ」
惣兵衛も自分の店を持つという決意であって、長屋からの通いの番頭で終わる気はなかった。しかし、安い奉公人の給金で東海道の路銀を賄うのは、惣兵衛としても避けたい行為である。なので、荷物にずっしりと糒や干し大根を持参して、木賃宿に泊まるつもりであった。
「盗賊に攫われなきゃいいがな?」
一つ下の吉助は眉をしかめながら言った。
「縁起でもないな」
「夜道は気を付けろっていうこっちゃ」
幼いころに両親に丁稚に出されてから、京都の外は店の行事で花見に出かけるくらいだった。番所は知っているが、関所など越えたこともないし山道も慣れてはいない。それでも街道はよく整備されているはずで、まだ見ぬものを探索できる喜びは旅の杞憂を遥かに凌駕していた。
「ほな、さいならや」
惣兵衛は別れの言葉を口にして、橋を進み始める。
「元気にな!」
「ワイらも暇したら雇ってくれ!」
「忘れんなや!」
仲間たちの声を背に惣兵衛は橋を渡る。
「…よし。惣兵衛―!死ぬなやー‼」
そうして渡り切ろうかという時に、皆が声を合わせて叫んだ。
「だから縁起でもない事を言うなや!」
瞬時に振り返って惣兵衛は叫び返す。
お互いに屈託のない晴れ晴れとした笑顔の別れであった。
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