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第六章 亀と兎

亀のようでも兎のようでも。

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 ーー…伝わってきたオガコの思い出に、我はそういう経緯があったのかと知った。
 あと初めの出会いでオーガアマゾネスになっていたことも今知った。
 ともかく我の考えが完璧な予知夢ということで的中した。
 少し限定的な予見ながらも我が北の大地で復活したところとオガコの封印を解きに現れるまでも当ててみせたのだから正確性は十分あるのだろう。
 聖女が我に会って何を話したかったのかはわからないが予知夢以外に判明したことがある。
 やはり聖女と勇者の間に何らかの確執が起きた為に彼女は追われる身となったことだ。
 全く勇者め、世界を救って聖女と故郷で幸せになると語っていたあの眼差しは嘘だったのか…!
 実に度しがたい奴め。貴様とは必ずタイマンを挑んでやる。
 そう胸に誓いながら我はオガコの進化を下にいるエルフェンとプルパの二人と共に見守った。
 光封印と同じくらい輝くオガコの巨体にヒビが入ると全体的に広がってから崩れれば中から生まれ変わった彼女が姿を現す。
 赤みのあった肌は逆に青紫色となり元は灰色だった髪は空色に変わっていた。
 そして頭には左右と真ん中に生えた角に、一見ながら前より体格が一回り小さくなった、やはり裸の彼女がゾドラと同じように体育座りの態勢で浮いていた。
 ゆっくりと降りていくオガコを我はとりあえず倉庫から出した布で包んで隠してあげてから受け止め地面へと降下した。
 それとほぼ同時にオガコが装備していた特大剣[モモタロウ]が地面に突き刺さる。

「いやはや、魔族が進化するところは初めて見ましたが、ともかくお仲間の復活におめでとうと言わせてよろしいですかな?」
「うむ、二人共我が眷属の為に尽力してくれたこと、本当に感謝する。」

 オガコを抱えながら我は二人に向けて礼をした。
 頭を下げてみせるこちらにプルパはいえいえ大したことではと手を振って返す。エルフェンの方も笑顔でよかったなと言ってくれた。
 頭を上げた我は二人の間を通って歩く。向かうはもちろん待ち遠しくしているだろうフクチョウ達の元にだ。
 背後にプルパとエルフェンを連れて里に顔を出せば駆けつけようとしていたフクチョウらと出くわす。

「お、親方!そ、その腕にいるのはもしや…!」
「うむ、進化して姿は変わったが正真正銘オガコである。」

 我の通告にフクチョウらは一瞬シンとしてから大いに喝采した。
 今宵は宴だぁ!とフクチョウが言えば里のオーガは大賛成して勝手に動き出す。
 やっぱり四十年とちょっとを待ち続けた想いはそれほどのものだったのだろう。
 とりあえずオガコを寝かせてあげたいのでフクチョウに彼女の自宅へと案内してもらうよう頼んだ。
 嬉しそうに案内するフクチョウに連れられ我々はオガコの自宅に入る。
 使われていないというのに手入れがしっかりしているのはいつでも帰ってこれるようにというフクチョウらの配慮であろう。
 中にある大きい寝床にオガコを寝かせてから起きる前に一度【情報開示サーチ】を使って調べる。
 身体能力の面は前より少し上がった程度だが魔法面は一気に上昇していた。
 ただスキルから【巨体マッスル】が消えていたので今後あの特大剣をオガコが振り回せるかは後で確認するとしよう。
 その代わりと言ってはなんだが、闇属性の回復魔法をいくつか習得していた。
 うーん、あの回復魔法か……
 初めて見た時はそこそこグロいと思ってしまったけれどもオガコは見れる耐性があるだろうか?
 なんて一抹の心配を覚えつつも調べ終えたので後ろで待っている二人を呼んで自宅の中心に座る。
 何故なら今から我が見た聖女の言動を二人に伝えて意見を求める為だ。

「今から話すのはオガコの記憶にあった聖女のことだ。」

 最初にそう言えば二人は少し驚いてから話を求めてきたので語ってあげた。
 全てを語るとプルパは片手で長い髭に触れながら言う。

「なるほど、ならば聖女様は完璧な予知夢によって勇王国などの追っ手から逃げ続けられたのかもしれませんな。そして間違った道を進むこの世界を変えてくれる存在に大魔将軍殿を選んだのでは?」
「ふ、悪役に世界を正しくして欲しいと願われても困るな。」

 プルパの意見に腕を組んで皮肉めいたことを言っておく。
 まあ、本当はそのつもりで動いていいけれどもとは思っている。

「しかしそれぐらいならわざわざ聖女自ら伝えたいと言うものか?私ならオガコに伝言を残す程度にする。」

 エルフェンから出た意見には我も賛同する。
 完璧な予知夢によって我が復活することが明らかでも世界を正せという願いを託すだろうか。
 大体聖女がツルガミ山にやってきた時点では今の常識よりはまだ人間至上主義は浸透していなかったはずだ。
 だから最初のプルパの意見は可能性が低いと言える。
 となれば聖女は我に何を伝えたかったのだろうと振り出しになる。
 すると寝床にいたオガコからうーんという声が聞こえてきたので我は立ち上がり近寄って様子を見る。
 エイムの時みたいにふるふると震えてから眠そうな顔で瞼を開ける。

「ふわぁ……大魔将軍さんが、いるぅ…どうしてですかぁ…?」
「それはなオガコ。これが現実だからだ。」
「…またまたぁ。夢の大魔将軍さんはこれで三十九回目ですよぉ……」

 さらにエイムと同じく否定してきた。
 たかが五十年くらいでそんなに信じられないものになるのか?
 仕方ない、本当に現実へ戻してやろう。
 我は右手をオガコの額に近づけると力を溜めたデコピンをした。
 ペチンではなくバコンッ!といい音を出してオガコを寝床にめり込ませる。その威力にプルパとエルフェンは目を丸くして驚いていたが安心してもらいたい。

「…いっってぇぇぇ!誰だヒトの熟睡を邪魔しやがったのはぁ!」

 すぐにデコピンされた額を両手で押さえながらオガコは寝床から飛び起きてみせる。あれくらいの攻撃なんぞオガコにはいい目覚まし程度にしかならないからだ。

「どうだオガコよ。三十九、いや目覚めて見たのだから四十回目の我にだ。」
「へ…?」

 目まで覆っていた両手を離してオガコがこちらを見ればきょとんとした顔になる。
 すると、離した両手を伸ばして我の甲冑をペタペタと触り始めた。
 さんざん触れてから今度は自分の頬を引っ張って痛みを感じた顔になれば漸く実感した次の瞬間、オガコは額を我の胸元に当てた。

「…本当に、救ってくれたんだな。賭けた甲斐があったぜ親分。」
「我もだ。また会えて嬉しいぞオガコ。」

 そう言ってボンと右手をオガコの頭に乗せてから優しく撫でる。微かに震えたオガコはこちらに見えないまま腕で目を擦ると額を離してからふと横を見た。
 その先でずっと見ていたプルパはほがらかな笑みを浮かべ、エルフェンは気恥ずかしくなったのか視線を逸らしてした。
 さっきまでのことを見られていたオガコは口をわなわなさせて青紫色の頬に赤が混ざったかのように濃い紫色になってから声を出した。

「なあああぁぁぁ!?なんでここにエルフがいるんだぁ!?」
「ああ二人は我の配下だ。お前の封印解除に一役買ってくれたのだぞ。」

 大きく驚いてみせるオガコへ冷静に二人を紹介してあげる。
 それから知識人のオガコへ今のこの世界の現状を説明してあげた。
 人間至上主義というのが蔓延っている現状を知ったオガコはなるほどと頷いてからため息をついてみせる。
 オガコもきっと初めて人間至上主義を聞いた我の時みたいなことを思っているのかもしれない。

「それで親分。アタシらの今の敵は勇者と人間族ってわけかい?」
「うむ、この世界から人間族を激減させる。町や城は我が、村や関門はお前達が攻めて追いやるのだ。徹底的にだ。」
「へへ、一種類だけならわけもねぇ。とことんやってやるぜ!」

 ビッと親指を立てて了承してくれたオガコ。
 これで生き残りの眷属を三体取り戻したし、強力な兵士も得た。
 月日を掛けてしまったことは痛いロスではあるがここから挽回していけばいい。

「親方!姉御は目覚めましたか!?」
「おお!フクチョウ!なんかでかくなってねぇかお前?」

 家に入ってきたフクチョウに元気よく手を上げてオガコが返事する。
 四十年以上ぶりのオガコの声はよほど応えたのかフクチョウは顔に似合わぬ号泣で復活を喜んでみせた。
 本当に感情の幅が大きい奴だ。



 その夜は里で大宴会が開かれた。
 内容は我とオガコの復活と再び世界進出を祝うというものだ。
 キャンプファイアーばりの焚き火を囲んでオーガ族は飲み食いを楽しむ。
 唯一残念なのは並べられた料理を我が口に出来ないことだ。
 しかしまあ右を見ればプルパは若い雌オーガに介護されるみたいに食を進められ、左を見ればエルフェンは屈強な雄オーガに酒を勧められて逃げている。
 かくいう我もオーガアマゾネス達に囲まれ身体を密着させられていた。
 ああ…生身が存在したらどれだけよかったものかと思えてしまうこの状況ながら隣で骨付き肉を頬張るオガコに尋ねる。

「ところでオガコ。進化した新しい身体に違和感はないか?」
「んん?目線が低くなった以外は特にないかな。強いて言うなら身体を巡る力が二つある、みたいな?」

 首を傾げながら語るオガコ。
 彼女の言いたいことは恐らく身体的魔力と精神的魔力のことを指すのだろう。
 筋力や敏捷性みたいな肉体を動かすのに使う身体的魔力は元々オーガ族は高いがそこに魔法を扱うのに使う精神的魔力が加わったからそういう気分になっていると見た。
 これはオガコには進化で得たスキルの訓練が必要かもしれないな。
 となればオーガ族の侵略に付き添ってあげるべきかもしれない。
 スキルに慣れないと無駄に魔力を消費してしまう危険もあるからな。
 我はそう考えると眷属らに連絡を取る。エイムからオガコの復活を祝う言葉を聞いてから二体に任務を与えた。
 ゾドラには聖教皇国シェガヒメの属国の偵察を、エイムには国境を敷く為の準備をだ。
 次に通信機を使ってシャッテンと連絡を取る。

『遅いぞ大魔将軍!ていうかそんなに大軍を相手にしていたのなら何故妾を呼ばなんだ!自分だけ楽しみおって!』

 …なんかデジャブを覚える第一声を受けてからオサカの町に異変はないか尋ねてみた。
 するとシャッテンから面白い話が聞けた。
 まず居住者達が町に残った家を改装したり新しく建築したりしてちゃんとした居住区が出来上がったとのこと。
 さらにはドワーフ達による工房も一軒完成しより生活面の生産が可能になったとも聞いて我がいなくても皆逞しく生きようとする気概を感じられた。
 そしてここからが重要な件になる。
 なんでも半月前からオサカの町を遠くで監視している者らがいるらしい。
 エルフや獣人に感知されないほど離れていようとも影を繋げれば何処でもいけるシャッテンの目からは逃れることはできないからそこは誉めてあげた。

「敵の目星は予想がつくか?」
『当然じゃ。奴らは今も昔もちょっとしか変わらぬ格好のロサリオ騎士団どす。』

 ロサリオ騎士団……。
 オサカの町を占拠する時に出会った連中が再び現れたということか。
 監視のみでいるということは様子見して機会を伺っていると見るべきだな。
 ところがシャッテン級の大魔族が発見されたからどう判断するべきか待ちでずるずる半月も作業を続けているのだろう。

『妾が直接手を下してやってもよいでありんすが、無駄な戦いは避けろとお前さんが言うから何もせんでいますよ。』
「それでいい。また何か動きがあれば今後はいつでも連絡してくれ。」

 そう告げてシャッテンとの連絡を切るとオガコから視線を受けていたことに気づく。彼女は我の手にある通信機を見つめていた。

「親方、いつの間にスマホなんて開発してたんだ?」
「ん?残念ながらこれは通話しか出来ないぞ。」

 そういえばこの通信機をオガコに見せたのは初めてだったか。
 前世が女子高生だからスマホが恋しいのかもしれないが君とは【念間話術トランシーバー】があるから必要ないだろうが。
 通話しか出来ないと知ったオガコはそうなんだとちょっと残念そうな顔をしてから気持ちを切り替える為にまた肉を食べる。
 そんな彼女を見てから我は宴を楽しむ皆をただ静かに見守り続けた。


***


 ーー…聖教皇国の会議場。
 そこでもう五度目になる同じ議題の話し合いが続けられていた。

「……であるからしてオサカの町には災害級の魔族がいると報告があり、ここはやはりゲール殿の言う通り騎士団総出で向かうのが正しいと思えます。」
「いや、それは時期尚早だ。また属国の兵力で敵の力を削いでから一気に叩けばこちらの損失は少なく済む。」

 現在は早期決着と長期的攻略で意見が分かれておりどちらを教王に進言するかで話は停滞していた。
 何せ相手はこちらの属国を一月も掛けずに三つ滅ぼした大魔族。
 さらには過去にこの聖教皇国にも攻撃を仕掛けてきた歴史上無比の存在である。
 当時は居住区の一つが戦場と化し悲惨なものであったことを見聞きした人間はもう少なくなり本で知る方が多くなった。
 故に恐れを知る者らと知らない者らで意見が度々対立してしまい決定が先延ばしを繰り返していたのだ。
 このままでは埒が開かないやり取りにまとめ役の司教は悩む。
 もういっそのこと今出ている二つの意見から教王様に選んでもらった方が良いのではとも思えてしまった時だった。

「……皆の者!何をくだらない論争をしているのだ!」

 バンッ!と勢いよく扉が開くとこれまた威勢の良い女性の声が会議場に響いた。
 その声に全員が視線を向けた先にいる人物を確認すると口々に大司教様!?と驚く。
 黒い法衣の上から色々な道具をぶら下げた白衣を纏い両手は革の手袋を付け足はブーツ。
 頭は口から上までを覆うヘルメットを被ったとても聖教者とは思えない出で立ちをしていた。

「大魔将軍なんてもはや化石級の魔族!今の私達が何がある!?そう!がある!この国には誰がいる!?そう!天才魔科学者!カテジナがいる!」

 まるで宣伝するかのように言い張る女性。
 彼女こそかつて勇者パーティーの一人にしてこの世界を救ってみせた狸の獣人族カテジナ・タニールである。
 だが今の彼女にはもう狸特有の尻尾や丸い獣耳は無い。
 カテジナは自分の発明によって人間族へと生まれ変わり果てはも手にしたとされ半世紀経ってもカテジナの容姿は未だに二十代の若さを保っている。
 そして数々の魔科学によって聖教皇国に貢献したことにより教王から大司教の位を与えられ大きな存在となっていた。

「教王様には私から進言した!新開発したゴーレム部隊で町ごと異端者共を殲滅してやる!」
「ま、町ごと!?」

 今日まで国の貴族らの要望を汲んで出来るだけオサカの町自体の被害を少なくする方向で進めていた為に会議場の者達からは驚きの声が出る。
 当然何人かから町の被害を抑えたいという進言をカテジナに伝えたのだが彼女は言う。

「よいか!あそこはもはや異端者と魔族の巣窟なのよ!蜂を駆除するならば一番効率がいいのはなんだ!?答えは簡単!蜂の巣ごと焼却すればいい!そうすれば逃げる暇も与えないわ!」
「しかしそのような大規模な方法はとても限られているのでは?」
「だからこそ私がついに完成させた新ゴーレムの出番なのだ!」

 そう返してカテジナは新ゴーレムと呼ばれるものの設計図を見せ性能を解説しさらにはどう攻撃するかも話した。
 新ゴーレムの性能と作戦に会議場の半分近くがそれならばと賛同してしまう中で司教は息を飲んだ。
 結局カテジナの新ゴーレム部隊によるオサカの町への攻略という形で後は教王からの返事を待つこととなり今回の会議は終了してしまった。
 参加していた司祭級の者達からはさすがは英雄カテジナ様と称賛の声が呟かれる中、まとめ役だった司教はカテジナを呼び止めた。

「なんだい司教?私の新ゴーレムをもっと知りたいのかい?」
「…はい大司教様。あなたがお見せ下さった新ゴーレムの性能は確かに従来型よりも数倍、いや数十倍も上がっています。」

 ですがと司教は眉を寄せる。
 今まで人間族の扱えるようなゴーレムをたくさん見てきたが先ほど見せられた性能はもはや別格と言ってもいい機体だ。
 当然運転手にもそれだけの魔力が求められ扱える人間は少ないのではないかと司教は不安を感じていた。

「おやおや、その心配はいらないよ司教。あれは中級魔法使いでも問題なく運転できる。何故なら……。」

 その時に鳴った時を告げる大鐘の音と共に先ほど言わなかった新ゴーレムのをカテジナは話した。
 聞いてしまった司教は目を見開いて驚いてからすぐに口に手を当てて顔を青くさせた。

「ふふふ、科学者でもないご老人では刺激的な話だったかな?」
「あ、あなたは…生命の神秘に手をつけようとでも言うのですか…!」
「とんでもない。これでも私は大司教だよ?」

 でもね司教とカテジナは顔を司教に近づけて言った。

「私は大司教である前に、英雄である前に、魔科学者カテジナなのさ。よく言うだろう?科学に必要なのは《九割の時間と資材》そして《1割の天才》だと。」

 カテジナの言葉に司教は一歩退く。
 人間を導く聖教の道に立つ者とはかけ離れた位置に立っているようなカテジナの言動に彼女が何故教王から大司教を与えられたのかわからなかった。

「では失礼するよ司教。作戦に向けてゴーレムの調整をしておかないいけないのでね。」

 手をひらひらと振ってみせながらカテジナは言うと震える司教を置いてその場を去っていった。
 廊下を歩きながらカテジナはほくそ笑む。
 まさか半世紀も経って自分の魔科学を存分に振るえる相手が現れたことに高揚していた。

(楽しみだよ大魔将軍。あの時の私は何も出来なかった。)

 だけど今は違う。
 豊富な資材と権力、そして終わらない時間を手に入れた自分の研究成果を存分に使って君を倒してみせる。
 そうすれば私は勇者も霞む名声を手にするだろう。
 そして近い将来、必ず教王の座に着いてみせる。

(この国は私にとって最高の研究施設!エルフもドワーフも獣人も…いや、人間も私の傑作の為に資材として活躍してくれたまえ!)

 自分の計算した未来にまた高揚し腕を広げながら軽く一回転すればカテジナは研究所へと向けて歩みを進めるのであった。



「ーー…皆、俺は今日でギルドマスターを辞める。」

 ミネトンの街にある冒険者ギルドでヴァンクは朝方職員達にそう告げた。
 突然の辞職に聞いた者達は大きく動揺し理由を尋ねれば彼は言う。
 自分が戦わなければならない相手が復活し西の大陸で暴れていると。
 だから現場に直接赴いていかねばならないのでもうギルドマスターをやっていけないからだと。

「勝手なのはわかっている。だけど、正直今の俺が勝てるか微妙な相手なんだ。」
「それって、やはりかの大魔将軍のことですか…?」

 情報系担当の職員から出た質問にヴァンクは腕を組んで静かに頷く。
 かつての仲間達に手紙を飛ばして約二ヶ月。
 その間に返事が返ってきたのはエルフェンだけであった。
 しかも[わかった。調査する。]の走り書きの二言だけ。
 久しぶりの手紙なのだからもう少し書いてもと思ってしまったヴァンクであったがその気持ちも失せる話が届いてしまう。
 大魔将軍を名乗る者がオサカの街を占拠してしまったという話。
 ガレオがここから南に向かうと言ってきたのを最後に音沙汰なかったところにきた情報にヴァンクは噂だとは考えずついに大魔将軍が本格的に動き出したと思った。
 さらに大魔将軍のことで動き出す奴がいるとヴァンクは考えた。
 そう、あの勇者だ。
 過去に四度も戦い、ライバルと認めた大魔将軍が動き出したと聞けばさすがに勇者が動かない理由は無いと読んだのだ。
 だからヴァンクはこの機に勇者の元に直接行ってやろうと決めてギルドマスターの辞職を決めたのである。

「ということだからここは任せたぜシーク。」
「ヴァンクさん…!」

 これからギルドマスターに任命されるシークにヴァンクは笑顔で言うと冒険者ギルドを後にした。
 彼が目指すのはまず勇王国トチョウ。それから大魔将軍が占拠したというオサカの町に向かう予定で彼は港へと歩く。

(歳は取ったが、俺はまだまだ戦えるぜ大魔将軍…!)

 再び訪れた世界の危機に各々動くヒト達。
 それはがむしゃらに速くか、ゆっくり確実にかで進んでいく。
 その先で待つ共通の大物を相手する為に。
 しかし、逆もまた然りでかの大魔将軍も再び世界を、さらに思想を敵にして迎え撃つ。
 果たしてこの先にあるのはやはり人間の平和か。
 はたまたヒトの共存か。
 それとも漆黒の支配か…。
 魔王撃退から半世紀を越えて再び激動の時代が始まろうとしていた。
 
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