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第六章 亀と兎

背負うな。抱えよ。

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『ーー…、だと?』
『そうだ。私は、私の限界を超える一撃を生み出したい。この弓の為にも。』

 勇者達が寝静まっている時に見張っていたガレオもとい我へエルフェンは相談してきた。
 彼女の手には故郷で眠っていたエルフ族の秘宝の一つである光属性を宿した弓。そして魔族から守ろうとして命を散らした祖父の形見でもあった。

『この弓の光属性を完全に出しきって放つ魔法矢マジックアロー。それこそがあの障壁に対抗できる技となるはずなんだ。』
『なるほど、それで何故我にそんなことを話してくれるのだエルフェン?』

 話を聞いて思った疑問を尋ねてみればエルフェンは軽く俯いてから意を決して言ってきた。

『ガレオ。私に属性の操作を教えてくれないか?』

 エルフェンのそのお願いに我は驚かされる。
 国に囚われた聖女を救出する為に我が勇者一行に同行することになった時、一番にエルフェンが反対してきたからだ。
 エルフェンは我から微かに漏れる闇属性に気がついて勇者達に話した。
 すると勇者とヴァンクは聖女を一緒に救ってくれようとしてくれていること、その前に人助けをしてみせた我を疑わずに同行を許してくれた。
 本当は聖女を連れ出したくてもとある問題のせいで手をこまねいていたからなのだが。
 だからエルフェンは道中ずっと我のことを警戒していた。
 故に他の者より距離を置かれていたのだが、そんな中でエルフェンの故郷が魔族の襲撃にあったという話が飛び込んだ。
 故郷を守る為一人戻ろうとするエルフェンに察した我が止め勇者達と一緒に彼女の故郷へ向かった。
 戦いは激しいものとなり僅かな油断を突かれたエルフェンの為に里の長であった祖父は身を呈して守ってみせた。
 そして悲しむエルフェンに祖父は里一番の弓使いである孫娘にかの弓を継がせたのだ。
 【情報開示サーチ】で弓の性能を確認してみたが素晴らしいステータスで使う者の魔力に呼応して光属性が増幅するという機能もついていた。
 しかしエルフェンはその弓を十分に扱えていなかった。
 彼女が言うにはただ魔力を注ぐだけでは光属性を完全に出せないらしい。
 どうすれば弓の機能をしっかり出せるのかエルフェンは悩んでいたのだとか。

『だがお前は心身を蝕むとされる闇属性を持ちながら平気でいる。それはつまり騎士のお前は属性の操作が魔法使い並に、いやもっと上手いということだろう。』

 魔力において長けているエルフにそう褒められると嬉しいのだが中身が闇属性そのものなので腕を組んで大したことではないと返してやった。
 それが自信と見えたのかエルフェンは改めてしかも頭を下げてお願いしてきた。

『頼むガレオ。聖女を救う為にはこの弓の光属性が必要になるんだ。私に属性操作を手ほどきしてくれ。』

 プライドの高い彼女がそこまで言う理由は聖女が囚われた国に潜入する為に起きた問題にもあるだろう。
 聖女の力を無理矢理借りて作った障壁が勇者達の潜入を拒んでいて障壁を生み出す三つの棟の装置をどれか一つでも破壊しなければならない。
 その為には唯一障壁をとおせる光属性で尚且つ貫通力のある一撃が必要になるということで先ほど話し合いしていたのもエルフェンが頼み込んできた理由に含まれる。
 そして我もその問題にぶつかったからこその同行であったので本来の目的の為ならばだと思えば断る理由はなかった。

『…エルフだからと優しく教えるつもりはないぞ?それに時間もない。一週間…いや、で完成させてみせるぞエルフェン!』
『上等だ。必ずものにしてみせる!』

 それからエルフェンと我は勇者達に時間をもらって完成を目指した。
 才能があったが故に努力して会得するという経験が乏しかったエルフェンにとって精密な魔力操作というものは最大の壁となった。
 それこそ【七彩百穿レインボーハンドレッド】を会得するよりも困難であった。
 魔力を矢へと形成させるのも高度だと言うのに一つの魔法矢マジックアローに貫通力、速度、追尾能力、それに光属性を合わせて放つという実に贅沢なものにしなければならないのだからな。
 そうしなくては障壁を徹し更に棟の装置を棟全体にもある魔法防御壁すら貫通させて破壊することは出来ないからだ。
 何度も操作を誤って起きる反動に痛み、失敗に葛藤するエルフェンに我は妥協を許しはしなかった。
 エルフェンも五日でと言い切ったからにはと弱音は吐かなかった。
 だが、五日経っても完成には至らなかった。

『くうっ!足りない!あと少し貫通力を上げなければいけないのに何が足りないんだ!』

 五日目の深夜に膝を着いて悔しさを吐き出すエルフェン。
 ここまでで精密な魔力操作は完璧となっていたし光属性も速度も追尾能力も到達していた。
 しかし障壁と魔法防御壁を貫くにはまだ貫通力が足りなかったのだ。
 それは実験台に付き合ってあげた我もよく理解していた。
 だから何が足りないだろうかと我もその場で考えてみた。こういう時は前世の知識に何かヒントはないかと記憶を振り返ってみた時にこれはありなのではという答えを見つけた。

『エルフェン。こういう形に魔法矢マジックアローを作れないか?』

 
*** 


 ーー…つい懐かしくも厳しくしてあげた日々を思い出してしまった。
 これから放つであろう攻撃はその厳しき鍛練の先で生み出したエルフェンの究極技【神矢一貫ゴッデスアロー】。
 【七彩百穿レインボーハンドレッド】が直線広範囲攻撃ならば【神矢一貫ゴッデスアロー】は光属性の超単体技だ。
 これを受けて平気な魔族はいない。
 なにせ二つの魔法防御の障壁に風穴を空けて棟を破壊してみせただけでなくその先にあった建物にまで到達してみせたその本質は威力ではなく驚異的な貫通力と追尾能力、そして光属性にある。
 特に貫通力に関しては我が出したアイディアによっておそらく魔法矢マジックアローの中では無比となるかもしれない。
 そのアイディアとは単純に言うとである。
 魔法矢マジックアローの先端を円錐形にしさらに螺旋の模様を刻み込むことによって放たれた矢が回転する仕組みにしたのだ。
 これによって貫通力が向上し我が作り出した五重の障壁を見事貫いてみせ【神矢一貫ゴッデスアロー】が完成したのである。
 唯一デメリットを挙げるとすれば多大な集中力が必要なので発射までにかかる時間が【七彩百穿レインボーハンドレッド】よりも長いというところだ。
 だから半世紀前の一応最終決戦だったあの場面ではエルフェンは使えなかったわけだ。

(だが、どうやら更なる鍛練によって時間を短縮してみせたというわけだな。してやられたぞエルフェンよ。)

 【七彩百穿レインボーハンドレッド】と数回の狙撃を時間稼ぎに使ってまで次の一撃を我に当てようとするその覚悟は実に見事である。
 魔力を操って屋根上の人影を拡大して見ると片膝を着く態勢で既に発射準備に入っているエルフェンを確認できた。
 服装は長旅向けのものに変わってはいたが五十年程度ではエルフェンの美しく美肌な顔に変化は見られない。
 ただ髪は伸びて少し大人びた感じに見える気もしなくはないし身体の方も若干成長しているような感じがする…女性の部分以外は。
 そして口の動きから砕けろ大魔将軍!と言ってからエルフェンの【神矢一貫ゴッデスアロー】が放たれた。
 超高速で飛んでいきながら回転を始めた光属性の魔法矢マジックアローは速度を上げて一直線に我へと飛んでくる。
 だから普通は横か上に飛んで避けるものだろうが【神矢一貫ゴッデスアロー】には追尾能力もある。
 時速数十キロで飛び舞う鳥系魔族の上位種ですらその追尾能力と障害物を全て貫通する【神矢一貫ゴッデスアロー】に負けるところを見たことがあるので生半可な回避は無駄だ。
 ならばどうすればいいか?
 簡単な話だ。のだ。
 それに身を以て体験しているからこその対応策も既に出来ている。

(いざ勝負だエルフェン!【多重障壁】!!)

 まずは前方に十枚の闇属性の魔法防御壁を形成。
 次に急ブレーキをかけて止まると両腕に魔力を充填。光属性と相対する闇属性を練り上げてから両手をがっちり合わせてハンマーブローの態勢を取る。
 最後にハンマー投げの要領で合わせた両腕を斜め上に振り上げる形で回転し自ら独楽となって前進した。
 すると練り上げた闇属性が線を引くようにして形を作り上げれば黒い渦となって周りの視界からは我の姿が見えなくなるほどに回転数を上げた。
 迫る光属性のドリルは十枚の障壁を瞬く間に貫いていく音を前方に感じながら前進し続ける我はタイミングを測る。
 そして二つの属性が衝突する直前に我は動いた。

「ぬおおおおっ!!【漆黒の返し打ちダークネスフルスイング】!!」

 軽く踏ん張り態勢ごと斜めにしながら我は【神矢一貫ゴッデスアロー】を下から高速回転による遠心力を得たハンマーブローをぶつける、のではなく当てた。
 次の瞬間、光と闇の相対属性による衝撃波が発生しながらギャインッ!という金属が激しく擦れ合うような音が森に鳴り響くと【神矢一貫ゴッデスアロー】は軌道を角度高めの斜め上へと変えて森を抜け空の彼方へと飛んでいった。
 そう、我が行ったのは打ち消すではなく受け流すである。
 【神矢一貫ゴッデスアロー】は回転しながら飛んでくることを利用してこちらも回転する向きを合わせたのだ。
 故に互いがぶつかる時にさながら歯車が一瞬噛み合うにして軌道が変えられ【神矢一貫ゴッデスアロー】は跳ねるようにして軌道を変えられ飛んでいったというわけだ。
 最初は真っ正面から相殺する案も浮かんだのだがそれだと一帯にどれだけの損害が起きるかわからないという答えになった。
 それではせっかくここまで案内してくれたセプト達に申し訳ないから今回は受け流す形を取ったのだ。
 それでも【神矢一貫ゴッデスアロー】に触れた方の盾が大きく削り取られていたのはさすがの威力であったと言わざるおえないだろう。
 最後に、今の技名は即興であることも覚えておいてくれ。
 ともかくこの勝負は我の勝ちであろうとエルフェンに視線を送ろうとした。
 しかしエルフェンは左右に揺れると前のめりに倒れてしまう。しかも倒れた先が屋根の斜面なのでそのまま転がっていくではないか。
 これはいけないと我は飛んで向かった。
 屋根を転がっていくエルフェンは成す術もなくそのまま空中に放り出されたところで間に合い我が受け止めてあげた。
 魔力を使い過ぎて気を失った彼女を横抱きに建物の玄関前に着地する。こうして間近で見てみたら大人びた印象を受けるエルフェン。それでも気絶しておきながら弓は決して離していないところに懐かしくも少しは成長したのだなと感じた。
 そこへ戦いが終わったことを確認したゾドラがまたしても真っ先にやってきてくれた。
 ちょうどいい、心配してくれるゾドラに悪いが手を借りるとしよう。

「ゾドラ、確か龍魔法には回復するものがあったな?」
「はい。まさか旦那様、エルフェンを治療しろと?」

 我を殺しにかかってきた相手を治療することにゾドラはいささか抵抗を示す。だからもう一度呼び掛けて顔を見てやれば彼女は頬を赤らめる。

「そんな顔されては困ります旦那様。やらせていただきますけど治療というよりは補給した方が早いですね。」

 返事にどんな顔してるの今?と思っていれば了承してくれたゾドラは呟くように呪文を唱えてから紫色に指先が光り出した人差し指をエルフェンの胸元に当てる。
 するとエルフェンの身体にみるみる魔力が充填されていくのが確認できた。
 ものの数秒でほとんど魔力が回復したエルフェンの呼吸は安定し穏やかに眠ってくれていることに内心良かったと思いつつ補給してくれたゾドラにお礼を言ってあげた時であった。
 建物の玄関にある重そうな金属製の扉が音を立てて開いてみせたのだ。
 警戒からゾドラはエルフェンを抱えている我の前に出て戦闘態勢を取ってくれている。

「…待たれよ!我々に戦う意思はありません!」

 開いた扉の向こうから年配の男性の声が聞こえてきた。
 それとほぼ同時に後からやってきたセプト達が追いつき隣に立ってくれた。
 声がしてからすぐにリーダーであろう老人のエルフを先頭に半世紀前から知る者達が姿を見せてくれた。

「久しぶりでございますな大魔将軍殿。イガタニ半島の戦い以来でしょうか。」
「ふん、貴様がここの代表なのかプルパよ?」

 先頭に立つ白銀の長髪の長い髭の老人エルフの言葉に我はすぐに名前を言い当てる。
 プルパ・ンダモル、エルフ族の中でも彼に勝る者はいないとされる大神官だ。
 いや今はその地位はなくなっただろうから光の大魔法使いと言うべきかもしれない。
 他にもドワーフの技工士長、獣人族の将軍など肩書きを持つ面々が見えたが今は省かせてもらう。

「セプトより連絡はありましたが、こうして見せられるともはや信じるしかありません。どうぞ中でお話させてください。」
「うむ、その為に来たのだからな。」

 その前にと眠っているエルフェンを向こうに引き渡し運ばせる。治療は済ませてあることを伝えてあげるとプルパからお礼の言葉をもらいこうして多分無事に我らは〔大地の守り人〕本社に入ることとなった。
 外見からも察していたが中の方も広々としており戦闘員だけでなく子どもや医者と非戦闘員と人間以外の多種多様のヒト達が働いている姿を歩きながら見物していけば一番奥の部屋に案内された。
 どうやら会議室みたいで円卓がありプルパから好きなところにと言われたので敢えて上座でなく入ってすぐのところの席に着き左隣にゾドラを座らせた。
 これには面食らった者が何人か見えたがプルパは冷静に奥の席に腰掛け他も左右に連なるように着いた。

「さて、まずは遅ればせながらようこそ〔大地の守り人〕へ。歓迎しますぞ大魔将軍殿。」
「こちらこそ、手厚い歓迎痛み入るぞ。」

 腕を組んで普通に返してみたつもりだったが場の温度がちょっと下がってしまった。
 多分エルフェンの出迎えに機嫌を損ねていると勘違いさせてしまったようだ。
 いけないいけない、冷めきらない内に話題を出すとしよう。

「まあエルフェンのことはおいといて。セプトらから聞いてる通り我は人間族の敵として活動することにした。だが半世紀も眠っていたので不覚にも世界情勢に追いつけていないところがある。だから君達の知っていることを聞かせてほしい。」

 まずは率直にこちらの要望を伝えてあげた。
 本当はセプト達からいろいろ聞いてはいるがここでは世の中に疎い者として話すこととしよう。
 これで正直に答えてくれるならばよし、でなければ相手の要望を聞き入れ吟味させてもらうだけだ。

「なるほど、では私から説明させていただきましょう。」

 問いかけにプルパの隣に座って壮年のエルフ族の男性が世界情勢について語ってくれた。
 勇王こと勇者のいる大陸の中心部にある大帝国トチョウ。
 かつて聖女を兵器にしようとしたオサカから東に存在する聖教皇国シェガヒメ。
 そして昔から機械の国として君臨する北東部に存在する技工王国ヤマワテ。
 現在大陸で三大国家と呼ばれるこの三つの強国とそれに属する属国と呼ばれるものがお互いを牽制し拮抗して一応平和を保っているらしい。その三国に属していないのはオサカより西側にあるアースデイを含めた獣人族とドワーフ族の小国くらいである。
 そんな中でも人間族はエルフやドワーフ、獣人族を捕獲し各地方に建設された様々な施設に収容されているという。
 話を聞いてすぐに思ったのは各国ごとにそういう施設が存在しているということに奴隷にするだけでは物足りないのかという憤慨であった。
 これは我に新たな目的が出来た気がする。というかやれば絶対に勇者も姿を見せること間違いなしだろう。

「以上が私達から話せる大まかなことです。」
「ふむ、その施設の場所は把握しているのか?」

 次の質問に何故という顔されながらも把握しているという答えをくれた。
 ただ施設の規模によるがほとんどが人間族が作らせた魔法兵器等で守りを固めており容易に攻撃も潜入も出来ないのだとか。
 確かに国が経営している施設ならば防衛にも力を注いでいることだろう。
 それに潜入し救出に成功したところで後が怖い。国が全力を出して追跡してきたらまず逃げきることはほぼ不可能だろうし最悪この場所がバレて総攻撃を受けてしまう可能性もある。
 まあこちらとしては好都合だ。施設の場所がわかっているならば少数精鋭の我々が出ても文句はあるまい。
 だがその前にこちらの質問に答えてくれた彼らにも質疑応答を与えるとしよう。

「答えてくれて感謝する。今のところ質問は以上だから、君達から聞きたいことがあるなら聞かせてくれ。」

 ドンと身構えて質問を待ってみる。
 言われたことに向こうは少し困惑してからまずプルパが質問してきた。

「おほん。では、大魔将軍殿はどうやって復活なされたのですか?」

 プルパからの普通の質問に我は解説してあげた。
 といっても時間を操る魔法なんてこの世界では伝説の魔法なので向こうは大いに驚いてくれた。
 次にプルパは何故オサカの街を占領したのかを聞いてきたので大黒林での出来事も話してあげさらにトワダ森林でリヴユールに会ったことも語ってあげた。
 その上で人間族の蛮行が力なき魔物にまで広がっていることが許せないのとその為の拠点を得る目的であったと説明してあげる。

「まあ、我にとっては五十年経過した実感がないのでよくあることいつも通りをしたまでだ。」
「そうでしたか。そのタイミングでセプトらがやってきたというわけですか。」

 鎧姿の獣人男性の言葉にセプトは返事をしてから彼らの視点での感想を伝えてくれた。
 難民支援の指示を我がしてやったことにまた驚いてからプルパ側がこちらを見てきたので魔界でも同じことをしていたからだと言ってあげた。
 実際はケット・シー達が愛らしくてが大きな理由なのだがそこは伏せておこう。
 さらに我が人種の比率は変えてやってもいいという話題がセプト達から出ると向こうは大きくどよめいた。
 そんなこと出来ないだろうと口に出してしまったドワーフの者が出ると隣から圧力を感じた。

「脆弱な者め。この御方を誰だと思っている?この世界において一番の功績を立ててみせた大魔将軍様ですよ!言葉に気をつけなさい!」

 鋭い眼光と牙を見せて言い放つゾドラに受けた者達は完全に萎縮してしまう。
 全くゾドラめ。新しい姿になってから感情が出やすいのは少々よろしくないからそろそろ自制心とかの説法をしてあげた方がいいかな?

「オホン。大魔将軍殿の助力は大変ありがたい話です。ならばこそ最後にお聞きしたい。貴方はこれから何を成していきたいのかを。」

 ゾドラの威圧をものともせずに咳き込んでからプルパが質問してきた。
 さすがは半世紀前からの歴戦のエルフと思いながらこれからについてついさっき決めた行動方針を話すことにした。

「そうだな。まずは西をいただくとしよう。」
「いただく…?」
「そうだ。オサカより西の小国全てを我々が統治し国境を築く。それから君達が把握している施設を叩き捕まっている者達を領内に逃がす。」

 無論その場合に発生する戦闘は全て我と眷属が引き受ける。半世紀の間に出来た魔法兵器に関しては警戒するべきだろうが今さら人間族を追い出し領土を得ることに何ら躊躇いはない。
 施設破壊工作もこちらは慣れっこだが救出には彼らの手を借りるとしよう。何せこちらはその気になればまるごと無くしてもいいと思っているのが多分二体ぐらいいるからね。
 高望みを言うならそろそろアンデッド系以外の歩兵が欲しいところではあるが。
 と思ってしまった矢先に会議室の扉が勢い良く開く。荒い息遣いに振り返ると膝と扉に手を当てて立つエルフェンが見えた。
 彼女を見てゾドラは魔力を補充しただけであったのにもう目覚めたのかと少し驚かされた顔を見せる。
 エルフェンは荒い息遣いのまま顔を上げると我をキッと睨みつけてきた。
 だから我は席を立って彼女に歩み寄り声を掛けた。

「久しぶりだな。」

 次の瞬間、左頭部に衝撃を受ける。エルフェンの手甲を着けた見事な右フックが炸裂したからだ。
 ガレオの姿で受けたので軽く右に傾くがすぐに右手を後ろに伸ばす。見た光景に今にも攻撃しそうなゾドラに手を出すなと止める為だ。

「何故だ!何故…!」

 エルフェンは口を動かしつつ今度は左で打ってくる。だが我はガードも回避もせずに受ける。おわかりだろうが既にパッシブスキルはオフにしてあるのでエルフェンにはなんの影響はなく我は彼女の左右から繰り出すパンチをただ受け続けた。
 周りが動揺している中、会議室に響く鈍い金属音が十回を越えたあたりでエルフェンは両腕をぶら下げ俯いて震える。

「何故、なんで…今更なんだ……」

 ぶつぶつと呟くエルフェンを前に我はずっと黙っていれば今一度顔を上げたエルフェンは大きく振りかぶってから想いを吐き出してきた。

「今更なんで帰ってきたおぉぉ!!」

 パアンッ!と最後に乾いた音が部屋中に響いた。
 エルフェンの渾身の一撃から生まれた衝撃波が周りにしっかり伝わるほどだ。
 その一撃を我は右のてのひらで受け止めていた。
 危険と判断したからではない。
 最後の一撃に込められた想いをガレオかつての友として受け止めるべきだという無意識の行動だった。

「…今だからこそ喚ばれたのだ。弱き者が、力無き者が、この無理矢理な平和の世界が必要としたからだ。人間族にとってをな。」

 掴んだ手を下に動かし面と向かってエルフェンに悪役を使って伝える。
 こう言えばきっとエルフェンも理解してくれるだろうから手を離してから彼女に背を向けてプルパ達を見据える。
 席を立ってハラハラしている様子の面々に先ほどの続きをしてあげることにした。

「話を戻すとしよう。オサカより西にはいくつ人間族の小国がある?」

 こちらの問いかけに獣人族の女性が三つだと答えてくれた。
 しかもその三つは連合して現在アースデイと二分するもう一つの獣人族の国で山脈に存在する赤獣国家せきじゅうこっかロックガーデンを侵攻中とのことで〔大地の守り人〕に応援を求めて親書が届いていた。
 まさに実にいいタイミングではないか。アースデイ国だけでなくロックガーデン国にも恩を売れる機会を得られたのだから。

「よし、ならば話は早い。たった三つの混成軍ならばまとめて排除しても問題なしだなゾドラよ?」
「はい旦那様。どうせならこの際今いる眷属総出で殲滅させてあげれば素晴らしい印象として記憶に刻まれることでしょう。」

 ゾドラの意見にそれは良いなと受け入れるがすぐにエルフェンが止める。
 理由は侵攻が始まれば連合軍は間違いなく捕らえてある獣人族を前線に使ってくるだろうというものであった。
 そうやって士気を下げさせる精神攻撃をしてくるのが向こうの定番になっているのだとか。

「大丈夫だエル。我は人間族のみを攻撃すると決めている。」

 だがそれはパーサー達ので似た経験をしているので心配いらない。
 それに最初からそうしてくれるのであればこちらとしては都合が良い。しっかり救出と殲滅に仕分けできるからな。

「そうだエル、どうせなら一緒に来い。」
「え?わ、私が?」
「うむ、我の戦いをしかと見届けよ。いや、この際だ。パーティーを組もうと言うべきかな。」

 振り返って出した我の提案にエルフェンの顔が強張る。その顔には期待というよりも不安が強く出ていたと見受けられた。
 多分聖女を探す旅を始めてから半世紀の間、エルフェンは誰とも組まず独りで冒険してきたのだろう。
 セプトらが言っていた自分は同族を裏切ってしまった罪人という想いがあるからかもしれない。

「よく聞けエル。君が自分を悪役だと思って五十年生きてきたその気持ちに同情はせぬ。だが一人でなんでも背負おうとするのは感心しない。ヒトは人生で必ず一度は大小様々な失敗をするのだから。」
「だが、お前は失敗しないとでも?」
「いいや、我だって失敗する。失敗したからお前達と四度も戦って負けたのだろう?」

 肩を竦めてみせながら返してやれば俯いていた顔を上げてエルフェンが見てきたのでここでダメ押し的に右手を差し出して言った。

「君達の背中は小さい。一人で背負える限界はすぐやってくる。だから共に抱えればいい。背中は一つだが腕なら二本ある。一人より二人で、二人より四人でならばとお前達はそうやって世界を脅威から払い除けてみせたのだからな。」

 だから今度は我と一緒に不安と重責を抱えていこうではないかエルフェンよ。
 共に大陸を渡り、勇者の作った間違いだらけのことわりを打ち砕いてみせよう。
 大魔将軍として、そして改めて友として我はエルフェンに自身の今の想いを伝えてみた。
 室内が緊迫によって静寂となる中、エルフェンは我の手をじっと見つめる。

「…ガレオ、いや大魔将軍。お前はこの戦いの先で何を望む。」

 この場においてのエルフェンの最後の質問。というか今さら大魔将軍に言い直さなくてもよかったのでは?
 とりあえず人間族と戦ったずっと先についてに我は悪役の立場で答えてあげた。

「人間族という存在を一ヶ所で管理し飼育する存在。それが我のゴールの一つだ。」

 あくまでも今の答えは数ある到達点の一つ。もし人間族を管理してもダメならば教育と洗脳もやむを得ないだろう。謂わば我は前世の第三帝国のボス的な立場で半永久的に余生を過ごすことになるかもしれない。
 さて我の答えにエルフェンがこの手を取るか取らないかは彼女の意思だ。
 取るなら今後は共に行動するし、取らないなら我々で好き勝手にやるまでだ。

「それがお前の目指す未来か…いいだろうガレオ。今のこの場にいる者達に宣言する!私はこれより大魔将軍のパーティーに入る!今後私は彼と行動を共にする!」

 ガッ!と我の手をしっかり握ったエルフェンはプルパ達に堂々と宣言した。
 かの英雄の宣言にプルパ達は驚きを見せるがその決定を否定する言葉は出てこなかった。
 まさか半世紀経ってまたエルフェンと組めることができるなんて実に素晴らしいことだ。
 これはいっそう次の戦いは盛大にやってやるとしよう。
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