うーん、別に……

柑橘 橙

文字の大きさ
上 下
6 / 16

他方②

しおりを挟む
 婚約者のセレインを夜会に誘えなかったため、王妃から、一人で夜会や茶会に参加し、セレインがしていた公爵家の執務もするよう命じられた。
 断られたのに、行けば会えるだろうと公務を終わらせて少し遅れて会場に着いて、己の今までの非道を思い知った。
「第二王子殿下にご挨拶申し上げます」
 主催の伯爵夫妻と挨拶を交わした後、次々に紹介される貴族のご令嬢達。
 なぜ、婚約者がいる私に?と思っていたら、
「セッター辺境伯令嬢の関係を止められたら、是非とも私を……」
 ーーは?!
 なにを言っている?!そんな予定はないと言うのに!
 驚く私に次々と掛けられる似たような言葉。
 嫌悪感と焦燥感を押さえきれなくなってくる。
「お声掛け、失礼いたします。ーーお久しぶりでございます、殿下」
 そんな中、声を掛けてきたのはマクレガン辺境伯の嫡男だ。
「セレ……セッター辺境伯令嬢は、先程帰られましたよ」
 セレイン、と言い掛けたか?辺境伯同士、仲が良いのは知っているが。
 もやッとした何かを飲み下しながら答えた。
「そうか、間に合わなかったか」
「ええ、残念です。殿下といらしてファーストダンスを終えていらしたら、お誘いできたのに」
 ーーは?
「そうです、残念です」
「本当に」
 何人かの子息がため息とともに呟いたのを耳にした。
「皆、セッター辺境伯令嬢をおのですよ」
 ーーさっさと婚約者セレインを解放しろ。
 そう言われているのだ。
 なんと返事をしたか覚えていないが、そのまま会場を後にした気がする。




 翌日からの激務で日々余裕がなくなり、藁にもすがる思いであらゆる執務を効率化した。そして、己の無駄に丁寧な仕事がどれだけ意味をなさないか痛感させられた。
 はじめからこのようにしていれば、もっと婚約者との時間も、鍛練の時間もとれだろう。
 倍に増えた仕事をこなし、気づいたらゆっくりする時間もとれるようになってきた。
 その時間、考えるのは婚約者のこと。
 デビュタントのときは、あまりの可憐さに緊張してしまい、たいして会話をすることもなく終わった。顔合わせの時から、話しも考え方も全てが好ましくて、胸が高鳴った相手の晴れ姿だ。
 緊張しすぎて、なにをしたかもうろ覚えだった。
 翌日から始まった公務に振り回され、思い返せばたいして会話もなく、みっともない己を見せたくないと夜会や茶会も素っ気なく断り、気づいたら贈り物も心を込めていなかった。
 毎回、贈り物の度に心を砕く家族の姿に驚いたのは、最近のことだ。侍従に贈り物をしろと命じただけの己がどれだけひどいことをしているか、ようやく気づかされた。
 ーー本当に、情けない。
 脳裏にまざまざと甦るのは、『一人で参ります』と晴れやかな笑顔のセレインと、それ以前の俯いた姿のセレイン。
 晴れやかな笑顔は、オレを見限ったからだ、と今ならわかる。
 何年も婚約関係でありながら、公務以外でともに出かけたこともなく、婚約者に心を尽くしていなかったことを侍従や護衛達に指摘され、このままでは見捨てられるのだと……初めて危機感を覚えた。




「そなたの婚約を見直す必要がある」
 国王陛下に呼ばれて告げられた言葉が、脳から足まで一気に貫いた。
 理解し難くて呆然と父を見ると、深くため息をつかれた。
「セッター家が、街道から手を引いた」
「まさか!?」
 主要四街道は各辺境伯家の領地から王都まで続いており、その警護と整備は辺境伯家が善意で担っている。
 あらゆる領地がその街道の何れかの世話になり、安全に使用できるのは辺境伯家のお陰だと知っている。
「そなたが婚約者を蔑ろにしているからだ。王家は辺境伯家を取るに足りないと見なしているようだと、宣言されたわ。これに、マクレガン家も続いた」
 そんな……。
 足元がぐらぐらするような感覚を味わった。
「セッター家からは、もうずっと苦情を言われていた。そなたを信じようと、王妃がなんとか説得をして待っていて貰っていたのだ。だが、そなたが踏みにじった」
 冷たく見下ろされ、俯くしかなかった。
「今までそなたのことを考え、あらゆることに耐えていたセレイン嬢が、突然耐えることをやめた。ーーそなたが、せっかくの好意を断ってからな」
 そんな、……そんなつもりは……。
「街道の件だけではなく、そなたがとってきた行動のせいで、様々な思惑が動いておる。もはや、王家として、そなたを庇うことはできない」
 心臓がきしきしと嫌な音をたて始めた。
「第一王女主催の夜会が最後の機会だと思え」
 呼吸とは、どのようにするものだったかーー。
 
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

意地を張っていたら6年もたってしまいました

Hkei
恋愛
「セドリック様が悪いのですわ!」 「そうか?」 婚約者である私の誕生日パーティーで他の令嬢ばかり褒めて、そんなに私のことが嫌いですか! 「もう…セドリック様なんて大嫌いです!!」 その後意地を張っていたら6年もたってしまっていた二人の話。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

信用してほしければそれ相応の態度を取ってください

haru.
恋愛
突然、婚約者の側に見知らぬ令嬢が居るようになった。両者共に恋愛感情はない、そのような関係ではないと言う。 「訳があって一緒に居るだけなんだ。どうか信じてほしい」 「ではその事情をお聞かせください」 「それは……ちょっと言えないんだ」 信じてと言うだけで何も話してくれない婚約者。信じたいけど、何をどう信じたらいいの。 二人の行動は更にエスカレートして周囲は彼等を秘密の関係なのではと疑い、私も婚約者を信じられなくなっていく。

もう一度7歳からやりなおし!王太子妃にはなりません

片桐葵
恋愛
いわゆる悪役令嬢・セシルは19歳で死亡した。 皇太子のユリウス殿下の婚約者で高慢で尊大に振る舞い、義理の妹アリシアとユリウスの恋愛に嫉妬し最終的に殺害しようとした罪で断罪され、修道院送りとなった末の死亡だった。しかし死んだ後に女神が現れ7歳からやり直せるようにしてくれた。 もう一度7歳から人生をやり直せる事になったセシル。

私と結婚したくないと言った貴方のために頑張りました! ~帝国一の頭脳を誇る姫君でも男心はわからない~

すだもみぢ
恋愛
リャルド王国の王女であるステラは、絶世の美女の姉妹に挟まれた中では残念な容姿の王女様と有名だった。 幼い頃に婚約した公爵家の息子であるスピネルにも「自分と婚約になったのは、その容姿だと貰い手がいないからだ」と初対面で言われてしまう。 「私なんかと結婚したくないのに、しなくちゃいけないなんて、この人は可哀想すぎる……!」 そう自分の婚約者を哀れんで、彼のためになんとかして婚約解消してあげようと決意をする。 苦労の末にその要件を整え、満を持して彼に婚約解消を申し込んだというのに、……なぜか婚約者は不満そうで……? 勘違いとすれ違いの恋模様のお話です。 ざまぁものではありません。 婚約破棄タグ入れてましたが、間違いです!! 申し訳ありません<(_ _)>

「いつ婚約破棄してやってもいいんだぞ?」と言ってきたのはあなたですから、絶縁しても問題ないですよね?

りーふぃあ
恋愛
 公爵令嬢ルミアの心は疲れ切っていた。  婚約者のフロッグ殿下が陰湿なモラハラを繰り返すせいだ。  最初は優しかったはずの殿下の姿はもうどこにもない。  いつも暴言ばかり吐き、少しでも抵抗すればすぐに「婚約破棄されたいのか?」と脅される。  最近では、「お前は男をたぶらかすから、ここから出るな」と離宮に閉じ込められる始末。  こんな生活はおかしいと思い、ルミアは婚約破棄を決意する。  家族の口利きで貴族御用達の魔道具店で働き始め、特技の刺繍や裁縫を活かして大活躍。  お客さんに感謝されて嬉しくなったり。  公爵様の依頼を受けて気に入られ、求婚されたり。  ……おや殿下、今さらなんの用ですか?  「お前がいなくなったせいで僕は不愉快な思いをしたから謝罪しろ」?  いやいや、婚約破棄していいって言ったのはあなたじゃないですか。  あなたの言う通り婚約破棄しただけなんですから、問題なんてなんてないですよね?  ★ ★ ★ ※ご都合主義注意です! ※史実とは関係ございません、架空世界のお話です!

ヴェルセット公爵家令嬢クラリッサはどこへ消えた?

ルーシャオ
恋愛
完璧な令嬢であれとヴェルセット公爵家令嬢クラリッサは期待を一身に受けて育ったが、婚約相手のイアムス王国デルバート王子はそんなクラリッサを嫌っていた。挙げ句の果てに、隣国の皇女を巻き込んで婚約破棄事件まで起こしてしまう。長年の王子からの嫌がらせに、ついにクラリッサは心が折れて行方不明に——そして約十二年後、王城の古井戸でその白骨遺体が発見されたのだった。 一方、隣国の法医学者エルネスト・クロードはロロベスキ侯爵夫人ことマダム・マーガリーの要請でイアムス王国にやってきて、白骨死体のスケッチを見てクラリッサではないと看破する。クラリッサは行方不明になって、どこへ消えた? 今はどこにいる? 本当に死んだのか? イアムス王国の人々が彼女を惜しみ、探そうとしている中、クロードは情報収集を進めていくうちに重要参考人たちと話をして——?

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

処理中です...