うーん、別に……

柑橘 橙

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一転

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 やって来ました、夜会!
 って張り切って上げてるテンションだけど、内容はそこまで変わりはしない。ただ、今回は珍しくテーマが決められていて、みな自然をどこかに表現しているくらい。
 あと、会場の飾りには植物が多く使われ、会場内のどこかに四つだけ銀で作られたリンゴが飾られているらしい。
 その四ヶ所を会場の隅に控えた魔女の扮装をした者に伝えたら、特別な飲み物を供される。
 そういった趣向が凝らされているのだ。
「リンゴ、見つけたいわね」
「特別な飲み物が、気になります。早速探しましょう!」
 ロボスがやる気だ。
 ーーでも、そうか。
 もう無理矢理笑顔で自分から挨拶回りしなくてもいいや。婚約者がいない恥ずかしさや不安や苛立ちを、役目を果たすことで紛らわせていたけど、婚約者に 断ってもらった身としては、楽しまないと損だ。
 これでもし婚約関係が壊れたら、ロボスとラミアを連れてしばらく旅にでるのもありだし。なんなら、冒険者や傭兵稼業でも生きていけばいいし、事業に本腰を入れて独り立ちだって可能だ。
 …………………。
 婚約者、要らなくない?
 いや、でも家の意向もあるしなー。
「今日は、平和ね」
「いや、本来こんなもんだと思います」
 こちらがにこやかにしているからか、格下の家から声を掛けられることはなかった。たまに侯爵家ほぼ同格とか公爵家格上とかから声を掛けられるけど、にこやかに返答したらすっと引き下がっていった。
 ふふふ。気の持ち様って大事。
「さ、主催者に挨拶に行くわよ」
「わかりました」
 さっさと挨拶を済ませて、リンゴ見つけて、料理を少し堪能したら帰るつもりだ。
 主催者は先代に王家から降稼のあったそれなりの伯爵家。当主は堅実でしっかりとした方で騎士団の第四副団長を務めている。
 騎士団は一人の団長に五人の副団長、その下に各大隊長……とくる。この方はエリートなのだ。
「ご招待、ありがとうございます」
「セッター辺境伯令嬢、お越しいただきありがとうございます」
 きちんと礼を尽くしてくれる父親の横で、こちらを睨むように笑っていない眼でみてくる伯爵家のご令嬢。
「今日も、お一人でいらしてるのね」
 唐突に無礼な言葉を投げ掛けてくる。
 公の場で衆目を集めた上でのマナー違反。ある意味、強者だな。勿論相手にしません。今までなら多少の笑顔でスルーしたりしてたけど、そんな気を使ってやるつもりはもうない。
 この真面目そうな両親からよくこんな性格になったな。
「これ!」
「なにを無礼なことを申している!ーー申し訳ありません」
 娘を叱る両親は、慌ててこちらに頭を下げてきた。
 その間私は無言。言葉を掛ける価値がない、と無視をする。
「では、今宵の趣向を楽しみにしております」
 そのまま会場に戻ろうとした背中に、「殿下から相手にされてない」とかなんとか聞こえたけど、無視。
 伯爵家のご令嬢は父親の呼んだ使用人に引きずられるようにして奥へやられた。
「ロボス、あとで抗議のお手紙送るように実家に連絡しておいて」
 いままでなら、恥ずかしいからか親には言わなかったけど、もうこれからはきちんと対応する。
「定期連絡でいれときます。今までのもきちんといれてましたから、大丈夫ですよ。こないだの大臣は来週には消えますしね」
 は?聞いて……ないんだけど……?
「お嬢様、実力行使以外は遠慮してたから。旦那様がこっそり毎回抗議してたんですよ。大臣も、お嬢様がキレたら即報復、と準備してました!」
 小声で嬉しそうに胸を張るロボス。
 そんな、知らなかった……。お父様、すべてご存知だったんだ。
 恥ずかしいような、情けないような、嬉しいようなーー

 違う、ほっとしたんだ。だって、もう、誤魔化さなくていい。

「これで、堂々と遣り返せますね」
 わるーい笑顔でロボスが呟いた。
 もしかして、今日格下から何も無かったの、大臣の件が広まって……?
「ところで、オレ、二個ほど銀のリンゴを見つけました!」
「早いわね。じゃあさっさと見つけて、美味しいものいただいたら帰りましょう」
 ちょっと狭まっていた視界が、先日気づいたあの時と同じくらい開けてきた。
 知らず知らずの内に心が内側にいっていたんだろうな。
 その後、私もリンゴを一つ見つけ、ロボスが最後のを見つけて、大変珍しい果物のジュースを飲み、ちょっとご馳走を摘まんでから帰った。
 娘がアレでなければ、なかなか良い夜会だったなー。会場の趣向も良くて。
「あれ?」
 馬車に乗り込んで窓から会場の方を振り返ったら、見覚えのある後ろ姿があった。きりっとした歩き方といい、背中といい、既視感がすごい。
 えーと、誰だっけ……?
「お嬢様?」
 ーーまさか、殿下!?
 窓に貼り付いたけど、もう姿は扉の向こう側だ。
「どうしたんですか?」
「今、殿下っぽい後ろ姿が、会場に入っていったの」
「……?今回、参加されてたってことですか?なら、お嬢様をエスコートしないとおかしくないですか?」
 なんとも言えない顔をしたロボス。
 これで、私以外をエスコートしたり、ダンスしたりしたら、婚約の解消をお父様に願い出てもいいよね。
 



 あれから、あらゆる場所で穏やかに過ごせるようになったし、夜会や茶会への参加もぐっと減らした。今は私個人への招待のみ受けている。
 お父様から連絡が来て、無理に社交をしなくても良いとあったからだ。
 その分ラミアやロボスとお出掛けしたり、二人が休みの日には書庫でまったり過ごしたりしている。
 第二王子殿下にも随分会ってない。まあ、今までもほぼ会ってないから、変わらないか。
「お嬢様、そろそろお支度をお願いいたします」
「そうね」
 ラミアに言われて、デイドレスに着替えた。
 今日は、学生時代からの友達ーーと言って良いのかわからないくらいお互い学校に通ってないけどーーのマクレガン辺境伯家のシャーリーンが来てくれる。
 国に四つある辺境伯家って、みんなそれぞれ個性的なんだけど、国防を担う同士仲は良い。
「セレイン、婚約者を棄てるつもりって、聞いたよ。いつ棄てるつもり?」
 ぶっ。
 ヤバい、紅茶、ちょっと吹いた。
「シャリィ……シャーリーン!あなた、いつもいきなりぶっ込んでくるのやめてくれる?」
 貴族らしい挨拶をすませて、人払いした途端、これだ。
 パッと見、華やかさに欠ける真面目で大人しそうなご令嬢だが、内務省の総務部庶務課に勤め、影を操る実力者ーー兄弟姉妹がすごくて目立たないけど、こいつが一番厄介な能力だと思う。
「今まで、表立っては公爵家を継ぐための外交を頑張り、裏では実力行使してくるやつは殲滅し、嫌味を言って来る程度なら抗議くらいですませてたたじゃん。婚約者のために」
 詳しいわね、こいつ。
 にまにましないでくれる?
「ところが突然、婚約者のために一切動かず、敵対してきた相手を容赦なく叩き潰し始めたから」
「容赦無くって……」
 お父様、なにしたのかしら。家からやり返すから、気にしなくて良いって言ってたけど。
「気を遣うのを辞めて、自分が楽しむことにしたのよ。むこうだって、私がかまわない方が良いみたいだし」
 ああ、という顔をしたシャリィは、私が胃を痛めながら婚約者を夜会や茶会に誘っていたのを知っているし、参加先で嫌な思いをしてるのも知っている。
 シャリィは仕事以外で会には参加しないけど、居合わせた時はロボスの及ばない場所で、こっそり助けてくれた。
「まあ、王族だしね」
 なんかここ数年、シャリィは王族への尊敬を失っている。王妃殿下や王太子妃殿下のことは敬っているのに。
「どうせ、公爵家に入るのは変わらないのに、私だけが頑張ってもね」
 労力の無駄だわ。
「セレイン、嫌になったら逃亡しそうだし?」
 くっ。鋭い。
「事業だけに集中しても生きていけるのよ」
「冒険者や傭兵でもやっていけそうだよねー。一回見たけど……殲滅活動、手際良すぎでしょ」
 いつ見たんだか。
 シャリィが本気で隠れてしまったら、見つけるのは不可能に近い。
「………………慣れよ」
 本当は最初からそれなりだったけど。
 嘘つけって顔しないでくれる?
「まあ、武に秀でた辺境の人間を相手にするとか、アホかって話だけどね」
「こっちが大人しくしてたから、辺境のこと忘れてたんでしょうね」
「セッター家が辺境から王都への道を善意で警備してたの引き上げたから、マクレガン家うちも王都までの警備、辞めたんだよね」
「そうなの?!」
 そんな話、初めて聞いたわ。
 大丈夫か、街道?
 あちこちの貴族の領地と王都をつなぐ四つの主要街道の終着点は辺境領だ。警備も整備も担っている。他家からすると、そのお陰で領地から王都への安全が保証され、商売が成り立っている。
 賊も魔物も辺境からの警備がなくなれば、あっという間に蔓延るはず。
「いや、なんかうちの姉もキレててさー。数年前、学園で王太子がやらかした時もだったけど、今回かなり王家が許せなかったみたいで」
 マクレガン家の長女は王太子妃の側近兼親友で、華やかで嫋やかな見た目ながらかなり好戦的な性格だったっけ……。
 王太子殿下、なにやったんだろ。
「王族の男って、ロクなのいないよね……」
「それな」
 思わず頷いてしまった。
 こないだ、第五王子もなんかやらかしてなかったっけ?国王陛下が王妃殿下を好きすぎて子沢山なのは良いけど、亡くなった王太后が王子ばかり可愛がってたとかで、大変なんだっけ?
 王太后って、たしか身分違いの真実の愛の人よね?
 いつだったか母が『脳ミソ御花畑の苗床元凶』って言ってたような?
「で、第二王子殿下は今一人であちこちの会へ出席させられてるよ。街道の件で責任とらないといけないし、大変だよね。下手したら公爵家、継げないかもね」
「ーーは?」
 そうなの?
 どうも、王妃殿下がかなりお怒りらしく、第二王子殿下は私が今まで出ていた会に一人で参加させられ、公爵家の執務もさせられているらしい。
「それ、大丈夫なの?」
「ちょっと窶れてるけど、大丈夫そうだよ。むしろ、仕事を効率的にこなすようになったみたい」
 へー。あの無駄に丁寧かつ融通のきかない仕事をしてた殿下が……。
「セレイン的にはどちらがいいの?」
 それは、結婚の有無ってことだよね。
「うーん、別に……どっちでも…………かな?」
 いざとなったら逃げれば良いって、思ってしまったから、今さら特にこだわりは無いかな。
 もう、必死さは遥か彼方だ。
「そっか~」
 だから、にまにますんなってのに。
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