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新しい風

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 千景の家に足を踏み入れると、亜純は途端に緊張感が増すのを感じた。今までなら千景の自宅にきたって何とも思わなかったはず。
 けれど今日は今後の2人について話し合い、もしかしたらその先も……なんて考えて慌てて思考を停止させる。

 まだ唇も痛み、昨日悠生に乱暴に抱かれたばかりだ。それを知っている千景がすぐに亜純に手を出すとは考えづらい。
 自宅に招いてくれたのだって私のことを考えてくれてのことだよね! 千景はあの人とは違うんだから。
 そう思いながら、亜純は通されたソファーにちょこんと座った。リビングにはあまり物がない。

 書斎として使っている部屋にはたくさんの資料と絵本があるのを知っている。そこは絵本作家らしい空間だが、リビングだけ見ればとても綺麗に片付けられた普通の成人男性の家だ。

「冷たいものの方がしみないよね?」

 そう言って出してくれたのは冷たい烏龍茶だ。グラスの中に透き通った茶色がキラキラと輝いて見えた。緊張で喉が渇いていたから、とても美味しそうに見えて、亜純はありがたくそれを3口飲んだ。

「適当になにか作るから待ってて」

「……千景って自炊するんだね」

「うん。面倒臭いと宅配頼むけどね」

「今、届けてくれるところ多いもんね。でも、家知られるの困るんじゃない?」

 千景はメディアで取り上げられたこともあるから、一部の人間はその顔を知っているのだ。アイドル並みの人気があるわけではないが、一定の層にはオタク並のファンがいる。

「そうだね。だから、ほとんど自炊する。でもまあ、俺のこと知らない人の方が多いからそんなに困ってはないけど」

「千景が自炊できるなんて知らなかった」

「俺は依が料理してたことの方が驚きだよ」

 そう言いながら千景は鍋に火をかけた。亜純と依の生活状況を聞いて初めて依が料理することを知った千景は、亜純のためならそこまでできるのかと感心したものだ。
 しかし、そんな依も子供だけは作ってやれなかった。

 キッチンカウンターを挟んでリビングにいる亜純を見る千景。今更依がどれだけ後悔したところで、もう身を引く気はさらさらなかった。
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