したい夜はきみとじゃない

それぞれの生活

29

　財布の中には確かに今日下ろしたばかりの1万円札を入れておいた。前回行方がわからなくなったお金のせいで急に入り用になったら困ると思ったのだ。
　悠生はいつも奢ってくれるが、さすがにお金を持たずに会うのも失礼だと思いここへ来る前に下ろしてきた。
　それなのに財布の中にはその1万円が入っていなかった。

　財布に入れたのは確実だ。そして、悠生に会うまで買い物はしていないし、悠生にしか会っていない。
　そこまで考えて亜純ははっと気付く。前回の1万円札が消えた時も、その前日に悠生に会っていたことに。

「もしかして……」

　疑いたくはなかったが、悠生が抜き取ったとしか思えなかった。しかし、その証拠はもちろんない。おそらくセックスをする前に別々でシャワーを浴びた時に抜いたのだと想像はつくが、今それを知ったところで悠生を問いただす勇気もなかった。

　悠生はお金に困っているようには見えなかった。いつも高級な食事を食べに連れて行ってくれたし、車もいいものに乗っている。
　服装だってブランド物ばかりで、腕時計も高そうだ。それなのになぜ……。

　亜純は一旦財布をバッグの中に戻した。免許証や保険証があることだけでも確認できてよかったと思えた。
　それでも一連のことについて理解が追いつかず、胸に手を当てたまま放心状態となった。

「亜純ちゃん？　シャワー空いたよ」

　急に声をかけられて跳び上がる。いつの間にか悠生がシャワーを浴びて体を拭きながら目の前に現れたのだ。
　結局先に帰ることは叶わず、1万円について聞くこともできない。

　とりあえずいつも通りの対応をしなければと、亜純はそろそろと浴室へ向かった。どうせもう大きなお金は入っていない。
　これ以上盗まれるものはない。さっさと体を洗って出よう。それから体調がよくないから今日は帰ると言おうとこれからの流れをシミュレーションした。