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夫婦のかたち

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 千景は電話を切った後、どさっとそのまま重力に身を任せてソファーの背もたれにもたれかかった。
 亜純との電話は穏やかなトーンで終わりを遂げたが、心はとても穏やかではなかった。

 昨日までは亜純がこんな悩みを抱えていることなど知らずにいた。それどころかもう1年近くも会っていなかったのだ。
 連絡も絵本のやり取りをする時くらいで、こんなふうにわざわざ身の上話をすることなんてなかった。

 それは亜純が常に依のものだったからだ。高校時代から依の彼女で今は妻。いくら友達でも伴侶がいる女性に、気軽に連絡するものじゃない。そんなこと、千景にだってわかっている。だから、今まで遠慮して連絡もそこそこにしてきた。

 本当は下書きの状態の絵だって亜純に見せたかったし、面白そうな物語が浮かんだ時にはこれはどうかなと相談したかった。
 千景以上に色んな絵本を読み込んできた亜純なら、多くのアドバイスをくれたことだろう。それに、どんなキャラクターだって亜純は褒めてくれる気がした。

 人気が出てきてから、子供だけではなくお母さん世代にも、子供をもたない女性からも興味をもってもらった。千景の作品は批判よりも好評の方が多い。
 けれど、どんなに褒めてもらっても高校時代に亜純から笑顔で言われた「千景の絵本読みたい」には敵わなかった。

 亜純が背中を押してくれたから今の自分がある。全てを後回しにして作家になれて本当に良かったと思えた。
 それも亜純のおかげだ。大人になってから見る亜純はいつも楽しそうで幸せそうだった。依がなにをしてくれた、なにを買ってくれた、どこへ連れて行ってくれた。話を聞いているだけで、亜純が愛されているのは明白だった。

 千景は幸せそうな亜純を見ているのが好きだった。天真爛漫で皆を笑顔にさせる才能がある。思いやりがあって、相手のことを尊重できる。こんな子だから幸せになれるんだろうなと素直に思った。
 いつの間にか亜純が幸せなのは千景にとっての当たり前になった。だから今幸せなのかと確認する必要などなかったし、わざわざ幸せなエピソードを聞くこともなかった。

 しかし、今日の亜純は今までの亜純とは全く違った。電話越しで泣く声を聞いて、千景は自分のことのように胸が苦しくなった。
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