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友人の恋人

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「千景は凄いね……自分の夢叶えてさ」

 亜純は声が震えそうになるのを必死に堪えた。とても惨めな気持ちになったのだ。結婚したら自然と自分の子供を妊娠して出産するものだと思っていた。それが当たり前だとすら思った。
 結婚した時点で自分の夢は叶ったも同然だと思っていたのに、6年経ってからそれは叶わないのだと思い知らされたのだ。

 何もかも後回しにして夢を追い続けた千景は夢を叶えたというのに、自分は掴むことができなかったのだと悲しくなった。

「読んでくれる子達がいるから俺は今も作家としてやっていけてるから……自分だけの力じゃない」

 千景が遠慮がちに言う。こんなところは全く依と違う。そう思った。

「千景はほんとに凄いよ……。努力して作家になったのに、そうやって周りの人への感謝も忘れないでさ。……私は、もう夢を叶えられなくなっちゃった」

 言いながら亜純はポロッと涙をこぼした。先程までとめどなく溢れていた涙は、簡単に亜純の頬を濡らした。

「亜純の夢って子供を産むこと?」

「うん……」

「それならまだ望みはあるじゃん」

「え……?」

「子供を産めない体なわけじゃないんでしょ? それならまだこれから産めるじゃん」

「そうだけど、依は……。やっぱり、離婚するってこと?」

 亜純はおずおずと尋ねた。依と話しながらも一瞬頭を過ぎったのだ。

「うん。俺は依と友達だし、離婚を薦めるつもりはないけど、亜純とも友達だし亜純が辛いならその選択もありなんじゃないかって思う」

「……私もね、実はちょっと考えたの。だってきっと依は折れないし、もし折れて子供を授かったとしても依は前向きに子育てしてはくれないと思うの」

「うん」

「でも、私のことを好きでいてくれるのは伝わるから……依と別れて他の人と付き合うってどうなんだろうって……」

「どうなんだろうね。客観的な立場から言わせてもらえば、亜純のことを好きになってくれる人は依以外にもいるだろうし、他の人なら妊娠を喜んでくれる可能性は高いよね」

「……でもさ、私もう28だよ? 今離婚して、新しく彼氏ができたとしてさ、すぐに結婚とか子供とか考えてくれる人なんているのかな?」

「いるかもしれないし、いないかもしれない。でも、1つ言えるのは依といたらずっと子供はできない」

 容赦ない千景の言葉は痛かったが、亜純はちゃんと現実と向き合うことができるような気がした。
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