上 下
150 / 228

失われた村【40】

しおりを挟む
 澪は口をぽかんと開けたまま、銀次の顔を見つめた。

「銀さん、見ただけで歩澄様だってわかったの?」

「そりゃわかるよ、りょうちゃん。先代の歩澄様にそっくりだからね。いや、奥方様に似てるね。先代の歩澄様はよくこの小菅村にも来ていたんだよ。憲明様と仲が良くてね」

「っ……」

 澪は言葉を失った。実父が歩澄の父と友人であったとこの時初めて知ったのだ。それと同時に、己が計画したことで歩澄が父親の友人を殺めてしまったことに気付いた。
 澪は眉を下げ、歩澄を見上げた。申し訳ない気持ちでいっぱいになったのだ。

「何故そのような顔をする。この郷の者には悪いが、私は後悔などしていない。私が自らの意思でしたことだ」

 歩澄は直接憲明を殺めた事とは言わなかったが、澪が言わんとしていることをしかと理解していた。

「ほっほっほっ。澪ちゃんが望むなら、昔話もしてあげよう」

 銀次は何でもないように振る舞うが、澪が宗方の姫であると知っている村人達は、澪同様気まずい雰囲気を纏った。
 その態度に違和感を覚えた澪は、村人達を見渡しもしや……と勘を働かせた。
 しかし、その事実は澪にとっては知られたくない過去であった。散々世話になっておきながらおこがましいとは思うが、村人達が貧しい暮らしを強いられてきたのも、全て実父である憲明の力が及ばなかったため。
 己はその憲明の娘であり、奇しくも村人達は誰一人として文句を言わず澪を匿っていたことになる。

 村人達が全てを知った上で澪を慕ってくれていたとしたら、それは嬉しい反面、あまりにも悲しいことであった。

 何かを察し始めている。そう気付いた歩澄は、澪の肩を抱き、引き寄せるようにして銀次に招かれるまま後に続いた。

 
 まずは銀次の家に通され、恒例の宴が始まる。酒を出され、食事を出され、賑やかな空気が流れた。
 銀次の酔いが回ってくると、先代歩澄と九重のやり取り、時に憲明が降りて来た時の話を聞かせた。

 銀次が嬉しそうに話す憲明は、澪が知っている父親の姿とは違った。今の歩澄のように民を想い、対等に他郷統主と討論を繰り広げる立派な統主であった。
 それが何故、あのように落ちぶれてしまったのだろうか……。澪の顔はどんどん暗くなり、村人達は遠慮して澪から目を逸らした。

「銀さん……銀さんは、私が誰の娘か知ってるの?」

 澪は、とうとう消え入るような声で銀次へ尋ねた。
 村人達はぎょっとして身を乗り出した。まさか澪の方からその話題を振ってくるとは思ってもいなかったのだ。

 しかし、銀次は冷静だった。歩澄の恋仲となり、匠閃郷を出ていった娘。孫のように大切に守ってきた澪は、自立し自らの意思で歩澄と共に匠閃郷を守ろうと体を張っている。いつまでも真実を隠したまま澪に接していくのは、澪に失礼だと思い始めていたのだ。
 澪がこれからも潤銘郷統主の側に居続けるのであれば、澪が憲明の娘であることをいつまでも隠しておくわけにはいかない。その告白を澪の口からさせるには胸が痛んだのだった。

「ああ、知ってるよ。だってお前は九重の孫だからね。九重の娘が憲明様の元に嫁いだのはこの村の者全員が知っていることだ」

 澪は、喉の奥がヒュッと鳴る程息を吸い込んだ。村人達は、慌てて「銀さん!」と銀次の言葉を止めようと腰を浮かした。

「いいんだよ、お前達。りょうちゃんは……いや、みおはもう子供じゃない」

 銀次が優しく微笑んでそう言うと、澪は瞳を揺らし、その刹那ぽろりと涙が一筋頬を伝わった。

「お前がここに初めて降りて来た時は驚いたよ。どこもかしこも傷だらけでね……。澪ちゃんは、九重のもう一人の娘、一葉かずはの娘としてここで請け負った。でもね、一葉はとうに亡くなっているんだ。病でね」

 そんな事など聞かされていなかった澪は、思考がついていかない。涙を拭うことなく銀次の言葉に耳を傾けた。

「それも皆知っている。私が九重と共に決めたんだ。澪がのびのびと暮らせるよう、城のことは忘れられるよう、憲明様の娘としてではなく、あくまでも九重の孫として育てようとね……」

「そんな……だったら、私は皆を騙して……」

「それを言ったら私達とて同じだ。皆、澪ちゃんが宗方のお姫様だと知っていて黙ってたんだ。だけどね、それでも皆ちゃんとお澪ちゃんのことが大好きなんだよ。九重の孫であることには変わりないんだから」

 銀次は終始綿毛のように優しい声色で言った。その言葉に、村人達も涙した。死んだ魚のような目をしたぼろ雑巾のような十二の澪を思い出したのだ。
 化け物のように醜い姿にさせられ、姫らしさは微塵もなく、伽代に連れられて遊びにきていた幼い頃の面影などまるでなかった。
 澪の姿を見るだけで城内の壮絶な様子が伝わってくるようだった。実の娘がこんなにも酷い目に遭わされているというのに、誰が飢えくらいでこれ以上澪を責める事が出来ようか。

 村人達は、ただただ澪を大切に温かく見守り、優しく接することしかできなかった。それは同情に過ぎなかったが、今となっては違う。村の一員として、一人の人間としてその人格が好かれているのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

いや、あんたらアホでしょ

青太郎
恋愛
約束は3年。 3年経ったら離縁する手筈だったのに… 彼らはそれを忘れてしまったのだろうか。 全7話程の短編です。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

元邪神って本当ですか!? 万能ギルド職員の業務日誌

紫南
ファンタジー
十二才の少年コウヤは、前世では病弱な少年だった。 それは、その更に前の生で邪神として倒されたからだ。 今世、その世界に再転生した彼は、元家族である神々に可愛がられ高い能力を持って人として生活している。 コウヤの現職は冒険者ギルドの職員。 日々仕事を押し付けられ、それらをこなしていくが……? ◆◆◆ 「だって武器がペーパーナイフってなに!? あれは普通切れないよ!? 何切るものかわかってるよね!?」 「紙でしょ? ペーパーって言うし」 「そうだね。正解!」 ◆◆◆ 神としての力は健在。 ちょっと天然でお人好し。 自重知らずの少年が今日も元気にお仕事中! ◆気まぐれ投稿になります。 お暇潰しにどうぞ♪

都合のいい女は卒業です。

火野村志紀
恋愛
伯爵令嬢サラサは、王太子ライオットと婚約していた。 しかしライオットが神官の娘であるオフィーリアと恋に落ちたことで、事態は急転する。 治癒魔法の使い手で聖女と呼ばれるオフィーリアと、魔力を一切持たない『非保持者』のサラサ。 どちらが王家に必要とされているかは明白だった。 「すまない。オフィーリアに正妃の座を譲ってくれないだろうか」 だから、そう言われてもサラサは大人しく引き下がることにした。 しかし「君は側妃にでもなればいい」と言われた瞬間、何かがプツンと切れる音がした。 この男には今まで散々苦労をかけられてきたし、屈辱も味わってきた。 それでも必死に尽くしてきたのに、どうしてこんな仕打ちを受けなければならないのか。 だからサラサは満面の笑みを浮かべながら、はっきりと告げた。 「ご遠慮しますわ、ライオット殿下」

婚約破棄されまして(笑)

竹本 芳生
恋愛
1・2・3巻店頭に無くても書店取り寄せ可能です! (∩´∀`∩) コミカライズ1巻も買って下さると嬉しいです! (∩´∀`∩) イラストレーターさん、漫画家さん、担当さん、ありがとうございます! ご令嬢が婚約破棄される話。 そして破棄されてからの話。 ふんわり設定で見切り発車!書き始めて数行でキャラが勝手に動き出して止まらない。作者と言う名の字書きが書く、どこに向かってるんだ?とキャラに問えば愛の物語と言われ恋愛カテゴリーに居続ける。そんなお話。 飯テロとカワイコちゃん達だらけでたまに恋愛モードが降ってくる。 そんなワチャワチャしたお話し。な筈!

聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨
ファンタジー
コミックシーモア電子コミック大賞2025ノミネート! 11/30まで投票宜しくお願いします……!m(_ _)m ――小説3巻&コミックス1巻大好評発売中!――【旧題:聖女の姉ですが、国外逃亡します!~妹のお守りをするくらいなら、腹黒宰相サマと駆け落ちします!~】 12.20/05.02 ファンタジー小説ランキング1位有難うございます! 双子の妹ばかりを優先させる家族から離れて大学へ進学、待望の一人暮らしを始めた女子大生・十河怜菜(そがわ れいな)は、ある日突然、異世界へと召喚された。 召喚させたのは、双子の妹である舞菜(まな)で、召喚された先は、乙女ゲーム「蘇芳戦記」の中の世界。 国同士を繋ぐ「転移扉」を守護する「聖女」として、舞菜は召喚されたものの、守護魔力はともかく、聖女として国内貴族や各国上層部と、社交が出来るようなスキルも知識もなく、また、それを会得するための努力をするつもりもなかったために、日本にいた頃の様に、自分の代理(スペア)として、怜菜を同じ世界へと召喚させたのだ。 妹のお守りは、もうごめん――。 全てにおいて妹優先だった生活から、ようやく抜け出せたのに、再び妹のお守りなどと、冗談じゃない。 「宰相閣下、私と駆け落ちしましょう」 内心で激怒していた怜菜は、日本同様に、ここでも、妹の軛(くびき)から逃れるための算段を立て始めた――。 ※ R15(キスよりちょっとだけ先)が入る章には☆を入れました。 【近況ボードに書籍化についてや、参考資料等掲載中です。宜しければそちらもご参照下さいませ】

家に住み着いている妖精に愚痴ったら、国が滅びました

猿喰 森繁 (さるばみ もりしげ)
ファンタジー
【書籍化決定しました!】 11月中旬刊行予定です。 これも多くの方が、お気に入り登録してくださったおかげです ありがとうございます。 【あらすじ】 精霊の加護なくして魔法は使えない。 私は、生まれながらにして、加護を受けることが出来なかった。 加護なしは、周りに不幸をもたらすと言われ、家族だけでなく、使用人たちからも虐げられていた。 王子からも婚約を破棄されてしまい、これからどうしたらいいのか、友人の屋敷妖精に愚痴ったら、隣の国に知り合いがいるということで、私は夜逃げをすることにした。 まさか、屋敷妖精の一声で、精霊の信頼がなくなり、国が滅ぶことになるとは、思いもしなかった。

処理中です...