【完結:R15】蒼色の一振り

雪村こはる

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神室歩澄の右腕【8】

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 澪は、梓月に送ってもらった後、暫し自室で考えていた。姉のような存在だった千依の髪を掴み、堂々と私に従えとばかりに声を上げた歩澄の姿。
 顔色一つ変えず、兄の秀虎にも見せしめのように千依を扱った。
 あの冷たい青碧の目は、澪の家族を殺した時と同じ目をしていた。残酷非道な神室歩澄。

 梓月は、歩澄が胸を痛めない筈がないと言っていたが、澪にはまだ信じられなかった。

 冷静さを取り戻した澪は、大広間へと向かった。あそこに歩澄がいるやもしれない。
 会ってどうするつもりかということなど考えていなかった。ただ、あの統主が何をしているのか気になったのだ。


 大広間の前でそっと膝をつく。中からは何の物音もしなかった。話し声もしないということは、瑛梓と梓月は別の場所にいるのだろう。
 澪は、誰もいないのかとそっと障子を開けた。綺麗に管理されている障子は、軋んだ音を立てることなく、静かに隙間を作った。

 中には歩澄の姿があった。

(何だ……いたのか。あれは、華月……)

 澪は、歩澄が手にしている刀を見て、息を飲んだ。本来なら、すぐにでも取り返したい刀。手元に持ってきて、手入れをしなければ。そう考えるが、澪は動きを止める。

 鞘から抜かれた華月は、美しく輝いていた。万浬を模して作った華月は錆びやすく、毎日手入れをしなければあの状態を保つのは不可能であった。
 誰の手に渡ったかわからない華月は、今頃錆びて使い物にならなくなっているやもしれぬと半ば諦めていた。しかし、澪の目に映る華月は、盗られる前と同様の輝きを放っていた。

 千依の首を刎ねたのは凱坤刀がいこんとうだった。華月は使用していない筈。しかし、それでも丁寧に手入れをしている様子に、澪の心は少しだけ揺れた。

 更に澪は、歩澄の表情を見て目を見張った。歩澄の頬を一筋の涙が伝っていたからだ。

(泣いている……?)

ーー歩澄様が心を痛めない筈がない

 梓月の言葉が脳裏に響いた。

「……泣くほど辛いのなら、殺さなければよかったではありませんか」

 澪は思わずそう呟いていた。

 はっと顔を上げた歩澄は、射るような目で澪を見た。
 そんな目を向けられようと、今は冷酷非道などいう言葉は浮かんではこなかった。澪は立ち上がり、部屋の中へ入った。
 障子をしっかりと閉じ、歩澄の前で座った。

「何をしに来た」

「歩澄様の様子が気になりまして。冷酷非道な統主は、こんな時どのような表情をされるのかと」

「……して、笑いに来たのか?」

 歩澄は、手の甲でさっと涙を拭った。

「いいえ。梓月くんから聞きました。千依様は、歩澄様にとって姉のような存在だったと」

「ああ……。秀虎は、幼い頃から厳しくてな。叱られては、傍で慰めてくれたのは千依であった」

「左様でございましたか……」

「しかし、私はこの郷の統主だ。全ての民を守らねばならぬ。私情で民を危険に曝すなど、あってはならぬ。……冷酷非道と言われようともな」

 そう言って歩澄は目の前に華月の刃を掲げた。

「冷酷非道な方が、華月をそのような状態のまま保つことなどできる筈がありません」

「……華月?」

 歩澄は、聞き慣れない言葉に眉を寄せる。

「ご存知ないのですか? その刀の名は、華月白澪かづきびゃくれい。私が手掛けた刀です」

 澪が頬を緩めて言えば、歩澄は大きく目を見開いた。

「この刀を、お前が……?」

「はい。私の祖父は刀工でした。技術を学び、その全てを込めた一作です」

「……」

 歩澄は信じられないと言ったように、華月の刃を角度を変えて何度も見つめた。

「……華月は扱いにくい筈ですが、それを振れるのですか?」

 万浬を模した華月は、同様に軽く柔らかく、刃がしなる。それ故に、高度な技術を以て振らなければ、物など切れぬ代物である。

「問題ない。初めて振った時には不思議な刀だと思ったがな。
 昨年、匠閃郷の商人が万浬の模造品として売り付けにきた。万浬は幻の刀であるからな。誰も見たことはない。して、模造品と言われようともそれを確かめる術はないが、面白い刀であった」

 そう言って歩澄は少しだけ口元を緩めた。

(なんだか嬉しそう……。それにしても、華月を扱えるのか……益々油断のならない統主だな……)

 澪が知る限りでは、万浬を振れる者は勧玄と澪の他にはいない。そもそも万浬は勧玄のために鍛刀たんとうされたものであり、他の者には万浬を振る機会もない。
 誰も握ったことのない万浬を振れないのは当然のこと。しかし、今やどこにあるかわからない万浬を何者かが扱えるようになっている可能性も無きにしも非ず。
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