【完結:R15】蒼色の一振り

雪村こはる

文字の大きさ
39 / 275

毒草事件【7】

しおりを挟む
「少し待っていて」

 梓月はその場から立ち上がり、背を向ける。澪はその背中に向かって「何故私を助けたのですか? 容易に殺せたのに」と尋ねた。

「殺す? 特に殺すよしもないから」

 梓月は振り返らずにそう答えた。

「由?」

「俺は由もなしに殺生はしない。琥太郎は元気だし、歩澄様に君を殺せと命令されたわけでもないし、君から攻撃を受けた覚えもない」

「……そうですが」

「それに無抵抗な相手をなぶり殺すのも好きではないし、君と君を殺そうとしていた人物との間に横槍を入れるような趣味もない」

「そうでしたか」

 神室の軍勢は皆、徳昂のように悪趣味で攻撃的で姑息な兵士ばかりかと思っていたが、まともな人間もいるようだと澪は安堵した。

「あとは……そうだな。今殺したら惜しいから」

「……惜しい?」

 澪が言葉の意図がわからず首を傾げると、「是非回復したら手合わせを願いたい」と彼は振り返り、嬉しそうに笑った。

「手合わせ……ですか?」

「そう。徳昂様と互角に戦ったと聞いた。腕の立つ兵士なら、誰でも君の戦闘力に興味が湧くよ」

「……互角?」

 澪は、梓月の言葉に眉をぴくりと動かす。

(互角なんて冗談ではない。あんな男、本気でかかればもっと早く仕留めることができた。こちらとて傷を付けないよう細心の注意を払って相手をしたと言うのに)

 澪はぎりっと奥歯を噛み締めて、「あんな野蛮な者と互角などと言われるのは不服です」と答えた。

「不服……。負けず嫌い」

 梓月はまたも笑いながら、澪の前に膳を出した。色とりどりの豪華な食事だった。

「お食べ」

「……こんなに」

「琥太郎に取っておかせた。毒は入っていないよ」

「……入っていたらわかります」

「そう。食べながらでいい。姫様は、何故姫なのに強い?」

 食事を促され、澪は遠慮しようとも思ったが、空腹に毒が吸収され胃がキリキリとしている。保護のためにも何か摂取しておかなければ回復もしない。そう考え、言われた通り箸を持ち「いただきます」と手を合わせた。

 茶碗を片手に「修行をしましたから。兵士と同様、戦闘力はあります。……姫とは本来、こうして戦ったりはしないのですか?」と澪は眉を下げて尋ねた。

 梓月はその言葉を聞いて赤紫色の瞳を大きくさせた。
 恐らく幼い頃から戦うことを当然のことのように教育されてきたのだろう。
 本来であれば家臣が姫を全力で守る。故に戦闘力など必要ない。しかし、徳昂以上の力を誇ると自負しているこの女は、家臣に守られ、大切にされてきた経験などないのだろうと梓月は思った。

「さあ。どうだろう。俺が神室家に仕えるようになった時には、既に姫はいなかったから。余所の郷の姫がどんな生活をしているかなんて知らないけれど」

 梓月は、言葉を選んでそう答えた。敵郷の姫を気遣うつもりなどなかったのだが、何か事情があるのなら、調べてみる価値はありそうだと判断したからであった。

「潤銘城には姫がいないのですね」

 澪はそう言ってから飯を口に運ぶ。いい米だ、と一度噛むのを止め感激した。

「いない。それどころか女人は殆どいない」

 そんな澪を気にも止めず、その場に腰を降ろして右膝を立てた梓月は続けた。

「料理人も小性も男ばかりだよ」

「女人禁制ですか……?」

「禁制というわけではないけれど、何かと面倒だからね」

「……なるほど」

 何かと面倒。その一言で澪はあらかた察した。城下に出れば、あれ程の歓声。そして歩澄や瑛梓を見て、恍惚の表情を浮かべる着飾った婦人達。
 恐らく女中や女兵士を雇えば、何かと問題が起こるのだろう。秋波を送られ、女同士の争いが勃発する。それは、澪の母と側室を連想させた。

 女を狂わせる魅力をもって生まれるというのも大変そうだ、と梓月の整った顔立ちを見て思う。
 目を伏せれば、毛量の多い長い睫毛に高い鼻。まるで彫刻のような美しい容姿は、殿方をも魅了させるやもしれぬ。
 ともすれば、女人など尚更。と納得せざるを得ない。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魔力ゼロの英雄の娘と魔族の秘密

藤原遊
ファンタジー
魔法が支配する世界で、魔力を持たない少女アリア・マーウェラ。彼女は、かつて街を守るために命を落とした英雄的冒険者の両親を持ちながら、その体質ゆえに魔法を使えず、魔道具すら扱えない。しかし、彼女は圧倒的な身体能力と戦闘センスを武器に、ギルドでソロ冒険者として活動していた。街の人々やギルド仲間からは「英雄の娘」として大切にされつつも、「魔力を捨てて進化した次世代型脳筋剣士」と妙な評価を受けている。 そんなある日、アリアは山中で倒れていた謎の魔法使いイアンを助ける。彼は並外れた魔法の才能を持ちながら、孤独な影を背負っていた。やがて二人は冒険の中で信頼を深め、街を脅かす魔王復活を阻止するため、「カギ」を探す旅に出る。 しかしイアンには秘密があった。彼は魔族と人間の混血であり、魔王軍四天王の血を引いていたのだ。その事実が明らかになったとき、アリアは「どんな過去があっても、イアンはイアンだよ」と笑顔で受け入れる。 過去に囚われたイアンと、前を向いて進むアリア。二人の絆が、世界を揺るがす冒険の行方を決める――。シリアスとギャグが織り交ざる、剣と魔法の冒険譚!

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

処理中です...