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毒草事件【7】
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「少し待っていて」
梓月はその場から立ち上がり、背を向ける。澪はその背中に向かって「何故私を助けたのですか? 容易に殺せたのに」と尋ねた。
「殺す? 特に殺す由もないから」
梓月は振り返らずにそう答えた。
「由?」
「俺は由もなしに殺生はしない。琥太郎は元気だし、歩澄様に君を殺せと命令されたわけでもないし、君から攻撃を受けた覚えもない」
「……そうですが」
「それに無抵抗な相手を嬲り殺すのも好きではないし、君と君を殺そうとしていた人物との間に横槍を入れるような趣味もない」
「そうでしたか」
神室の軍勢は皆、徳昂のように悪趣味で攻撃的で姑息な兵士ばかりかと思っていたが、まともな人間もいるようだと澪は安堵した。
「あとは……そうだな。今殺したら惜しいから」
「……惜しい?」
澪が言葉の意図がわからず首を傾げると、「是非回復したら手合わせを願いたい」と彼は振り返り、嬉しそうに笑った。
「手合わせ……ですか?」
「そう。徳昂様と互角に戦ったと聞いた。腕の立つ兵士なら、誰でも君の戦闘力に興味が湧くよ」
「……互角?」
澪は、梓月の言葉に眉をぴくりと動かす。
(互角なんて冗談ではない。あんな男、本気でかかればもっと早く仕留めることができた。こちらとて傷を付けないよう細心の注意を払って相手をしたと言うのに)
澪はぎりっと奥歯を噛み締めて、「あんな野蛮な者と互角などと言われるのは不服です」と答えた。
「不服……。負けず嫌い」
梓月はまたも笑いながら、澪の前に膳を出した。色とりどりの豪華な食事だった。
「お食べ」
「……こんなに」
「琥太郎に取っておかせた。毒は入っていないよ」
「……入っていたらわかります」
「そう。食べながらでいい。姫様は、何故姫なのに強い?」
食事を促され、澪は遠慮しようとも思ったが、空腹に毒が吸収され胃がキリキリとしている。保護のためにも何か摂取しておかなければ回復もしない。そう考え、言われた通り箸を持ち「いただきます」と手を合わせた。
茶碗を片手に「修行をしましたから。兵士と同様、戦闘力はあります。……姫とは本来、こうして戦ったりはしないのですか?」と澪は眉を下げて尋ねた。
梓月はその言葉を聞いて赤紫色の瞳を大きくさせた。
恐らく幼い頃から戦うことを当然のことのように教育されてきたのだろう。
本来であれば家臣が姫を全力で守る。故に戦闘力など必要ない。しかし、徳昂以上の力を誇ると自負しているこの女は、家臣に守られ、大切にされてきた経験などないのだろうと梓月は思った。
「さあ。どうだろう。俺が神室家に仕えるようになった時には、既に姫はいなかったから。余所の郷の姫がどんな生活をしているかなんて知らないけれど」
梓月は、言葉を選んでそう答えた。敵郷の姫を気遣うつもりなどなかったのだが、何か事情があるのなら、調べてみる価値はありそうだと判断したからであった。
「潤銘城には姫がいないのですね」
澪はそう言ってから飯を口に運ぶ。いい米だ、と一度噛むのを止め感激した。
「いない。それどころか女人は殆どいない」
そんな澪を気にも止めず、その場に腰を降ろして右膝を立てた梓月は続けた。
「料理人も小性も男ばかりだよ」
「女人禁制ですか……?」
「禁制というわけではないけれど、何かと面倒だからね」
「……なるほど」
何かと面倒。その一言で澪はあらかた察した。城下に出れば、あれ程の歓声。そして歩澄や瑛梓を見て、恍惚の表情を浮かべる着飾った婦人達。
恐らく女中や女兵士を雇えば、何かと問題が起こるのだろう。秋波を送られ、女同士の争いが勃発する。それは、澪の母と側室を連想させた。
女を狂わせる魅力をもって生まれるというのも大変そうだ、と梓月の整った顔立ちを見て思う。
目を伏せれば、毛量の多い長い睫毛に高い鼻。まるで彫刻のような美しい容姿は、殿方をも魅了させるやもしれぬ。
ともすれば、女人など尚更。と納得せざるを得ない。
梓月はその場から立ち上がり、背を向ける。澪はその背中に向かって「何故私を助けたのですか? 容易に殺せたのに」と尋ねた。
「殺す? 特に殺す由もないから」
梓月は振り返らずにそう答えた。
「由?」
「俺は由もなしに殺生はしない。琥太郎は元気だし、歩澄様に君を殺せと命令されたわけでもないし、君から攻撃を受けた覚えもない」
「……そうですが」
「それに無抵抗な相手を嬲り殺すのも好きではないし、君と君を殺そうとしていた人物との間に横槍を入れるような趣味もない」
「そうでしたか」
神室の軍勢は皆、徳昂のように悪趣味で攻撃的で姑息な兵士ばかりかと思っていたが、まともな人間もいるようだと澪は安堵した。
「あとは……そうだな。今殺したら惜しいから」
「……惜しい?」
澪が言葉の意図がわからず首を傾げると、「是非回復したら手合わせを願いたい」と彼は振り返り、嬉しそうに笑った。
「手合わせ……ですか?」
「そう。徳昂様と互角に戦ったと聞いた。腕の立つ兵士なら、誰でも君の戦闘力に興味が湧くよ」
「……互角?」
澪は、梓月の言葉に眉をぴくりと動かす。
(互角なんて冗談ではない。あんな男、本気でかかればもっと早く仕留めることができた。こちらとて傷を付けないよう細心の注意を払って相手をしたと言うのに)
澪はぎりっと奥歯を噛み締めて、「あんな野蛮な者と互角などと言われるのは不服です」と答えた。
「不服……。負けず嫌い」
梓月はまたも笑いながら、澪の前に膳を出した。色とりどりの豪華な食事だった。
「お食べ」
「……こんなに」
「琥太郎に取っておかせた。毒は入っていないよ」
「……入っていたらわかります」
「そう。食べながらでいい。姫様は、何故姫なのに強い?」
食事を促され、澪は遠慮しようとも思ったが、空腹に毒が吸収され胃がキリキリとしている。保護のためにも何か摂取しておかなければ回復もしない。そう考え、言われた通り箸を持ち「いただきます」と手を合わせた。
茶碗を片手に「修行をしましたから。兵士と同様、戦闘力はあります。……姫とは本来、こうして戦ったりはしないのですか?」と澪は眉を下げて尋ねた。
梓月はその言葉を聞いて赤紫色の瞳を大きくさせた。
恐らく幼い頃から戦うことを当然のことのように教育されてきたのだろう。
本来であれば家臣が姫を全力で守る。故に戦闘力など必要ない。しかし、徳昂以上の力を誇ると自負しているこの女は、家臣に守られ、大切にされてきた経験などないのだろうと梓月は思った。
「さあ。どうだろう。俺が神室家に仕えるようになった時には、既に姫はいなかったから。余所の郷の姫がどんな生活をしているかなんて知らないけれど」
梓月は、言葉を選んでそう答えた。敵郷の姫を気遣うつもりなどなかったのだが、何か事情があるのなら、調べてみる価値はありそうだと判断したからであった。
「潤銘城には姫がいないのですね」
澪はそう言ってから飯を口に運ぶ。いい米だ、と一度噛むのを止め感激した。
「いない。それどころか女人は殆どいない」
そんな澪を気にも止めず、その場に腰を降ろして右膝を立てた梓月は続けた。
「料理人も小性も男ばかりだよ」
「女人禁制ですか……?」
「禁制というわけではないけれど、何かと面倒だからね」
「……なるほど」
何かと面倒。その一言で澪はあらかた察した。城下に出れば、あれ程の歓声。そして歩澄や瑛梓を見て、恍惚の表情を浮かべる着飾った婦人達。
恐らく女中や女兵士を雇えば、何かと問題が起こるのだろう。秋波を送られ、女同士の争いが勃発する。それは、澪の母と側室を連想させた。
女を狂わせる魅力をもって生まれるというのも大変そうだ、と梓月の整った顔立ちを見て思う。
目を伏せれば、毛量の多い長い睫毛に高い鼻。まるで彫刻のような美しい容姿は、殿方をも魅了させるやもしれぬ。
ともすれば、女人など尚更。と納得せざるを得ない。
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