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命乞い【15】

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 九重の孫であり、己の大切な弟子。あの子は守らなければならない。
 そう勧玄は思うが、毒の回りは思った以上に早く、意識が朦朧とする。

「勧玄様!」

 そんな中、駆け寄ってくる澪。涙を流し、傷を見て解毒薬を取り出す。

「りょ……無駄だ……。あれから幾分か経ってる。……手遅れだ」

「いやだ! 勧玄様! 死なないで!」

 涙で濡らした顔で必死に懇願する澪。手遅れだと言われても諦めることなどできるわけがない。解毒薬を傷口に塗り、口に含んだ液体を口移しで勧玄に飲ませた。

「はっ……。初めての接吻は蒼くんでなくてよかったのか?」

「そんなこと言ってる場合じゃない!」

 孫と同等の年の澪に口付けられたことに、多少の気恥ずかしさがあった。照れ隠しのつもりで勧玄は言ったが、動揺している澪に叱咤されてしまった。

「誰がこんな……」

「俺達のことは気にするな……」

 多少でも解毒薬が聞いたのか、先程よりもいくらかまともに話せるようになった。しかし、いくらももたないだろう。そう勧玄は察する。

 仰向けで倒れ込んだ勧玄を覗き込むような形で澪は「気にするななんて言わないで! 私が敵をとってやる!」と叫んだ。

「物騒なことを言うでないよ。不必要な殺生はするな」

「不必要なんかじゃない!」

「せっかくお前を守ったんだ。俺と九重の死を無駄にするんじゃないよ」

「勧玄様は死なない! だって、だって強いもの!」

 勧玄の着物をぐっと掴み、澪はぼろぼろと涙を流す。掴んだ着物は無数の皺を作り、布を擦り合わせる音が響く。

「力はいつか衰える」

「……誰が、こんな……。……勧玄様、万浬は?」

 澪は、顔をあげて腰にあるはずの刀の行方を探す。

「あー……。盗られちまった。あんなに必死で守ってきたのにな。九重の形見だったのに……」

 勧玄とて泣きたい気分だった。せめて万浬だけでも澪に託したかった。

「悪いな、澪。九重の刀、全部持ってかれたんだ。お前のも……華月と葉月も持ってかれちまった」

 勧玄は、苦痛に顔を歪めた。
 華月と葉月は、澪が万浬と玄浬とうりを模して作った澪専用の刀だった。九重から技術を学び、自分の戦闘力に見合った刀を鍛刀した。
 澪にとって、華月も葉月も我が子同然。そして、九重から培った技術の全てを込めた渾身の一作だ。
 しかし、そんなことよりも目の前の勧玄が死なないことの方が大切だった。

「わかったから……。万浬も華月も葉月もいつかちゃんと取り返す。だから、持っていったやつが誰か教えて」

「……」

「教えて! 勧玄様!」

「……宗方の家臣だ」

「っ……」

 澪はそれを聞いてはっとする。目を見開いて、勧玄の顔を見つめた。

「言っても無駄なんだろ? ……アイツらはお前を探してる。少し前に探らせたが、どうやらお前の母親はお前に懸賞金を賭けて探させているようだ」

「懸賞金……? って、勧玄様……お母様のこと……」

「知ってるよ、みお姫」

 そう言って勧玄は微笑む。彼がみおと呼ぶのは初めてだった。本名を呼んでもらえたことに胸が熱くなる。

(初めて名前を呼んでもらったのがこんな時だなんて……)

「気を付けろ。懸賞金目的で、城以外の奴からも狙われるかもしれん」

「……わかった。大丈夫。私は負けないよ。勧玄様の力を引き継いでいるからね」

「それでこそ俺の一番弟子だ」

「……一番?」

「お前、知らないのか? 大剣豪勧玄は、弟子はとらねぇ主義なんだ。アイツの頼みだから引き受けた」

 そう言って勧玄の目線は、九重の亡骸に移った。

「空穏は?」

「ありゃ、俺の孫だ」

 そう言ってにっこりと笑った。
 その笑顔に澪は嗚咽する。自分は勧玄のたった一人の最初で最後の弟子だった。勧玄の強さも技術も、自分だけが継承した賜物。
 その事実が嬉しくもあるが、苦しい程の痛みも伴った。

「そんなに嬉しいか」

「うん……。嬉し……」

「なぁ、澪。お前、潤銘郷に行け」

「潤銘郷……?」

「ああ。お前の探してる蒼くんとやらは、恐らく潤銘郷の出身だ」

「え……?」

「十四年前にこの村に訪れた者のことを調べさせた。……潤銘郷から名家のやつらが何人か来ている。悪いが、家柄はわからねぇ。ただ、潤銘郷の出身なのは確かだ。
 目的がなくなっちまう。そう思うなら、その男を探せ。いいか、盗まれた万浬と玄浬、華月と葉月を取り返せ。これがお前への最後の課題だ。いいな? 約束を守るまで絶対に死ぬな。
 挫けそうになったら目的を思い出せ。大丈夫、お前は誰よりも強い。強さは武力だけじゃないってことを忘れんなよ」

 勧玄の表情はどこか穏やかだった。藍色の髪は、風に揺られて少しだけ靡く。
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