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婚姻届
【26】
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「だけど当然先に周がその座にいるわけだから、結城はそこのポジションを手にいれられない。ちなみにその行動を起こしたのは、去年の9月頃かな。曽根紗奈との婚約が決まり、あなたとどうやって別れようか考えていた時期」
「……」
律くんは、雅臣の日記を読んだわけではないけれど、自ら彼の動向を探っていたことで、私と同等、いやそれ以上の情報を持っている。
「結城の中には焦りがあった。いつまどかさんの存在が先方にバレるか、気が気じゃないから。そして、自分が就きたかった座を奪ったのはどんな奴か、見ておきたいと考えるだろうな」
「だから、結城はあまねくんに近付いたの?」
「そう。税理士が集まる研修に行き、周に近付いた。周にはあらかじめ、今調べてる案件の関係者と関わることがあるかもしれないから、もし声をかけられるようなことがあれば教えてって言っておいた」
「……策士」
「何とでもどうぞ。言っておくけど、最終的にまどかさんと周が出会うことができたのは、俺のおかげだって言ったって過言じゃないんだ。結城があそこまで狂ってたのは誤算だったけど、婚約するところまで良好な付き合いができたことに感謝してほしいくらいだね」
……開き直り。私とあまねくんは、知らない所で律くんにうまいこと転がされていたというのに。
「……それで、あまねくんは?」
「最初は、結城のことをいい人だって言ってましたよ。何度か食事に行って、色んなことを話したって。まあ、仕事の話が主だったみたいですけど。ただ、あなたが撮影した写真によって事態は変わった」
「うん」
「結城は更に焦ったし、婚約を解消させるわけにはいかなかった。雅臣は、結城家の中ではあまりいい立場にいなかったようですね。父親と兄は仲が良く、経営についても語り合い、一緒にゴルフへ行ったりすることもあった。ですが、雅臣はその輪には入れなかったようです」
「そう……」
「母親には可愛がられていたみたいですけど、父親と兄からはいいように利用されていたみたいですね」
「え……?」
手をつけずに置いておいた私が注文したカフェオレは、氷が溶けてカランと音を立てて崩れた。氷が溶けた水と沈殿したコーヒーとで層ができている。
「脱税については既に判決が出ていて、結城雅臣は無罪となりました」
「えぇ!?」
「保険の一件も、雅臣は契約後に改竄されていることを知らなかったし、脱税においても、父親の秀一と兄の博文による計らいだったことが証明されました」
「じゃあ……」
「先代の社長からの無申告はもちろん、脱税に対して雅臣は関与していない」
「そんな……じゃあ、彼はなんのために……」
「捕まったのか? 環境が悪かったんでしょうね。一度東京の税理士事務所に就職したのだから、そこで実績を上げていけばよかったんですよ。家庭内の上下関係に逆らえなかったことも、あなたに事実を伝えなかったことも、全て自らが招いたことです」
「そうだけど……」
律くんが言うように、私に嘘をついて他の女性と婚約していたことは自業自得だ。けれど、言われのない罪で逮捕されただなんて、それはあまりにも切ない。
「そもそもあなたはお人好し過ぎるんです。まさか、冤罪で捕まって可哀想なんて思ってるなんてことはありませんよね?」
「それは……ないけど……」
「無罪判決が言い渡されたんですから、犯罪を犯してはいなかった。それだけのことです。ただ、それは脱税と保険に関してだけ。住居侵入や傷害に対しての罪が消えたわけではありません」
「うん……」
「それから、あなたに黙って議員の娘と籍を入れようとしていたことだって事実です」
「うん……」
「現に、結城は周を利用しようとした。顧客を使って周を揺さぶり、あなたから写真を取り上げようとしたでしょう」
「わかってるよ……。それは酷いと思ってる。あまねくんは優しいから、それに従っただけだし……」
何となく律くんが苛立っているような気がして、こちらとしても強く出れなくなる。あの時の私にとって、あまねくんは救いだった。あまねくんが仕方なく私に近付いてきたのだとしても、それでも私は彼に惹かれた。
「……」
律くんは、雅臣の日記を読んだわけではないけれど、自ら彼の動向を探っていたことで、私と同等、いやそれ以上の情報を持っている。
「結城の中には焦りがあった。いつまどかさんの存在が先方にバレるか、気が気じゃないから。そして、自分が就きたかった座を奪ったのはどんな奴か、見ておきたいと考えるだろうな」
「だから、結城はあまねくんに近付いたの?」
「そう。税理士が集まる研修に行き、周に近付いた。周にはあらかじめ、今調べてる案件の関係者と関わることがあるかもしれないから、もし声をかけられるようなことがあれば教えてって言っておいた」
「……策士」
「何とでもどうぞ。言っておくけど、最終的にまどかさんと周が出会うことができたのは、俺のおかげだって言ったって過言じゃないんだ。結城があそこまで狂ってたのは誤算だったけど、婚約するところまで良好な付き合いができたことに感謝してほしいくらいだね」
……開き直り。私とあまねくんは、知らない所で律くんにうまいこと転がされていたというのに。
「……それで、あまねくんは?」
「最初は、結城のことをいい人だって言ってましたよ。何度か食事に行って、色んなことを話したって。まあ、仕事の話が主だったみたいですけど。ただ、あなたが撮影した写真によって事態は変わった」
「うん」
「結城は更に焦ったし、婚約を解消させるわけにはいかなかった。雅臣は、結城家の中ではあまりいい立場にいなかったようですね。父親と兄は仲が良く、経営についても語り合い、一緒にゴルフへ行ったりすることもあった。ですが、雅臣はその輪には入れなかったようです」
「そう……」
「母親には可愛がられていたみたいですけど、父親と兄からはいいように利用されていたみたいですね」
「え……?」
手をつけずに置いておいた私が注文したカフェオレは、氷が溶けてカランと音を立てて崩れた。氷が溶けた水と沈殿したコーヒーとで層ができている。
「脱税については既に判決が出ていて、結城雅臣は無罪となりました」
「えぇ!?」
「保険の一件も、雅臣は契約後に改竄されていることを知らなかったし、脱税においても、父親の秀一と兄の博文による計らいだったことが証明されました」
「じゃあ……」
「先代の社長からの無申告はもちろん、脱税に対して雅臣は関与していない」
「そんな……じゃあ、彼はなんのために……」
「捕まったのか? 環境が悪かったんでしょうね。一度東京の税理士事務所に就職したのだから、そこで実績を上げていけばよかったんですよ。家庭内の上下関係に逆らえなかったことも、あなたに事実を伝えなかったことも、全て自らが招いたことです」
「そうだけど……」
律くんが言うように、私に嘘をついて他の女性と婚約していたことは自業自得だ。けれど、言われのない罪で逮捕されただなんて、それはあまりにも切ない。
「そもそもあなたはお人好し過ぎるんです。まさか、冤罪で捕まって可哀想なんて思ってるなんてことはありませんよね?」
「それは……ないけど……」
「無罪判決が言い渡されたんですから、犯罪を犯してはいなかった。それだけのことです。ただ、それは脱税と保険に関してだけ。住居侵入や傷害に対しての罪が消えたわけではありません」
「うん……」
「それから、あなたに黙って議員の娘と籍を入れようとしていたことだって事実です」
「うん……」
「現に、結城は周を利用しようとした。顧客を使って周を揺さぶり、あなたから写真を取り上げようとしたでしょう」
「わかってるよ……。それは酷いと思ってる。あまねくんは優しいから、それに従っただけだし……」
何となく律くんが苛立っているような気がして、こちらとしても強く出れなくなる。あの時の私にとって、あまねくんは救いだった。あまねくんが仕方なく私に近付いてきたのだとしても、それでも私は彼に惹かれた。
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