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婚姻届

【7】

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「あっぶね……」

 軽く身を屈めて、様子を伺うあまねくん。その視線の先にいるのは、現在勾留中のはずの雅臣だった。

 なぜ、こんなところにこの男がいるのだろうか。血走った目を見開いて、あまねくんへ刃物の先を向けている。

「またお前か……何から何まで邪魔しやがって」

「何のことですか?」

「とぼけんな! あの守屋って弁護士、お前の親父だろ? せっかく経営も波に乗りはじめてたのに住居侵入やら傷害やらで刑務所から出られなくなったじゃねぇか! しかも詐欺だのなんだのって言いがかりまでつけやがって!」

「言いがかりじゃなくて事実だろ? それで逃げて来たってことか」

「逃げたわけじゃない。ちゃんと戻るさ。ただ、お前だけは許せない。どうせ捕まって刑務所に何年も入れられるなら、あと数年追加されたって変わんねぇからな。お前を殺してから戻るわ」

 物騒な言葉が聞こえて、体が震える。あまねくんを助けたいのに、声も出ず、体も動かなかった。
 通行人でもいればいいのに、こんな時に限って誰もいない。

「殺すって……勘弁してよ。全部自分が蒔いた種だろ」

「違う! お前さえいなければ、俺は捕まることなんてなかった。普通に結婚して、仕事も順調に、ゆくゆくは市議会議員選に出馬する予定だったのに……」

 大層な未来予想図だ。しかし、それを全て覆したのは自己の行いである。

「人を裏切っておいて普通に結婚なんてあり得ないでしょ。税理士が脱税してたなんてそんな滑稽なやつに、誰が投票するんだよ」

 あまねくんも、これ以上煽るのはやめればいいのに。雅臣の怒りが膨れ上がっていくのを彼の表情から察した。

 日が沈みかけているため、日中よりもいくらかは涼しくなったが、危険な状況からか、汗が吹き出す。

「うるせぇ! お前さえいなきゃまどかだって! ……まどか?」

 憤りが増していて周りが見えていなかったのか、雅臣は今ようやく私の存在に気付いたようだった。
 不意に目が合ってしまったものだから、脈は速くなり、足はすくむ。

「何でここにいる? まどか、九州に行っちゃったんじゃなかったの?」

 急に猫なで声を出すものだから、余計に何をされるか想像もつかず、恐怖だけが増す。
 やはりあの飯田という男は、雅臣の後輩だったのだろう。機転を利かせて姉の振りをしたのは正解だった。
 あの男はしっかりと私を姉のさくらだと認識してくれていた。けれど、ここでそれが嘘だったと知られたら意味がない。
 今、刃物の先は私にも向けられている。このまま身動きができなければ、おそらく私は殺されることになるだろう。
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