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前進
【25】
しおりを挟む「わかったから……少し落ち着きなさい」
「落ち着いていられるわけないでしょ。今日は、あまねくんには泊まっていってもらいます。まどかの体調が戻るまで、彼にはこの家に好きに出入りできるようにしますからね」
「それとこれとは話が違うだろ!」
「文句があるなら離婚してもいいのよ」
「離婚!?」
「どうなの? まどかの気持ちを考える気はあるの? ないの? 大体、あの子はあなたのことが嫌でこの家を出ていったんですからね」
「馬鹿を言うな。職場に近い方がいいって言って出てったんじゃないか」
「仕事で疲れて帰ってきてるのに叩き起こしたり、休みの日にぐずぐず言われたら誰だって嫌になりますよ。そのまどかがここに帰ってくることだってストレスだったんですからね。そのことをちゃんと弁えておいて下さいよ」
「な……」
ついに言葉を失った父。ショックだったのか、何かを考えているのか。
「とにかく、納得いかないなら一旦私達はホテルにでも泊まって、アパートでも探します。1人で考えたらいいんじゃないかしら」
「で、出ていけとは言ってないだろ……」
「じゃあ、いいのね? 今日はあの子達を一緒にいさせて、文句は言わないこと」
「……勝手にしろ」
母の勝利だった。あの父が折れたのだ。 惚れた弱味というのは恐ろしい。父にとっては、母の料理が食べられなくなることも、離婚することも耐え難いことなのだろう。
私とあまねくんは、顔を見合せ、吹き出した。
「俺もああなりそう」
あまねくんが笑いながらそう言うから、「私はあんなに怖くないよ。半ば脅しだからね」と手を振って否定した。
母は説得すると言っていたが、あれは完全に脅しだ。自立している女性は強いなぁとつくづく思う。
くよくよしていたけれど、あんな母を見ていたら、やはり1ヶ月休んだらちゃんと働いて生活費を稼ごうと思った。
今だって退職金で、生活費として今月の5万は渡してある。決して無料《タダ》でおいてもらっているわけではないのに、あの言い方は些か腹が立つ。
母が、はっきり言ってくれて嬉しいのとともに、とても頼もしく感じた。
母は強し。決して迷信ではない。
階段を昇る音が聞こえて、私とあまねくんは、そっとドアを閉じた。
急いでテレビをつけ、私はベッドへ、あまねくんは座椅子へと戻る。
何事もなかったかのように装えば、ドアがノックされた。
返事をするとドアが開き、母が顔を出した。
「お父さん、納得してくれたから、よかったらあまねくんも今夜は泊まっていってくれないかな? 明日も仕事だと思うけど」
「ご迷惑じゃないんですか?」
「うちは全然いいの。まどかもその方が安心でしょ?」
「あまねくんがいいなら……」
翌日が仕事でも、私がアパート暮らしの時にはお互いに泊まったりしていた。あまねくんさえ良ければ、私はまだ一緒にいたい。
「俺は大丈夫。明日の支度してから出てきたし」
「じゃあ、決まりね。お風呂も沸かしておくから入って」
「あ……シャワー浴びてきたので、それは大丈夫です」
「そう? じゃあ、寝間着は……」
首を傾げて考える母に、「私の大きめのスウェットあるから大丈夫」と答えた。
ゆったりと着られるものが欲しくて買ったスウェット。細身のあまねくんなら入るだろう。
「それじゃあ、いっか。あまねくん、悪いけどまどかのことお願いね」
そう言って母は、先程まで父と口論になっていたとは思えない程穏やかな顔で出ていった。
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