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前進

【3】

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「外してもらえたんだ。よかった……。ごめんね、私が千尋ちゃんをプリセプターにしちゃったから。大変だったね」

「まどかさんのせいじゃないですよ。誰だって1度社会人経験があるって聞いたら、まっさらな新人より常識あるって思いますもん。私もそのつもりでいたんで、衝撃的でした」

「そうだよね。千尋ちゃんが元気そうでよかったよ。ちゃんと悩んでる時に相談に乗ってあげられなくてごめんね」

「そんなことないです! 初めてのプリセプターの時には、毎日のように話聞いてもらってたし……私、まどかさん大好きだったから、本当に辞めて欲しくなくて……」

 彼女の言葉に目頭が熱くなる。私は、いい後輩に恵まれている。

「ありがとうね。そう言ってくれて嬉しいよ。すずらんは辞めちゃうけどさ、また時間があったら一緒にご飯でも行こうよ」

「行きたいです! 架純ちゃんも心配してましたよ」

「そうだねぇ……大塚さんにも話したいこといっぱいあったんだけど結局そのままになっちゃったからなぁ……」

 顔合わせが上手くいかなかったことを濁したままだった。私の両親に挨拶にきたことも言ってないし、何も話せていない。
 それどころか、結婚の話は遥か遠くに行ってしまった。これも、私がここ数日こうして燻っている原因でもある。

 酔い潰れて居間で眠っていたことを、体調不良だと母が誤魔化してくれたけれど、その翌日にはあまねくんの実家に出掛けた。
 酔った日に送ってくれたのがあまねくんだったこと。そして、すぐに雅臣が釈放されること。
 そんなことが全て重なり、父の機嫌は頗る悪く、私は自宅謹慎をくらっている。謹慎なんて、学生じゃあるまいし。そうは思うのだけど、教育者である父の頭は堅い。

 暫くはあまねくんに会わせないと言われ、結婚なんて言語道断だと叱責された。私だって守屋家に遊びに行ったわけではないし、雅臣の存在を何とかしろと言ったのは他でもない父だ。
 自分勝手な言い分に腹は立つが、だからといって反抗的に家を飛び出すのは、危険過ぎた。
 昨日、雅臣が釈放されたという報告を受けて、私はすっかり気が滅入ってしまい、なんのやる気も起きなくなってしまった。

 そんな状況でもあり、こちらから大塚さんに連絡をすることもなく、彼女も気を遣ってか連絡してくることはなかった。
 結局、後回しにした結果、彼女には何も伝えられずに私は退職となってしまう。

「じゃあ、架純ちゃんと勤務確認して予約とりますから! まどかさんずっと休みなんですよね?」

「うん、休みなんだけどね……私謹慎中なんだ」

「……謹慎?」

 彼女が首を傾げている映像が浮かぶ。そりゃそうだろう。30代の大人がなんの謹慎をくらうというのだ。こんなふうに軟禁されいるのは私くらいのものだろう。

「父と喧嘩をしてしまってね……。実家に出戻りだよ」

「え? え? まどかさん、一人暮らしでしたよね?」

「そうだよー。色々あるんだよ。何もかもが片付いたらまた話すよ」

「えー……。何か、変なことに巻き込まれてます?」

「そうなの。がっつり巻き込まれてるの。だから今は家から出れない。でも、千尋ちゃんの声聞いたらちょっと元気出た」

「……本当ですか?」

 何かを想像しているのか、彼女も何と声をかけようか言葉を探しているようだった。無理もない。こんなに身近に事件に巻き込まれている人間なんてそうはいないのだから。

「本当だよ。今は何も言えないけど、落ち着いたらこっちから連絡するね。絶対、ご飯行こうね」

「はい! その日を待ってますので……。では……健闘を祈ります……でいいのかな」

「うん。祈ってて。電話ありがとう」

 千尋ちゃんからの電話を切って、ホーム画面に戻ったスマホの充電は残り3%だった。こりゃもうすぐ切れるな。そう思いながら、体の力を抜く。壁を伝うようにして体勢は崩れていき、首だけが垂直に壁に残った。

「……苦しい」

 独り言を言いながら、無理な体勢から解放されるため、右横を向く。反動でうつ伏せになったが、私は暫くその体勢のままを保持した。
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