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愛情
【9】
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「え! じゃあ、遂に結婚ですか。おめでとうございます」
私以上に嬉しそうな彼女は、満面の笑みを浮かべている。
「いや、すぐにじゃないんだよ」
「何でですか? 付き合って長いですよね?」
職場の人間は、税理士の彼氏がいるということを知ってはいるが、雅臣と別れたこととあまねくんと付き合い始めたことは誰にも言っていなかった。
雅臣についても、年上の彼氏としか言っていなかったため、脱税報道があり逮捕された男が私の元彼だと知る人間は誰もいない。
「あのー……、今違う人と付き合ってるの」
「え!?」
「ちょ、声大きい!」
「すみません……」
トイレ誘導も終わり、食事を待つだけの空き時間にこっそりフロアで話をしていたため、大塚さんの声に反応して、何人かの利用者さんがこちらを振り返った。
別の職員が先に休憩に入っているため、このフロアにいる職員は私と大塚さんだけだが、隣のフロアにはまた別の職員が2名いる。
いつこちらに来てもおかしくないため、私達は声をひそめた。
「前の彼とは別れたの」
「そうだったんですか。でも、すぐにお付き合い始めるなんてさすがですね」
何か楽しそうなものでも見つけたかのようにわくわくとした表情を浮かべる彼女。他人の恋愛は面白く映るのだろう。
「まあ、色々あってさ。でも、彼がもう結婚したいっていうからとりあえず挨拶だけでもって思って……」
「前にも言いましたけど、絶対先に会っておいた方がいいですよ。結婚決まっちゃってっからじゃどうにもならないですからね」
「そうだよね……」
「でも、何がそんなに不安なんですか?」
「彼、年下なんだ」
「え!?」
「だから、向こうの家族にどう思われるか心配で……」
いつか、見るからに年上の彼氏がいそう! と言っていた大塚さんは、驚いたように目を見開いている。
そりゃそうだよね。私だって、あまねくんじゃなければ年下と付き合おうだなんて考えなかったし。
「いくつ下なんですか?」
「5個……」
「5個っていうと……」
「今27歳」
「あ、なんだ……じゃあ、いいじゃないですか。年下って言って不安そうな顔するから、すっごい年下を想像しちゃいました」
「いやいや、私にとって27歳は結構下だよ?」
「そうですか? うーん、27歳なら全然いいと思いますけどね」
「そう?」
「はい。そんなに身構えなくても大丈夫な気がします」
彼女が笑顔で言ってくれるから、何となく少しだけ安堵した。他人から見た年下の彼氏がどんな印象なのか、少なからず人目も気になるから。
「だといいんだけど……。これ、大塚さんにしか言ってないから誰にも言わないでね。広まったら大塚さんだってバレるからね」
「いいませんよ! 秘密にします」
小声でこそこそと話していると「おしっこんつんもっちゃいそうだよー!」と大声が聞こえる。
驚いて顔を上げれば、手招きしている利用者さんがいた。私の大好きな千代さんだ。
「はいはい、トイレね。行きましょうか。誘導してくるね」
「私行きますよ」
「いいよ。もうご飯くると思うから」
大塚さんとの話を切り上げて、千代さんをトイレに連れていく。
さっき誘導しようと思った時にはまだいいと断られてしまったため、こうして時間がずれることもある。けれど、認知症のある千代さんは、ほとんどパット内に排尿してしまっていることの方が多い。
「千代さん、もうご飯ですよ」
「ほうか。朝ごはんかえ?」
「ううん、お昼ご飯」
「もう、お昼かね。わっきゃないねぇ」
「ねぇ」
仕事で楽しいことと言えば、こうして千代さんの笑顔を見て癒されることくらいだ。
さあ、午後も頑張って定時で帰ろう。
私以上に嬉しそうな彼女は、満面の笑みを浮かべている。
「いや、すぐにじゃないんだよ」
「何でですか? 付き合って長いですよね?」
職場の人間は、税理士の彼氏がいるということを知ってはいるが、雅臣と別れたこととあまねくんと付き合い始めたことは誰にも言っていなかった。
雅臣についても、年上の彼氏としか言っていなかったため、脱税報道があり逮捕された男が私の元彼だと知る人間は誰もいない。
「あのー……、今違う人と付き合ってるの」
「え!?」
「ちょ、声大きい!」
「すみません……」
トイレ誘導も終わり、食事を待つだけの空き時間にこっそりフロアで話をしていたため、大塚さんの声に反応して、何人かの利用者さんがこちらを振り返った。
別の職員が先に休憩に入っているため、このフロアにいる職員は私と大塚さんだけだが、隣のフロアにはまた別の職員が2名いる。
いつこちらに来てもおかしくないため、私達は声をひそめた。
「前の彼とは別れたの」
「そうだったんですか。でも、すぐにお付き合い始めるなんてさすがですね」
何か楽しそうなものでも見つけたかのようにわくわくとした表情を浮かべる彼女。他人の恋愛は面白く映るのだろう。
「まあ、色々あってさ。でも、彼がもう結婚したいっていうからとりあえず挨拶だけでもって思って……」
「前にも言いましたけど、絶対先に会っておいた方がいいですよ。結婚決まっちゃってっからじゃどうにもならないですからね」
「そうだよね……」
「でも、何がそんなに不安なんですか?」
「彼、年下なんだ」
「え!?」
「だから、向こうの家族にどう思われるか心配で……」
いつか、見るからに年上の彼氏がいそう! と言っていた大塚さんは、驚いたように目を見開いている。
そりゃそうだよね。私だって、あまねくんじゃなければ年下と付き合おうだなんて考えなかったし。
「いくつ下なんですか?」
「5個……」
「5個っていうと……」
「今27歳」
「あ、なんだ……じゃあ、いいじゃないですか。年下って言って不安そうな顔するから、すっごい年下を想像しちゃいました」
「いやいや、私にとって27歳は結構下だよ?」
「そうですか? うーん、27歳なら全然いいと思いますけどね」
「そう?」
「はい。そんなに身構えなくても大丈夫な気がします」
彼女が笑顔で言ってくれるから、何となく少しだけ安堵した。他人から見た年下の彼氏がどんな印象なのか、少なからず人目も気になるから。
「だといいんだけど……。これ、大塚さんにしか言ってないから誰にも言わないでね。広まったら大塚さんだってバレるからね」
「いいませんよ! 秘密にします」
小声でこそこそと話していると「おしっこんつんもっちゃいそうだよー!」と大声が聞こえる。
驚いて顔を上げれば、手招きしている利用者さんがいた。私の大好きな千代さんだ。
「はいはい、トイレね。行きましょうか。誘導してくるね」
「私行きますよ」
「いいよ。もうご飯くると思うから」
大塚さんとの話を切り上げて、千代さんをトイレに連れていく。
さっき誘導しようと思った時にはまだいいと断られてしまったため、こうして時間がずれることもある。けれど、認知症のある千代さんは、ほとんどパット内に排尿してしまっていることの方が多い。
「千代さん、もうご飯ですよ」
「ほうか。朝ごはんかえ?」
「ううん、お昼ご飯」
「もう、お昼かね。わっきゃないねぇ」
「ねぇ」
仕事で楽しいことと言えば、こうして千代さんの笑顔を見て癒されることくらいだ。
さあ、午後も頑張って定時で帰ろう。
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